新しい力 −4−
後ろで見ていたディーノの顔は一層険しくなる。
最悪の事態とはいかないが、手放しに安心できる展開ではなかった。
『
シュレントの方は冷静に問い質しているが、ディーノにとっては気が気でない。
自分と関わり合いになった人間が次々と魔降術に惹かれていく、怪物の力を欲していく。
イザベラが魔降術を得ればディーノを頼ってくるのは明白だ。
フリオだけでも手探りの状態でいると言うのに、これ以上増えられても正しい方向へ導ける保証もなければ、何が正しいのかさえもディーノにはわからない。
「新しいアルマを作っていたことは話しましたわね?」
今日起こった出来事の前置きからイザベラは話し始めた。
「けど、わたくしは製霊を生み出すことができなかったのですわ」
『まさかとは思うけど、魔符術がダメだったから魔降術に乗り換えようなんて思っちゃいないだろうね?』
シュレントは疑いの眼差しをイザベラへと向ける。
「違いますわ! わたくしに迷いがあったからと言うことぐらいは自分でわかってます」
自分の使う魔符術がさらに強くなる道標を望むタイミングで与えられながら、どうして迷いなど生じる?
今すぐにでも目の前に出て、そう聞いてしまいそうなほど、ディーノの心は
『それともなんだい? ディーノと同じになりたいなんて思ってるのかい? その程度の生半可な気持ちで手を出せば、火傷じゃ済まないほどのしっぺ返しを喰らうよ』
シュレント自身もディーノの師である”
できることならそのまま引きさがって欲しいと影から願っていたが、そう簡単に折れるような性分であればそもそもイザベラはこの場にはいないことまでは、ディーノも気が回ってはいなかった。
「魔符術を極めるのは決して悪い選択ではないと思うのですわ。アウローラさんは魔符術で、それも今まで使っていたアルマでディロワールを倒していると聞きました」
『だったら、迷う理由なんてないんじゃないの? イザベラもそれに近づくように頑張ればいいじゃないか』
「あなたのせいですわよ? シュレちゃん」
予想外の返答だったのか、シュレントが一瞬呆けたような顔つきになった。
(まさか、根に持ってんのか?)
そもそも以前の事件の発端はシュレントだったと言っても過言ではない。
イザベラにとっては心にしまっておきたい秘密がディーノとフリオにバレてしまったことから、歯車は回り出したのだ。
「こいつはまずいかもしれねぇな……」
「何がですか?」
きょとんとした表情をアウローラに向けられて、ディーノは思わず焦る。
彼女が隣にいて気でも緩んでいるのか、考えるだけだったはずのことを、ボソリと小声で漏らしてしまっていた。
(シュレントの方もだけどよ……俺も恨まれてるみてーだ)
(……ぶふぁっ!!)
アウローラは思わず吹き出したのをとっさに手で止めた。
イザベラが一瞬こちらに目線を動かしたのが見えて、ディーノを全力でひっぱって旧校舎の壁に姿を隠して必死に息を殺す。
(ディーノさん……あなたって人は)
先日の家庭科でのクラスメイトたちと同じ気分で、呆れと憤りの混ざった声がそっと漏らされた。
どう取ればそんな結論に行き着くと大声て問い詰めたくなってくる。
あれだけの事をして、今までの態度を見ていて、イザベラの気持ちに全く気づいていない。
むしろわかり切ったうえで作為的にやっていると言われた方がまだ納得できるレベルだ。
(わかってる……愛想もねぇし口も悪くて、恨み事の一つや二つ買ってたって不思議じゃねぇ)
(わかってませんよ!!)
自分を省みていることは、アウローラも素直に嬉しいとも思えるが、今の論点はそこではない。
イザベラが入部した日のこともだが、その本当の理由をかけらも察していないことがはっきりと確定した。
(もういいです……とにかく引き続きイザベラさんの様子を見ましょう)
(だったら俺はいないほうがいいだろ、ディロワールが出てきてもシュレントがうまくやる)
(いてください! と言うよりいなきゃダメです!)
大声こそ出さないが、アウローラがこれまで見たことがないほどにイラついているのはディーノもわかった。
(そうだよな……軽率だった。戦えるのはまだ俺だけなんだ)
しかしそれは、あくまでも敵に対する警戒を万全にしろと言う意味合いにとっていた。
ふたたび壁から顔を出すと、イザベラはこちらの警戒を解いたのか、シュレントに話の続きをしていた。
「わたくしは別に好きで鞭を扱ってるわけじゃありませんわ」
闘技祭で初めて見たイザベラのスタイルは、風をまとった鞭による中距離戦闘。
アウローラとの戦闘では制空権を取られたうえで、鞭の届かない場所から高速での急接近に翻弄されていたが、腕は決して悪くないとはディーノも思っていた。
「同じ貴族でもアウローラさんと違って、イザベラは高飛車で近寄りがたいお嬢様……そう思われたほうが楽でしたわ。本当のわたくしを知られるのが恥ずかしかったから」
自分の好きなものを知られることが、なぜそんなにも隠さなくてはならないものだったのか、おおよそディーノには理解できない。
「ディーノに見られてから、知られたり、自分から話したりもしたけど。笑われることなんてなかったのですわ」
『それで、どうしてそれが契約につながるんだい?』
「簡単なことですわ。わたくしが、あなたと一緒に戦いたい。自分で作ってなんにでも従うネコちゃんなんて面白くもなんともありませんわ♪」
普段のイザベラとはまるで違う、茶目っ気混じりの態度。
飼い主を群れのリーダーと教え込む犬とは違って、猫という生き物は気まぐれで躾とはまるで無縁、むしろ付かず離れずでいるぐらいがちょうどいい。
「ディーノたちの戦いはまだ終わらないのでしょう? それに、パートナーが欲しいと言うことは、シュレちゃんだけじゃ手に負えない敵が来ることも考えられるのでしょう?」
魔降術を得たい理由。
ディーノのことをもっと知りたい。助けられた恩を返したい。シュレントとともに戦いたい。何より、本当の自分をもっと知って欲しい。
言い表せない理由はまだまだいくつもある。
『欲張りだねぇ』
「貴族ってそんな風だと思っているのではありませんこと? えぇ、そうですわ。本当に欲しいと思ったからこそ、わたくしはもう諦めたくないのですわ。わたくしは自分も他のみんなも喜ばせられる一番になりたい」
楽しそうに語るイザベラの顔には、怒りも嫉妬も劣等感も存在しない。
もともと自己顕示欲だけのために一番を目指していたわけではなかったこともだが、余計な雑念やプレッシャーが抜けた自然体に近い状態になっているのは、誰もが見て取れるほどだった。
『一応、候補には考えておくよ。でも選ばなかったからって怒らないでよね?』
「そうですわね。でも今まであげたエサ代ぐらいは宝石とかでもらっちゃおうかしら?」
『貴族のくせに随分ケチだね』
「なんとでも言いなさい。少なくともこの缶詰一つで平民の一食分より高いのですわ」
軽く冗談を言い合えるようなら、自分の取り越し苦労だったと、ディーノは胸をなで下ろしていた。
たとえどんなディロワールが現れても、イザベラを堕とすことなどできはしないと言う確信を得るには、十分すぎると言ってもいいだろう。
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