新しい力 −3−
イザベラ意外が無事に製霊を生み出し終えて、アルマにすることまでは成功し、二年二組の面々は元の教室へと戻ってきた。
「これから最後の説明に入るよ。あと、イザベラさんは焦らなくていいからね。夏休み明けて三年生になってからでも全然遅くはないから、再挑戦する心構えができたらいつでも来てちょうだい」
アンジェラは慰めようとしているのだろうが、常に一番を欲しているうえにアウローラをライバル視している彼女にはむしろ逆効果ではないかと、聞いていてディーノの内心には懸念が生じていた。
「じゃあ、さっき配った本の方を開いてね」
隣のアウローラが表紙を開いた中身に視線を動かすと、左のページは紋様を刻み込まれたカードが描かれ、右のページはその細かい説明がそれぞれ三パターンほど記載されていた。
「配った本は”
今までは初級のカードを弱い製霊に直接覚えこませていたものが、これからはカード単位で複数の魔術を扱うことができると言うことになる。
自分で作り出した製霊は今までのそれよりも強いマナをディーノも感じた。
魔術自体の威力も上がり、カードの組み合わせは十人十色、千差万別、さらにデッキのカードを組み替えるだけで済ませられることから、使う魔術の自由度は格段に上がる。
魔降術は極めれば絶大な威力を持つ反面、使える魔術の交換が効かない。
炎の使い手でありながら幻惑や奇手を多用するカルロや、別の属性も組み込んで使うアウローラのように、対峙した相手が何をしてくるかわからないことが、ディーノが考える魔符術の最大の怖さだった。
さらに宝石を体に埋め込む必要がなく、自分の分身と言える存在を扱うのだから、魔降術をより安全に扱うために研究を積み重ねたものだとアンジェラが教えてくれた意味が今になってわかった気がした。
「組み合わせは基本自由なんだけど、制限もあるから注意してね。まず一枚のカードには最大三つの術式までしか書き込めないから」
魔術を制御は術者のマナに依存する。
術式ごとに消費するマナは異なり、簡単な効果と式なら少なく、複雑になるほど多くなる。
だが、三つ以上の術式はカードにとどめておくことも制御することも許容範囲を超えてしまうと言う話だ。
「それと、属性の相性も考えること。相性の悪いマナはそれだけ制御が難しいからね」
六つのマナには相性が存在する。
”光”と”闇”のマナは互いが相反し、”土”は”水”を、”水”は”火”を、”火”は”風”を、”風”は”土”のマナを打ち消す構図がある。
そして、相性の悪いマナに関しては大きく威力を殺されたり魔術そのものが発動しない弊害を持つ。
アウローラなら”光”の魔術は修行次第で一〇〇パーセントを超えた威力と効力を発揮し得る反面、”闇”のマナを扱う魔術を組み込む意味はほとんどない。
他四つの属性は腕を磨けば七〜八〇パーセントまで引き上げることは可能だ。
しかし、この法則は六つ全てに当てはまるわけではない。
カルロやイザベラが”光”か”闇”の魔術を習得する場合、本人の資質で上下するが一般的には六〇パーセント前後で打ち止めとなる。
ディーノやフリオのような魔降術士の例外を除けば、”光”か”闇”のマナを持って生まれた人間は珍しい部類に入るのだ。
アウローラが語った幼少期からの特別扱いは、ここに起因している。
どの属性のマナが絶対的な優位を持っているわけではないし、性格や生い立ちがマナの属性に起因していることもないが、先入観だけで物を見てしまう人間は決して少なくない。
光に満ちたものを”神の子”や”天の使い”と敬い、闇を纏ったものを”忌み子”と疎ましがる。
仮にアウローラが闇のマナを持って生まれただけでも、運命が一八〇度反転しても何らおかしくはなかっただろう……。
案外、ディーノ自身か母親は闇のマナを持っていたのかもしれないと、想像したことも一度や二度ではなかった。
しかし、強いマナを持ったからこそ、魔術士と言う道が開けたことを考えれば、いい方にも悪い方にも運命に作用するのだろう。
何もやることがない分だけ、普段は考えもしないことが頭の中に浮かび上がってきてしまう。
周りを見れば、ある者は黙々と必死に、またある者は席の近い友人と冗談交じりに、カードに組み込む術式を一覧から検討している。
「みんな、盛り上がってるところ悪いけど時間が来ちゃうから、残りは明日までの宿題ってことでお願いね。明後日は交流会だからその分前倒しにします」
つまり、三日連続で午後まで授業と言うことになり、クラスのほぼ全員がわかりやすいブーイングを飛ばし始める。
「別に六枚のカード全部埋めて来いとは言わないから安心しなさい。でも最低一枚は作って来て見せてちょうだい」
アンジェラの言葉に渋々納得したような返事で、実技の授業は終わりを告げ、そのまま帰りのホームルームで一日は幕を閉じた。
いつもの下校風景と思わせる中で、一つだけ異質だとディーノは感じる。
イザベラが真っ先に席を立ち上がり、足早に教室の外へと出て行ったのだ。
「……ディーノさん?」
隣のアウローラが怪訝な顔でディーノを見つめてくる。
果たして彼女に今思ったことを話していいのか迷う。
アウローラ達が新しいアルマを手にしている中で、イザベラが一人だけ取り残されたような心境に陥っていてもおかしくはない。
一番を目指すプライドの高さが災いして劣等感を刺激されれば、バレフォルにつけ込まれて再びディロワールとなってしまう可能性は十分考えられた。
(考えてみれば一緒か……)
そうなった場合、再びアウローラを狙うかもしれないと考えれば、自分の目の届くところにいた方がいいだろうと思い直した。
最悪、切り離されてもあのブチ猫もといシュレントがいるとわかっている分だけ対処はしやすいだろう。
「イザベラを追っかける。一緒に来てくれ」
アウローラはどこまで察したかはわからないが、真面目な顔で頷き二人で教室を出るとイザベラの後ろ姿を探して走った。
* * *
ディーノ達の心情のことなどつゆ知らず、イザベラは旧校舎裏の林にやって来ていた。
カバンからは猫じゃらしと缶詰を取り出して、キョロキョロと辺りを見回している。
そしてその一〇メートルほど離れたところから、ディーノとアウローラは尾行していた。
(あいつ、鞄にあんなもん入れてたのか)
ディーノは小声でひとりごちる。
(ああやって、あの猫さんにご飯あげてたんですね)
確かに寮の部屋で飼うことができなければ、野放しにしていると考えた方が自然だし、シュレントが正体を明かすまでは誰もが迷い込んだ野良猫を思っていただろう。
そして、探している最中にディーノたちと鉢合わせになったのがことの始まりだったと言うわけだ。
「ブチちゃーん……じゃなかった、シュレちゃーん。おりませんのー?」
(あだ名とかつけてんのかよ)
(お部屋のぬいぐるみもあんな感じで呼んでますよ)
アウローラが少女趣味全開の自室の件を思い出して小声で語る。
林の奥まで来てしばらくすると、ガサガサと音を立てて一匹の猫が木から飛び降りて来た。
『やぁ、今日も来たんだねイザベラ。随分と切羽詰った顔してるじゃないの』
間違いなくシュレントだった。
だが、以前のような茶色いブチが顔にある猫ではなく、灰銀の毛並みに虎のような模様という全く異なる姿だった。
「今日、クラスで新しいアルマが作られましたの」
『へぇ、じゃあそれをお披露目にきたのかい?』
イザベラは首を横に振り、真剣な眼差しをシュレントに向けたまま告げた。
「わたくし、あなたと契約したいのです」
その一言は、シュレントだけでなく、後をつけていたディーノとアウローラの顔色さえも変えていた。
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