新しい力 −2−

「成功ね」

 一部始終を見ていたアンジェラが太鼓判を押す。

 生まれた製霊は二〇センチほどの背丈で、アウローラの周りを飛び回って肩にちょこんと座る。

 その様はぬいぐるみや人形のように愛らしく、戦うための力を持って生まれたとは思わせない雰囲気があった。

「製霊ってあんな風にして生まれるんだね」

 ディーノと同様に今回は蚊帳の外になるフリオが隣で呟いた。

 元から存在している魔獣や幻獣とは違い、魔術士自身のマナを宝石に注ぎ込んで生まれたそれは言ってみれば魔術士の分身だった。

「次は銀色のカードを製霊の前にかざしてみて」

 アウローラは言う通りに、七枚のカードの中で唯一金属の質感を持った一枚を取り出してかざす。

 すると製霊はマナの光となってカードに入り込んでいき、カードの絵となって刻み込まれた。

「あとは宝石を箱のくぼみにはめ込むの。それで大方の工程は完了よ」

 アウローラが持つ小箱は暗い灰色から、光のマナの象徴である純白に色を変え、渡された本の表紙に似た装飾が現れる。

 そして、銀のカードはひとりでに浮かび上がり、小箱の中へと入りこんでいった。

「うんうん、大きな問題もないわね。それじゃあ、今まで通りにアルマを起動させてみようか」

「でも、これカードは……」

「そのままで大丈夫。そしてこの箱とカードを全部ひっくるめて”デッキ”と呼んでいるの。この中にアルマを含む最大七枚のカードを組み込むのが、本当の魔符術の姿よ」

 アウローラは”デッキ”に意識を集中し、アルマのイメージを膨らませていく。

 デッキにはめ込まれた宝石が光を放ち、銀色に輝く見慣れた”三叉槍トライデント”が姿を現した。

「みんなも、今まではカード一枚だけに魔術も含めていたのはわかるわね? でもこれからはアルマとカードを別々にして、デッキとして使うの。さぁ、みんなも続けてやってみてね」

 クラスメイト達は続々と炉の前に並んで宝石にマナを込め、自分の分身たる製霊を生み出していく。

 魔降術ではまずやることのない工程はディーノも興味深いものだったが、同時に違和感も覚えていた。

(おい、ヴォルゴーレ)

 頭の中で内なる幻獣に声をかける。

『珍しいな、お前から話しかけてくるとは』

(俺の記憶が正しければ、幻獣や魔獣はディロワールが作ったって言ってたな)

『そうだ』

 ディーノの問いかけに対して、ヴォルゴーレは端的に返答する。

 魔獣はもともと、ディロワールがこの世界を侵略するために、マナと宝石を用いて作り出した戦闘兵器。

 それが繁殖を続けて現在に至り、今もなお人間の脅威となっていると言うのがヴォルゴーレの弁だ。

 なら、目の前でそれに近い存在を作り出しているこの炉は、そもそもディロワールの技術ということになるのではないか?

『可能性は否定できんな。そういう意味では魔術と奴らとは切っても切れぬ関係になるのかもしれん』

 魔獣も幻獣も製霊もいなければ、この世界に魔術は起こらなかった。

 ディロワールの侵略がより大きな力を求めさせ、栄華を極めた古代帝国は戦乱によって滅びを迎え、長い暗黒の時代が続いた。

 それにディロワールがいない時代でも、人間同士の戦争は続いてきたし、諸外国でも小さな争いはなくならないだろう。

 そのような悲しい側面がありながら、アウローラは以前学ぶことに意義があるとディーノに言った。

『えいっ!』

 考え込んでいた自分に向かって突然場違いな声とともに、小さな光の玉のようなものがぶつけられる。

 微弱なマナで作られたそれは痛みこそないが、あまりいい気分にもならない。

「やめなさい! 他の人に迷惑をかけちゃダメです」

 よく見れば、それはついさっきアウローラが宝石で生み出した製霊のようで、アウローラ自身がその扱いに手を焼いているのか追いかけてきた。

「お前の主人はそっちだろ……」

 呆れたため息をつきながら、ディーノは製霊に言い聞かせるようにアウローラを指差した。

『きゃはははっ♪』

 だが、そんなディーノに構わず周りを無邪気に飛び回り、頰にキスをしてくる。

「あ、そうそう。言い忘れていたんだけど、製霊って魔術士のマナから生まれてくるから、作った人の深層心理が性格や行動に影響されると言われてるわ」

 タイミングを見計らったように、アンジェラが語る補足を聞いた途端、アウローラが顔を真っ赤にしていた。

 とどのつまり、この製霊がアウローラの本心を代弁していると言うことになる。

「ち、違いますからね! わ、わわわたしはっ……べべ別にそうしろなんて言ったわけでもなくて」

 しどろもどろになるアウローラをよそに、製霊は宝石を通り道にアウローラの持つデッキに戻っていく。

 そして、クラスの面々は自分の製霊をそっちのけに、ディーノとアウローラに視線を向けて茶化すような顔で見届けていた。

「別に気にしてねぇよ。まぁ、少し助かった」

 ネガティブな方向に流れていた思考が螺旋を作りかけていたところを、製霊の奇行がいい意味で気を紛らわしてくれていた。

 自分のそんな状態を敏感に察知していたのかもしれないとディーノは推測する。

「で、てめぇらは俺に構ってるヒマはあんのか?」

 それはそれとして、この野次馬根性丸出しのクラスメイト達(当然その先頭はカルロとシエルだった)まで許容できるほど心穏やかになれるはずもなく、こめかみに血管を十字に浮かび上がらせながらドスの効いた問いを投げかけると、統率された兵団のように一斉に回れ右をして製造炉への列を作り直していた。

 あとはアウローラと同じような流れだ。

 それぞれが持って生まれた属性のマナが合わさった、様々な姿の製霊達が姿を見せる。

 ある者はアウローラと同じような人間と動物が混じり合ったもの、またある者は異なる動物が混ざり合ったキメラを思わすもの、逆に人形や鎧のような完全に非生物的な外見のものもいた。

 いずれにしても知能はそこまで発達しているとは言い難く、簡単な受け答えはできるようだが、よちよち歩きの子供を思わせる。

『ねぇねぇ、あたしドリアルデ! みんなよろしくねー♪』

 そんな光景に胸を踊らせたのか、フリオと契約している植物の幻獣が一次的に姿を現して近づいてみるも、人間とさほど変わらないサイズの差に驚いたのか一目散に逃げられてしまい、しょぼくれたりもした。

「幻獣と言えどレディーには辛いかなぁ♪」

「女の子に見えるならなんでもいいのかっ!」

「あたっ」

 製霊ができあがったのか、カルロが冗談交じりの一言にシエルがスネに蹴りを入れるいつも通りのやり取りをしながら近づいてくる。

「へへーん♪ どぉ?」

 シエルの隣に浮いているのは、下半身は魚の尾、上半身は人間の少女で耳の部分も魚のヒレのようになっている。

 瞳や鱗の色は青で統一されており、シエルが生来持った水のマナのイメージに違わない姿だった。

「シエルさんにはぴったりだね。カルロ君の方はどんな感じになったの?」

 カルロの製霊はアウローラやシエルと違って、動物的な部分は持っていない。

 その姿は赤と黒を基調にした派手な衣装に身を包んだ道化師ピエロのようだ。

 顔は白と黒で半分ずつ塗られた仮面によって隠されて、その表情をうかがい知ることはできない。

「お前も製霊を使うんだな」

「そりゃそうだよ♪ 魔符術士なんだから、アルマも製霊もいてくんなきゃなんもできないっての」

 ディロワールであるのなら、黒い宝石を体に埋め込むだけで事足りる。

 魔降術士であろうと魔符術士であろうと宝石を二つ以上使おうとすれば、双方の存在が拒絶しあい魔術自体が使えないばかりか、アルマとは比較にならない暴発を引き起こし、術者へのダメージとして返ってくる。

 契約にしろアルマにしろ一人につき一つが絶対条件であることは共通する。

 でなければ、シエルは竜火銃ドレイガを持ち歩かないし、ディーノもアルマを持ってさらに多くの魔術を使おうと試みるだろう。

 ならカルロはどうなのか?

 ディロワールであることを偽装するために振舞っているか、あるいはそのルールから外れた存在であるかのどちらかだとディーノは考えていた。

 何度戦ってもその全容がつかめない存在なのだから、何が起ころうともおかしくはない。

 固定観念を捨てなければ、目の前に死が迫ってくる。

 ディーノはカルロに対する警戒心を決して解くわけには行かなかった。

「あれ? イザベラちゃんが残るんだ?」

 カルロは製造炉の方で最後になったらしい、イザベラの方に目線を送る。

「ほんとだ。てっきり『オーッホッホッホッホ! わたくしがアウローラさんにも負けない一番の製霊を作ってみせますわぁっ!!』って真っ先にやりそうなのに」

 シエルがイザベラを真似ているのだろう高飛車な演技を混ぜて感想を漏らす。

 やや大げさに感じるが、真っ先に挑戦したほうが自然だということは、わからなくもないとディーノも思った。

 他の面々と同じように製造炉に入れた宝石にマナを込めていたその時だった。

「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

 イザベラの悲鳴とともに、建物の中で起こり得るはずのない竜巻が荒れ狂い、炉の近くにあった道具を吹き飛ばしていた。

『マナよ、静まりなさい!!』

 アンジェラはとっさに自分のアルマを起動させ、暴走したマナに対して長杖ロッドから同等の風をぶつけることで相殺し、吹き飛ばされたイザベラの体を受け止めた。

 一瞬の出来事だったが、炉の周りはメチャクチャになってしまっていた。

「イザベラさん、怪我はない?」

「だ、大丈夫ですわ……」

 返事をするイザベラの様子は、どこか上の空のようだった。

 このまま再挑戦させるのは危険と判断したアンジェラが、クラスの全員を一度教室へ返すという話で治まった。

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