新しい力

 ディーノ達が見えない敵の謎を追おうとも、学園の日常は傍目には大きく変化することなく続いていく。

「相変わらず仏頂面だな♪」

「アップルパイは災難だったね」

 全てではないにしろ、割と気さくに話しかけてくるクラスメイトもちらほらといて、来たばかりの時と比べれば奇異の視線は減っていた。

 そもそもディーノにとっては、同年代と過ごした時期そのものが極めて短く、親しげな態度を取られたことなど幼少期にはまるでなかった。

 いつもの表情以外に、ディーノはどんな顔をすればわからないでいる。

 人を突き放すことは慣れていても、気安く会話を弾ませることは魔獣やディロワールを斬り伏せることよりも難しいものだ。

 ただ黙々と筆記用具を机の中にしまい込んでいる間、他のクラスメイトはガヤガヤと雑談に興じている、ホームルームが始まるまでのこのひと時が苦手だった。

 やがてアンジェラが姿を見せると、一斉に席に戻って空気が変わり、いつもの学園生活が始まると思った矢先のことだった。

「みんなに今日はお願いがあります。ホームルームの最後、先生にアルマを出してちょうだい。それと今日の実技は教室でやるから、昼食の後でここに集合でお願いね」

 確か、今日は午後に実技のある日だった。

 もともと魔降術を扱っているディーノや鞍替えしたフリオには直接関係のあることではないが、授業の必需品を出せとは意図がわからない。

「先生、わたしたち何か問題があったのですか?」

 アウローラが礼儀正しく挙手をして質問を投げかける。

 クラス全員が対象となっているからこそ、委員長として必要な行動と判断したのだろう。

「違う違う♪ 問題があるとしたらむしろ私たち先生の方ね。ちょっとしたサプライズがあるから期待してて」

 アンジェラは楽しげな笑みを浮かべながらウインクして返した。

 クラスの面々は、言葉の意味を譜面通りに受けた者、逆に不安げな者、どう取っていいのかわからない者と様々な表情が入り乱れていた。

 そして、午前中の授業が終わって昼食を経て、実技の時間がやってくる。

 時間が迫ってくるにつれて、落ち着きを取り戻しているのが大半のようで、自分たちが考え込んだところでどうにもならないと腹をくくったようだ。

「みんなお待たせ! それじゃあ始めます。出席番号順に前に出てきてね」

 ディーノとフリオ以外が次々と名前を呼ばれて前に出て、何かを受け取って席に戻る。

 隣のアウローラの方に目をやると、机の上に置かれているのは七枚のカードと、それがすっぽりと収まる長方形の箱、そしてそれらより一回り大きな分厚い本だ。

 カードの方は想像がつくが、なら箱と本は一体なんなのか?

 長方形の箱には何かをはめ込むようなくぼみがあり、色は全員がグレーだ。

 本の方は赤茶色の表紙、その辺をなぞるように編み込みのような金色の線が引かれ、中央には赤、紫、緑、白、黄色、青の六色の丸を線で繋いだ六芒星ヘキサグラムが描かれている。

「みんなに行き渡った? まだもらってない人は手を上げて」

 アンジェラは誰の手も上がらないことを確認してから次の話に移った。

「今配ったのは、みんなの新しいアルマよ」

 その一言でクラス中がざわつき始める。

 ディーノは昨日イザベラが呟いた言葉を思い出した。

 三年生になれば、本来ならばまだ先の話であるはずなのだ。

「驚くのも無理はないよね。あたしも校長先生に無理を言ってお願いしたんだから」

 アンジェラ曰く、今年は教師陣も想定していなかった事件が多かったため、これでは生徒に危険が及ぶ可能性が高いと考えて時期を早めたという話だった。

「今までのみんなのアルマは、言って見れば入門者用で、宝石に宿ってる製霊の力も弱いし、覚えこませられる魔術は初級のカードだけだったの」

 さらに言えば、カードを組み替えるのにも覚えこませる、忘れさせるという手間がかかってしまい製造炉に持っていかなければならない。

 偶発的か意図的かの違いはあれど一定量以上のマナを注ぎ込んで魔術を”暴発”させればカード自体が消滅してしまう。

 そう言った短所があるのは、身に余る力を振りかざさないための安全装置のようなものだった。

 アウローラがイザベラと戦った時に、意図的な暴発で威力を引き上げたのは一種の反則技と言えた。

「せんせー。これ宝石はどこにあるの? カードも真っ白だよ?」

 シエルはさっぱりわからないと言った様子でアンジェラに質問する。

 そもそもマナ学の成績が芳しくないシエルにとっては苦行と言ってもいい。

「新しいアルマも基本は一緒だけど、最大の違いはそこよ。まずは製造炉に行きます」

 以前、アウローラが新しいアルマの作成を依頼した時に来たことがあるが、いつ見ても圧巻と言える。

「まず最初の工程で、みんなには宝石をもらって”製霊”を作ってもらいます! と言うことでウルスさんお願いしますね」

 灰色の口ひげをたっぷりと加え、想像できる年齢からはかけ離れた筋肉質な体格、年季の入った武器職人を彷彿とさせる初老の男だった。

「いいか? 製霊ってやつはおめぇら自身のマナと心で生み出す。気をゆるめたり乱したりすれば、おめぇらに牙を向くことを覚えておけ」

 ウルスの言葉にクラス一同がゴクリと唾を飲み込む、脅しめいているが決してそれは誇張でないことを態度が雄弁に語っていた。

「ま、まぁ私も一緒だから本当に危険なことになったら助けに入るし、ウルスさんも名うての職人だから、気負いすぎないでね」

 尻込みしてしまわないように、アンジェラはフォローに入り、クラス全員に宝石を配り始めた。

 この世界の全ての存在はマナを先天的に宿し、その属性も異なっている。

 そして、使う魔術もアルマも属性による相性によって得意不得意も決まる。

 アウローラは”光”のマナを、カルロは”火”、シエルは”水”、イザベラは”風”だ。

 しかし、ディーノとフリオは魔降術に目覚めた影響もあって基本の六つに当てはまらないマナを宿していた。

 仮にそれがなければ、基本の六つのいずれかのままだっただろう。

 出席番号順ということで、まずアウローラが炉の前に立つ。

 そして炉の中に宝石を入れ、目を閉じ、魔術を扱う時のように精神を集中していく。

(マナよ……マナよ……、わたしに応えてください……。わたしは力が欲しい……大切な人の助けになりたい……あの人の笑顔が見たい)

 炉の中の宝石に呼びかけるように、あの力を出した時をイメージして、心の中の紡ぎ出していく。

 それに応えるように、炉の中から強い白の光が溢れ出る。

 やがて炉の中からは穢れのない白い珠が姿を現した。

 宝石の光のマナと、アウローラ自身のマナが融合、新たな”製霊”が生まれた瞬間だ。

『はじめまして、アウローラ』

 白と金の羽が輝く鳥と人を混ぜたような少女の幻影が宝石から姿を表した。

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