ディロワールの謎
「もしかして、ディーノ君のお父さん達はディロワールに殺されたの?」
今までの話の流れから浮かび上がった疑問をフリオは口にした。
普通の人間とは一線を画すディーノの生い立ちを辿って行けば、違和感はないと思ったのだろう。
「いや、それはねぇよ。もっとも大して変わらねぇかもな」
ディーノは少なくとも自分以外で人間が変貌する怪物など知らなかった。
だが、今までに見て来たディロワールとなった人間は、イザベラを除く四人とも自分だけが得をするために他人を平気で踏みにじる傲慢な卑劣漢ばかりだった。
「人間の方が魔獣や幻獣なんかよりも、よっぽどバケモノじみてるからディロワールになるんじゃねーか?」
「言ってくれますわね……」
イザベラがプルプルと拳を震わせながら、怒りの表情を隠しもせずディーノに返す。
「お前は例外、それくらいはわかってる。マクシミリアンの野郎を思い出したんだよ」
今になって思い返せば、マクシミリアンは強烈なプライドによってディロワールの力をコントロールしていた。
だが、イザベラとの明確な違いが一つだけある。
それは、力を欲して自ら怪物に成り果てたことだ。
「男の嫉妬ほど醜いものはないよ。あいつの場合は完全に自業自得、周りにいたのは家柄と財力が目当てのやつだけ。蛾を集める街灯みたいなもんだったね」
「否定はしませんけど、わたくしは蛾だと……」
カルロの言葉を意図しない追い打ちと感じたのか、イザベラのこめかみには十字に血管が浮かび上がっている。
「お、落ち着こうよイザベラさん……。二人とも悪気があるわけじゃないだろうし」
フリオが恐る恐るイザベラをなだめにかかる。
「それに、僕だってディロワールになったかもしれないんだから」
突然の告白にディーノ以外全員の顔色が変わった。
「ドリアルデさんと契約する少し前”誰か”に会ったんだ。その人が言ったことが正しいように思えて……」
魔降術の契約を果たして凶行に及んだ……。
フリオの植物に対する強い思い入れを利用して強迫観念を植え付け、三人組の肉体も精神も完膚なきまでに破壊するしかないという結論に至らせた。
「でも、それが誰なのか全然思い出せないんだ」
「なんだか、変ですね」
フリオの口から出て来た新たな情報に、アウローラは違和感を覚えていた。
「変ってなにが?」
シエルが疑問を投げかけて、アウローラはさらに続けた。
「フリオさんをその時点でディロワールにしてしまえばいいのに、どうしてそんな回りくどい真似をしたのかって、それにディロワールになったのはフリオさんじゃなかった」
「言われてみればおかしいな……」
フリオの憎悪を利用すれば、ディロワールにするのは容易い事のように思えた。
「それなんだけど、きっとディーノ君が助けに来てくれたからだと思うんだ」
一線を超えてしまう前に、阻止してくれたことでフリオは正気を取り戻した。
それに、完全な形ではないにしろ、自らの力で復讐できたことがプラスに働いて結果的に憎悪が消えたとディーノは推測する。
「要は条件がいるってことじゃない? 最初はフリオ君をディロワールにするために仕込んだのが台無しになって、あいつらに矛先を変えたってのは?」
「条件ってなんだよ?」
これまでの情報をまとめて展開した推論をカルロが述べる。
確かに辻褄は合っているのだが、まるで推理作家が自らの作品をネタバラししているようなものではないかと、心の中でディーノは呆れていた。
「それなんですけど、ディーノさんはイザベラさんに取り憑いていたディロワールのことを覚えてますか?」
イザベラ自身のこともあるが初めて見たことが多く、まだ記憶に新しい。
「覚えちゃいるが、わからねぇことが多すぎる」
「『この女の劣等感と嫉妬は食わせてもらった』」
あのディロワールは、アウローラが口にしたのは言葉とともに、イザベラ自身の体を使わずに同じ姿で現れた。
「つまり、人の心の後ろ暗い部分をマナのようなエネルギーとして取り込んで、ディロワールは自分の体を手に入れる……と言うのは考えすぎでしょうか?」
「ふんふん……つまりまとめると」
シエルが部室の黒板に、これまでに話された内容の文章と略図を書き出し始めた。
ツノの生えた骸骨の顔と、生徒らしき人間のシルエット。
胴体にハートを描いで傷跡のようなジグザグの線を入れ、宝石らしきものも書き込まれている。
前者はおそらくこれまでの黒幕と思われるバレフォル、後者はディロワール化された面々だろう。
「あいつらはディロワールにする人に目星をつけて追い込んでく。傷つけて傷つけて壊れそうになったところで宝石を使う。で、最後はディロワールが自分の体を手に入れるってことじゃないかな?」
いつもの底抜けの明るさはなりを潜め、これまでの情報を整然と並べて行く姿に違和感すらも覚えてしまうほどだった。
「その先はわからないけど、これから先学園にディロワールが溢れかえったら……」
「少なくとも、慈善事業が目的じゃねぇな。そうは思わねぇかカルロ?」
「とりあえず、くすぶってるうちにどうにかしないと、この国自体が大炎上ってのもありえるかな?」
いつもの調子のままで言っているが、その内容は洒落になっていない。
おそらくまだ敵は兵隊を集めているような段階なのだろう、あえて気づかれないように小さな規模で活動している。
学生の自分たちだけでどうにかできる範疇を超えてしまったら、そこから先のビジョンは見えない。
「せめて、わたしたちがもっと強くなれれば」
アウローラはカード化しているアルマを手につぶやく。
「三年生になれば、新しいアルマを使わせていただけるのに、流石に年には逆らえませんわ」
イザベラの物言いからして、魔符術のアルマはこれが限界ではないらしい。
武装を強化するのも選択肢の一つではある。
「それか、あの力を自由に使えればいいのですが……」
「そう言えば、お前らどうやってディロワールを倒した?」
ディーノはアウローラとシエルに疑問をぶつけた。
魔符術は絶対的なマナが少なすぎて、ディロワールが作り出した亜空間では手も足も出ないはずだ。
あの時はフリオの事が気がかりで、他のことまで気が回らなかった事を今更になって思い出した。
「あたしはコレね。粉々にした宝石が”
シエルはスカートの内側から”J”の形をした金属の筒を出して見せる。
「”
この学園では無用の長物であるが、魔術の素養がなくても魔術的な効果と遠距離攻撃を可能にする古代からの遺産。
「うん、兄さんの遺品。こう言う珍品集めが好きだったみたいでさ。元々二挺使ってたらしいけど一挺くれたんだ。使うことになるとは思わなかったけど」
おそらく魔術で事足りれば出番はなかったのだろうが、元々シエルの魔術はサポート向きだ。
蹴り主体の体術だけでも限界がある分、元々攻撃能力の底上げとして修練を重ねていたのだろうとディーノは結論づけている。
「でもあの時は、アウローラがすごかったんだよ。体の中からぶわーっ!! ってすごい光が出てきて、いつもよりすごい魔術が出てきたんだから♪」
語彙が減るほど興奮気味に語るシエルに対して、ディーノはいつもとは違う意味で眉間にシワを寄せた複雑な表情で考え込んでいる。
「お前も”あの力”が出たのか?」
ディーノはかつて二度ほど出した、体の奥底から爆発的なマナが湧き上がる現象。
しかし、能動的に出すことも、発動する条件も法則もつかめない力だ。
「はい。きっと同じ力だと思います」
「自分じゃ出せないんだな?」
続けて投げかけたディーノの問いにアウローラは無言で頷く。
「確かフリオも出てたな」
期末試験の時、フリオが力の片鱗を見せていることも思い出したのだが、本人はきょとんとしている。
「あれって普通に魔降術を使ったからじゃないの?」
「俺もそう思ってた。魔降術士の感情が高ぶると出る力だってな」
しかしながら、アウローラが発現したと言うのなら、その条件は当てはまらない。
これでは余計に謎が深まってしまった。
「そいつを自在に扱えれば、魔降術なしでもディロワールと戦えるようになるかもな」
ディーノはカルロに向けてやや大仰に振る。
一筋縄で利用できないと印象付けてやれば、行動を起こしにくくなると言う目算と牽制の意味合いを込めて。
「僕もその力があれば、一人になっても大丈夫だったんだけどねー。と言うか、謎が多すぎて頭が破裂しそうになってきたよ」
「あーそれあたしも同感……」
そこまで話して、シエルが疲れ切った表情で机に突っ伏していた。
「もう日暮れに差し掛かっていますわ。そろそろお開きにしませんこと?」
帰寮の時間を過ぎてしまうのは、素行の面において減点となってしまう。
六人とも荷物をまとめて帰り道を急ぐこととなった。
(俺はどうすればいい……)
次々と浮かび上がる謎、そして全容の見えてこない敵。
夜の
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