白銀の跳ね馬
もういない。
たった五文字の一言に、一体どれだけの悲しいことが起きたのか、とてもではないがアウローラもイザベラも想像することはできないだろう。
「ディーノさん……む、無理にお話ししなくても大丈夫です。そ、それよりお菓子まだいっぱいありますから食べちゃいましょう! ねっ?」
以前、同じような状況で込み入ったことを聞こうとしたことをアウローラは思い出す。
自分だけの都合でディーノの触れて欲しくない心の領域へ踏み込んでしまった結果、傷つけてしまったかもしれない。
それを繰り返したくない意識が働き、アウローラは強引にでも話を打ち切ろうとする。
「別に話しても困らねぇよ。いつか話すつもりでいたのが今になったってだけだ」
『アウローラ、気を使ってくれてるんだな……。でも俺なら大丈夫だって示さなぐぇっ!!』
彼女の胸の内を察して、そっけないながらも心配ないと伝えようとしたところで、カルロが左隣に座ってからかってくる。
前を向いたままで、右頬に左ストレートをめり込ませた。
このアホらしい物言いを聞いていると、疑わなくてはならないことも忘れてしまいそうになる。
「父さんと母さんは八年前に死んで、根無し草だったところを師匠に拾われたんだよ……ってそんな顔するなよ」
よく見てみれば、アウローラとイザベラだけではなく、シエルやフリオまでも沈んだ表情を浮かべていた。
ディーノが歩んで来た道は、この面子の常識から見れば普通ではないどころか常軌を逸していると言っても過言ではないのだろう。
アウローラがこの傷だらけの体を見たときも同じような反応だったのだ。
「そりゃ無理だって、眉一つ動かさない奴がいたら、そいつはただの人でなしだよ」
「じゃあ、てめぇは人でなしだな」
「手厳しいねぇ♪ でも、ある意味納得はしてるよ。それぐらいでなきゃあそこまで強くはならない」
「俺にして見ればてめぇの方が遥かに謎だけどな。その悪魔じみた強さは」
いつもの調子を崩さないカルロに対して、とげとげしい挑発じみた言葉で返す。
「そいつはただの買いかぶりだよ♪ 僕としては女の子と楽しく過ごせる魔術とか学びたかったぐらいなのに、ほとんど戦うのばっかなんだぜ?」
しかし、カルロの顔色を変えるには至らないようだ。
と言うよりも、単純にディーノ自身がそう言った駆け引きに向いていないのだ。
自分自身の疑いを隠しもしないし、選ぶ言葉が直球すぎて、カマをかけるどころか真正面から決闘を申し込んでいるようなものだ。
カルロはそれをわかった上で、のらりくらりとまともな返答を返さずにいる。
「ディーノさん言い過ぎです。カルロさんに謝ってください」
二人のやりとりにあっけに取られている中で、アウローラが我に返ったのか、ディーノに注意する。
「あ、いいのいいの♪ 無理もないとは思ってるし」
「それでもです!」
カルロが笑顔のままなだめるのに対して、アウローラは頑とした姿勢を崩さない。
悪いと思った相手には、どんな間柄でも毅然とした態度を崩さないのが彼女を彼女たらしめる所以だ。
「……悪かったな」
しぶしぶと言った感じの謝罪にはなってしまったが、それでもカルロは気にしていない様子だったし、アウローラも納得したように頷いている。
「きっと昔のディーノさんは、お父様を目指していたんでしょうね。”白銀の跳ね馬”と呼ばれていたくらいの人ですから」
アウローラの口走った呼び名に、ディーノは顔色を変えた。
一度も聞いた覚えはなく、記憶の中にある剣の冴えは何も知らない子供の目に言い表せぬ凄さを感じてはいたのだが……。
「“白銀の跳ね馬”エンツォ。ロムリアット王国騎士団の元団長です。確か昔おと……おほん! 現国王が魔獣退治の遠征に出た際にその命を救い、その功績と類稀な剣技で団長に推挙された人だったそうです」
小さい頃は短くて一週間、長くて一ヶ月近く家を空け、帰ってきたときには大量の金貨を持っていた記憶はおぼろげながらあった。
元団長という肩書きと経歴を活かし、イザベラが言うような指南役を依頼された報酬で生計を立てていたのだろう。
「じゃあさじゃあさ、ディーノって実はものすごい血筋だったってこと?」
シエルが子供のようにはしゃぎながら問いかけてくるが、ディーノとしてはさっぱり実感がわかないでいた。
「今初めて聞いた。父さんは昔のこと話してくれなかったからな」
「それならわたくしのお父様と知己であった事も説明がつきますわ。でも、そのような方がなぜお亡くなりに?」
イザベラも昔のことを思い出して納得したように口を開いたが、誰もが気づかずにいた素朴な疑問を同時に口にする。
「……心当たりはあるけど、あんまり言いたくねぇ」
「ひょっとして、黒い髪の魔術士? エンツォ様から聞いたことがありますわ」
図星をつかれたディーノの表情が固まる。
この学園に来た時から、最も聞かれたくない言葉が、イザベラの口から出て来てしまっていた。
ここまで気づかれてしまっては、カルロのように適当に流す術をディーノは知らないでいる。
「そっか、お父さんが銀色の髪だったら、お母さんの方が黒い髪だよね」
遺伝の法則から考えれば、フリオの解釈が当てはまるのは至極当然の話、父エンツォの容姿が伝われば自ずと答えにたどり着く。
「……お前らは、なんとも思わねぇのか? この色を」
「そりゃ珍しいけど、あたしはおじいちゃんが移民だったから、外国にはそんな人もいるんじゃないかと思ったんだけど」
「最初は怖かったですわ。そもそも愛想もありませんでしたから」
他の面々もシエルやイザベラと同じようなものだったのだろう。
特に言葉に出さずとも、表情からしてそんなものだということはわかった。
「ま、人にも色々あるからね。自分の知らないものを毛嫌いするのはいくらでもいるさ。もっとも、ガビーノの街はそれが行きすぎてたってわけだ」
カルロは何かを察したように、ディーノが以前口にした故郷の街を思い出したように言い放つ。
「でも、ここはガビーノの街じゃないんだ。ここにいる四人は、ディーノを悪く思ったりはしてないのはわかるだろ?」
複雑な表情のディーノに、カルロは笑顔でウインクをする。
そんな一面を見せられると、ディーノはこの先この男とどう向き合えばいいのかわからなくなる一方だった。
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