マッドティーパーティー −3−
「あっははははは♪ もう、ディーノは期待を裏切らないよねほんと♪」
「……うっせぇよ」
放課後の旧校舎、七不思議研究会の部室に六人が集まり、シエルは調理室の惨劇を思い出して爆笑していた。
あの後の調理室は、気絶したディーノが保健室に運ばれて一時騒然となっていたが、その原因を家庭科の教師と魔術薬学の教師が調べた結果、材料や調味料に毒物が混入された形跡はなく、単にアウローラとイザベラの作ったパイの味そのものとわかり、しばらくの間クラスでの笑い話になる程度で治まる事だろう。
しかしながら、ディーノは放課後まで保健室で過ごすハメとなり、帰りのホームルームでようやく教室へと戻ってきた。
「でも、自室で休んでいなくて大丈夫なんですか?」
「蛇の肉で腹壊した時に比べりゃなんでもねぇよ」
気遣いの声をかけてくるアウローラに、ディーノはそっけない返事をしながら紅茶を口に運ぶ。
「もう! 不味かったのでしたらハッキリとおっしゃってくださいまし! こっちがいたたまれなくなりますわ!!」
もう一人の原因であるイザベラは逆に憤慨していた。
自身のプライドの問題でもあるし、勇気を振り絞って食べさせたのが劇物に等しい代物だったと言う悔しさがにじみ出ていた。
「どうして、何も言わずに食べたんですか?」
アウローラも心配はしているのだろうが、その根幹にはイザベラと同じ気持ちがあるようだ。
ひどい味だったにも関わらず、二人のパイを文句ひとつ言わずに気絶してまでも完食するなど傍目から見れば正気の沙汰ではない。
「捨てるのもったいねぇから食ったってだけの話だ」
『アウローラとイザベラがせっかく俺のために作ってくれたんだから、がっかりさせないために全部食っとかないとなぁ♪』
二人とは目を合わせず、淡々と返すディーノの座る椅子の後ろで、カルロがしゃがみこんで心の内を代弁するかのように語る。
すかさずディーノはカルロの頭に向かってゲンコツを打ち下ろした。
「うぉぉぉぉっ……なんの躊躇もなく……」
頭頂部に身長が伸びるほどのたんこぶを作りながら、カルロはぷるぷると痛みに耐えている。
「でも、本気で殴るってことは案ががががががが!!」
なおもからかうことをやめないカルロの襟首をつかみ、ディーノは加減した稲妻を放って感電させる。
紫色の閃光と共に、この場にいた面々はカルロの骨格が透けて見えるような錯覚を味わっていた。
「こいつの言うことは気にすんな」
「じゃあなんでわざわざ顔出したのさ? んん~?」
復活したカルロが珍しくも食い下がってくる。
七不思議研究会の活動内容は非常に緩く、別にシエルが部室に集まれと言ったわけでもない。
ただ、アウローラとイザベラが一緒に集まるとしたらここぐらいだ。
二人の顔を見たところでどうなるかなど深くは考えてもいなかったが、そのまま帰ってしまうのも気がひけた。
ムキになっている時点で、カルロの言ったことが図星であると裏付けていることに、ディーノはまだ気づいていない……。
「ま、ディーノも変わってきたってことだよね♪ 来たばっかの時なんかもう『俺に近寄るんじゃねぇ』ってオーラバリバリだったのに」
シエルが横から茶々を入れ、ディーノ以外の四人がうんうんと頷いていた。
否定はできないしする必要もないが、改めて言葉にされるのもそれはそれで癪に障る。
「悪かったな……。じゃあユリウスみたいなのがいいのか?」
ちょうど授業中に思い当たったことを改めて言葉に出して聞いてみると、しばらく考え込む仕草を見せた後に微妙な表情を浮かべた。
「いや、それはないよディーノ君。というより気持ち悪い」
全員の意見を代弁するかのように、真っ先に否定したのは意外にもフリオだった。
この中では一番控えめに見える性格から、ここまで率直な物言いをするとは思わなかったのだろう、ディーノ以外の四人が驚いた顔を見せている。
しかしながら、フリオが見た目通りの小動物的なイメージとは裏腹に、一度感情が振り切ってしまえば密かに研ぎ澄まされた牙をむく、容赦のない側面をディーノだけは知っていた……。
「それはともかく、ディーノ君は僕に言ったよね? 『俺になろうとするな』って。だったらディーノ君も、無理に別の誰かになろうと思わなくていいんじゃないかな?」
「おーっ♪ 言うようになったじゃない一番弟子♪」
「弟子じゃねぇよ」
からかい混じりのシエルの言葉を否定しながら、基礎的なことは教えているが弟子と言うにはやっぱり違うとディーノは考える。
少なくとも自分が教えようとしていることに絶対に従えと思っているわけでもないし、極端に萎縮されるようなこともない。
ある意味、一番対等な関係と言えるかもしれないとディーノは思っていた。
「一理ありますわね。ユリウス先生はともかく、どうがんばったって、ディーノがエンツォ様のようになるイメージなんてわきませんもの」
イザベラは特に深く考えがあって言ったわけではない、ただ何気ない一言のつもりだった。
ディーノのティーカップを持つ手が止まり、その表情が誰の目に見ても明らかなほど、石のように固まっていた……。
そしておもむろに席を立ってイザベラの正面からその両肩をつかんだ。
「どうしてその名前を知ってる!?」
普段のそっけない態度が一変して迫るその態度が、明らかにディーノの内にある何かに触れてしまったことは想像に難くなかった。
「落ち着いてくださいディーノさん」
そばにいたアウローラが制止しようと割って入る。
「い、痛いですわ!」
「……わ、悪い」
イザベラの悲鳴にも似た声で、ディーノは我に返り慌てて手を離した。
「覚えてる限りのことでいいから、教えてくれ」
その表情は自分が知りたいことに対する焦燥感と、イザベラへの態度に対する罪悪感とが複雑に入り混じりながらも、抑えることができないことを物語っていた。
「わたくしが小さい頃、確か八年程前だったはず……お兄様の指南役として招かれた騎士の方ですわ。直にお話ししたこともありますけど、物腰は柔らかくてとてもお強い絵本の中の騎士様のようなお方でした」
イザベラは幼少の頃の記憶を辿りながら、ディーノにわかる範囲での説明を始める。
「エンツォ……エンツォ?」
その隣ではアウローラが、何か引っかかっているのかその名前を呟きながら考え込んでいる。
「見た目はもしかして、目は俺と同じで、髪は銀色じゃなかったか?」
ディーノの指摘に、イザベラは目を丸くする。
彼女の記憶に住まう騎士エンツォの姿が、間違いなくその特徴に合致していたからだ。
「ま、間違いありませんわ。あなたが使うような大振りの剣も持っていたはず」
そこまで聞いたディーノはそのまま黙りこくってしまう。
悪いことを言ってしまったのではないかと、イザベラの脳裏に不安がよぎったその時、ディーノの口から乾いた笑いが漏れた。
「くっ……ははっ……。いや、まさかこんなところでなぁ……」
「ディーノさん?」
いつもなら絶対にありえないようなディーノの仕草に、アウローラが心配そうに見つめてくる。
「あぁ、気にするな。こういうの、世間は狭いっていうんだろうな」
アウローラもイザベラも、きょとんとしたままディーノの言葉を聞いている。
「エンツォは俺の父さんの名前だ」
『えぇぇぇっ!?』
アウローラとイザベラだけでなく、カルロ、シエル、フリオもその一言に驚きの声を上げていた。
ディーノとアウローラが幼い頃に一度会っていることは周知の事実であったが、今度はディーノの父親とイザベラに多少の縁が繋がっていることが、さぞ意外に映ったのだろう。
当の本人さえもこんなことは想像だにしていなかったのだから、当然と言えば当然だと納得もしていた。
「いやぁ、運命ってやつはどこまでも面白いねぇ♪ 学年でも指折りに可愛い女の子二人も浅からぬ繋がりがあっちゃうんだから。僕もあやかりたいよ♪」
カルロが馴れ馴れしくディーノの肩に手を回しながらおちょくってくるのに対して、ディーノは呆れた顔で顎を軽く小突いた。
「そ、それで、エンツォ様はお元気ですの? もし良かったら昔のお礼とかしたいですわ」
どうやらイザベラは、エンツォに対してなんらかの恩があるようだとディーノは察したが、その顔はあからさまに悲しく曇ってしまう。
真実を話してしまっていいのかとはばかられ、カルロの方に一瞬目線を送ったが、見えざる敵との戦いには無関係でとりとめのない世間話だと割り切ることにした。
「……父さんはもういないんだ」
アウローラもイザベラも、その一言に表情が凍りついていた。
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