絶望へのプレリュード

『『「ウォーター」』』

 アンジェラとシエルが同時にアルマで水を呼び出し、カルロに放たれた火の魔術を鎮火ちんかする。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 炎に包まれながら酸欠におちいりかけていたカルロがねずみになりながらむ。

 かろうじて息を吹き返したようだ。

 天から現れたのは、何度も姿を見てきた漆黒の悪魔。

 まるで神か何かであるように浮遊した状態からゆっくりと自分たちの目の前に降りてきた。

 本物かは定かではないが、この場に現れたと言うことは、今度は本気で自分たちを始末しにきたと言うことだ。

 少なくとも、カルロだけは処断しょだんしに来たとみて間違いないだろう。

『ククク……見れば見るほど無様な姿だねぇ。せめて華々しい最期を与えてあげようと思ったが、お優しい先生と友人に恵まれたみたいじゃないか』

「いやぁ、わざわざ助けに来てくれたみたいで助かるよ。おかげで自由の身だ」

 バレフォルの炎は当然ながら、カルロをしばっていたつたを焼き払っている。

 体の半分が焦げ付いてなお、カルロは不敵な笑みをバレフォルに向けた。

「あなたがバレフォルね! たとえあなたが誰であろうと、これ以上私の生徒は傷つけさせない!」

 アンジェラがシェリアニアを構えて前に出る。

『そうか、あの実験魔獣に宿したゼパルの宝石は、君が見ていたんだったねぇ。少々泳がせすぎたかな』

 バレフォルの手に火のマナが集中し、槍のような形に形成されていく。

『君に守れるかな? 落ちこぼれの君に!』

 放たれた六本の槍が、アンジェラ以外の六人にせまってくる。

「みんな、先生の周りに集まって!」

 カルロの前に立ちふさがりながらアンジェラは指示を出し、ディーノたちも即座に動いた。

『「ランド」「シールド」「強化ブースト」 “巌の絶壁ロックウォール”』

 床を構成している石畳いしだたみが、巨大な障壁しょうへきに変化する。

 物質そのものを作り変えるのは、土の魔術の大きな特徴だ。

 だが、炎の槍はアンジェラの障壁をいとも簡単につらぬき、一直線に全員に向かって来た。

『「ライト」「ウォール」「反発リパルション」”煌きの障壁グリッターオブストラクション”』

 今度はアウローラがブリュンヒルデで光の壁を展開する。

 見た目は物理的なものでも、魔術の障壁はマナを凝縮ぎょうしゅくさせたものだ。

 一度めの防御を貫通させて威力が弱まった炎の槍が光の壁とぶつかり合い、爆煙をあげながら消滅する。

「二段構えの防御魔術でこれなの!?」

 アウローラの光の壁も同時に消滅していた。

 バレフォルが本気を出していないこともそうだが、仮にこれを亜空間に一人ずつ引きずりこまれた状態で撃たれれば、各個撃破かっこげきはで全員が即死となるだろう。

「このままじゃジリ貧ですわ! 攻撃あるのみ!」

 イザベラが真っ先に飛び出した瞬間、彼女の体は桃色の光に包まれ、獣人じゅうじんの姿に変化する。

「にゃあああああーーーーーっ!!」

 イザベラが爆発的に加速して跳び上がり、一気にバレフォルとの距離をつめる。

「あれが、イザベラさんの魔降術!?」

 アウローラはディーノの精神世界で共にアトラナートを倒した時の記憶が呼び起こされる。

 そのスピードはあの時と全く引けを取っていないどころか、むしろ速くなっている。

『やれやれ、躾の悪い猫は、きちんと首輪と紐をつけないと』

 バレフォルの炎は投げ縄のような形となってイザベラへと迫った。

「敵はイザベラさんだけじゃないよっ!」

 フリオが種を成長させた若木の杖から生い茂る葉を刃にして飛ばす。

 吹き荒れる木の葉の舞がバレフォルに迫るが、炎の縄が生き物のように動き、それをあっけなく灰にしてしまう。

『残念、私を君では相性が悪すぎたね』

「それなら私はどうかしらっ!!」

 渾身の力を込めた猫パンチがバレフォルに直撃し、その体が大きく揺らぐ。

「うにゃにゃにゃにゃにゃーーーーーっ!!」

 さらにたたけるような連打がバレフォルに叩き込まれた。

 二人ともが習得したての魔降術だったが、ディーノから見れば驚くほどの進歩だった。

「あいつら、いつの間に……」

 自分が数ヶ月の修行を経て得たレベルの術を、あの二人はあっさりと自分のものにしてしまっている。

 それは、契約した幻獣の相性の良さもあるが、何よりも大きな違いとして現れているものは、今のディーノが持ち得ないものだった。

『うっとうしいなぁ。そんなに焼き払われたいのかい?』

 バレフォルの声色が変わると同時に、その両手から手の平大の火球が現れた。

 それを体の中央で合わせ、押し出すように放たれる。

 響いたのは爆音、視界そのものを埋め尽くすほどの強烈な光と炎が大広間を埋め尽くすほどに広がった。

 後ろで見ていたディーノたちの視界が元に戻った時、そこには杖が焼け焦げたフリオと、変化の解けたイザベラがうつ伏せになってうずくまっていた。

「まだ……ですわ! 絶対に負けるものですか!」

「僕たちがダメでも……ディーノ君がいる! ちょっとでも消耗させれば、まだ勝ち目あるよね」

 ディーノはその言葉を聞いて、ズキリと心に痛みが走った。

 この場にいるみんなが思うほど、自分は強くも気高くもなく、目の前の敵に一度負けているというのに、未だその信頼はゆらいでなどいなかった。

 だと言うのに、この信頼に応えられない自分の無力を呪いたい気持ちでいっぱいになる。

『余興はそろそろ終わりにしようか? 我々も一人ずつ仲間を増やすのは少々効率が悪くなってきたんでねぇ』

 パチン、とバレフォルが指を鳴らした瞬間、ゴゴゴゴゴと音を立てながら広間全体がゆれ始めた。

「なにこれ、地震!?」

「違う……この部屋が、動いてるんだ! どうやら準備が完了しちゃったみたいだね」

 カルロは一人で納得したようにつぶやく。

「てめぇ、なにを知ってる!?」

「僕も全部は知らされてない。けど、一つだけ言えるのは、ソフィアちゃんとレオーネ君は、このためにさらわれたってことさ」

 次第に床が下がって行ってたどり着いたのは、周囲が生物とも金属ともつかない不気味な様相をした、さらに巨大な空間だった……。

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