絶望へのプレリュード −2−

 巨大な魔獣の腹の中、そう形容するのが最もわかりやすいとディーノは思った。

 どんな構造になっているのかはわからない、だがこの部屋はように見えた。

 無数にめぐっている管は脈動みゃくどうし、目の前にある何か巨大なかたまりに何かを運んでいるのはわかる。

『ようこそ、うたげの場へ』

 バレフォルの言葉とともに、空間の全体が明るく照らされる。

 ディーノたちの目の前にあった、いな、いたのは巨大な怪物だった……。

 無機質むきしつのようでいて、有機物ゆうきぶつのようでもあるそれは、動物とも魔獣とも幻獣ともつかない、というよりも複数のそれらが混ざったようなものだ。

 自分たちの身の丈よりも両腕は長く、背中には巨大な翼を生やし、頭はワニのようで牙だらけの口は人間などたやすく飲み込んでしまいそうだ。

 あえて言うならば、合成魔獣キメラが一番近い。

 魔獣が心臓とする複数の宝石が”源泉マナンティアル”のような場所で突然変異とつぜんへんい的に発生する魔獣のことだ。

 体のいたるところにディロワールと同じ黒い宝石が入り込んでいたが、ディーノたちの視線はそれとは別の部分に釘付けだった……。

「ソフィアちゃんと、レオーネ君……」

 シエルが愕然がくぜんとした顔でそうつぶやく。

 胸の部分に二箇所、ガラス玉のように透けた部分にソフィアとレオーネがそれぞれ入り込んでいたのだ。

『気に入ってもらえたかな?』

 その肩の上に乗ったバレフォルは、あざ笑うような言葉をかけて来た。

 見た目の雰囲気ふんいきこそちがえど、このキメラには既視感きしかんを抱いた。

「マクシミリアン?」

 アウローラが疑問の答えをつぶやいた。

『魔獣と人間と我々、なかなかいい線を行っている。だがアレは失敗だった。彼の意志は強すぎて、お互いの力さえも阻害してしまっていたからねぇ』

 自己顕示欲じこけんじよく嫉妬しっとがディロワールの存在すらも一時的にでもおさえ込んでいたが、バレフォルの口ぶりからすれば、それは想定外のことだったようだ。

『そこで、まだ精神が未成熟な子供を使ってみることにしたんだよ。そしてこの器は魔獣ではなく我々の宝石と魔動機械技術を応用したものだ。合成ディロワールとでも名付けよう。そして、起動だ』

 バレフォルが指を鳴らすとともに、黒い宝石は輝きだし、合成ディロワールが動き出した。

 胸部分にあるソフィアとレオーネが入った場所の間から、鳥のような頭部が姿を見せる。

『ここは……バレフォル……貴様、我々の体に何をした!』

『おやおや、真っ先にお目覚めかい? ちょうど良い、君がこの計画のかなめだからねぇ……三十七番”フェニックス”』

『どう言う意味だ?』

『君達もそろそろ動ける体が欲しいだろう? 今この上に大量の器を用意してあるから好きに使うといい。その機械の体には人間のマナを吸い取る力も持たせてある。そう君の力でディロワール達が”転生”するんだ』

 バレフォルの口ぶりを聞いて、ディーノ達は顔色を変えた。

 マクシミリアンの一件は、この合成ディロワールを完成させるためのステップに過ぎなかった。

 学園内に生徒を閉じ込めるための結界も含めてだ。

「ふざけんな……」

 バスタードソードを握るディーノの手に力がこもり、飛び出していた。

 まだ動き出す気配のない合成ディロワールの長い腕に飛び乗って、そのまま駆け上がって行く。

 そして、バレフォルへ向かって斬りかかっていた。

 振り下ろされた刃は金属的な音を立てて、バレフォルの手の甲で受け止められていた。

『ははは、熱いねぇ。火のように熱い、実に激情家の君らしいじゃないか』

「うるせぇよ。こんなくだらねぇことのために、こいつらをさらったのか!!」

『そうだねぇ。子供なら誰でもよかったんだけど、強いて言うならば、君と親しいからだよ。舞台を盛り上げる趣向しゅこうとしては最適だろう?』

 壁の方へ弾かれたディーノは片手を伸ばして管につかまり、懸垂けんすい要領ようりょうでその上に乗り上げた。

「……許せない。ディーノさんを苦しめるためだけに、あの子たちを利用したなんて」

「全くの同感ですわ! 思い通りになんてなってやるものですか!」

 アウローラとイザベラがお互いにうなづき合う。

 それぞれが魔衣ストゥーガを身にまとい、あるいは獣人の姿に変化して合成獣の方へと向かっていく。

『「ウィンド」「加速アクセル」「浮遊レビテーション」”疾風の翼ゲイルウィング”』

「イザベラさんはレオーネ君を! ソフィアさんはわたしが」

「まかせなさい!」

 アウローラが飛行の魔術を展開して空中へ飛び上がり、イザベラはディーノがやったように向かって右腕を全速力で駆け上がった。

『させないよ、ゆけっ!』

 バレフォルの号令とともに、合成ディロワールは翼を羽ばたかせ、空間を突風が舞う。

 アウローラは大きく体制を崩して押し戻されてしまった。

 さらにワニ顔の口からは巨大な火球かきゅうがイザベラに向かって発射され、それを大きく飛び上がってかわし、天井に足をついた。

「よーし、あたしもっ!」

 シエルは竜火銃ドレイガを構えて、撃鉄げきてつを起こしてトリガーを引きしぼる。

 破裂音はれつおんとともに撃たれた弾丸は、左の翼に着弾ちゃくだんしたと同時に強烈な冷気を放って瞬時しゅんじに凍らせる。

 合成ディロワールは片方の翼が動きを封じられたことで飛行のバランスを崩した。

「これならどう!」

 アンジェラがたたみかけるように魔術を発動させる。

『「ランド」「トラップ」「突出プロトルーション」”隆起する岩槍アップヘイバルファランクス”』

 合成ディロワールが地面に着地したところを待ち構えるように、アンジェラが魔術で平坦な地面を罠の床に作り変え、下から胴体に石の棘が突き刺さった。

 だが、その瞬間だった。

「痛いっ! 痛いよぉぉぉぉっ!」

「助けて! 助けてぇっ!」

 中にいたソフィアとレオーネが意識を取り戻し、苦しみ始める。

『言い忘れていたけど、その二人の体は繋がっているんだ。傷を受けると同じように苦しむ。痛みが強すぎるとショック死してしまうかもねぇ』

「そんな……」

 アンジェラは背筋から全身に震えが走った。

 攻撃を加えるほど、中にいる人間を苦しめる、二重三重に仕掛けられた罠にではなかった。

 人ならば踏み止まるであろう残酷な策を次々とろうしてくる、その悪魔の頭脳にだ……。

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