フリオの夢

 荒らされた花壇を直すため、行動を起こそうとした二人の前に予想外の珍客が登場し、ディーノもフリオも言葉を発せずにいた。

「どしたの? ユーレーでも見たような顔しちゃってさ」

 わざわざ首を突っ込んでくるという意味では幽霊よりも厄介と言えるだろう。

「別に……、部室に来なかったのを咎めに来たのか?」

「もう! 上で見てたから、せっかく手伝いに来てあげたのにそんなこと言うわけ?」

 シエルの性格なら、たとえ突っぱねたとしてもおとなしく引き下がるはずなどない。

「そうやって悪い方に考えるの、ディーノさんの悪い癖ですよ? わたしたちが来るのはそんなに嫌ですか?」

 さすがのアウローラも、この態度には難色を示さずにはいられないようだ。

「……お前らには直接関係ないことだろ。なんで首突っ込みたがる?」

「ディーノさんも同じことが言えるんじゃないですか?」

 その返しに絶句するディーノに対し、アウローラはさらに続けた。

「こう言うのは、損得でやることじゃないのは、ディーノさんだってわかってるはずですよ?」

 柔らかい笑顔で紡がれる言葉に、ますます眉間にシワを寄せるディーノだったが返す言葉を失っていた。

「と、とにかく。やる事まとめて、早いとこ始めよ? ね?」

 膠着状態に陥りそうなその場を、なんとか取り持とうとシエルが口を挟み、四人は旧校舎の屋上へ向かって、それぞれ荷物を抱えて歩いていた。

 ディーノとフリオは土囊を抱え、アウローラとシエルが無事だった芽を入れた植木鉢を持っている。

「みんな良かったの? 僕なんかのために……」

「気にしないのジュリオ君♪ あたしたち好きでやってるんだから!」

「フリオです……」

 弱々しい声で問いかけたフリオにシエルは明るく答えるが、肝心なところで精彩を欠き、空気は微妙なものとなっていた。

「あんま気にすんな。初等部のガキに付き合ってると思っときゃいい」

「むーっ! 聞こえてるんですけどーっ!」

「聞こえるように言ったからな」

 あんまりといえばあんまりな物言いによって、シエルの矛先はディーノへと向かい、フリオは苦笑いしていた。

 そんな問答を繰り返しながら、花壇と屋上を何度か往復して運び終えた時、すでに空は朱色に染まり始めていた。

 旧校舎の造りは新校舎の参考にされた部分も多く、かつては向こうと同じ憩いの場だったのかもしれない。

 ベンチは寂れ果てており、今現在はほとんど人が立ち入ることはない。

 そして、そこには空となって幾年も経った植え込みが放置されていた。

「へっへーん! ここなら誰にも邪魔されずに使えるってわけ!」

 この場所を勧めてきたシエルは、どんなもんだと言いたげに胸を張っていた。

「でも、一日では終わりそうにありません。今日は切り上げませんか?」

 時期に生徒の下校時間が迫って来ることを考えれば、アウローラの言うことももっともであり、目立ちにくい物陰に運び出したものを隠すまでで解散と言う事にした。

「それから、明日ここの使用許可をいただきましょう?」

「で、でもそこまでは……」

 アウローラの提案に対して、フリオはためらいがちに声を漏らす。

「悪いことをしているわけではないんです。問題ありません」

 一点の曇りもない笑顔のアウローラを否定することは、ディーノにもフリオにもできなかった。

 作業を切り上げての帰り道、ディーノはフリオと二人で寮へ戻る途中で口を開いた。

「お前、何かやっているのか?」

「何かって?」

 修練について来るようになって、気になったことをちょうどいい機会と見て聞いてみる。

 ディーノの編入初日、あの魔獣ルーポランガに太刀打ちできず逃げ回っていた様子から見て、戦闘技術はさほどでもないことはわかる。

 そして、そのレベルが二年生では珍しくないことも。

「お前は華奢だと思ってたが、筋力もスタミナもそれなりにある。そいつをどうやって身につけた?」

 なんの下地もなしに、ディーノの走り込みについて来たり、大きな土嚢を担いで旧校舎の上から下まで往復して息も上がらずにいられるはずがない。

 ならば、一人で誰にも見つからずに特殊なトレーニングでもしているのかも知れないと、ディーノは推察していた。

「特別なことなんて何も。花壇を作るのに土とか石を運んだり、あと休みの日に山とか森を歩き回ってるくらいだよ」

 その言葉を聞いて、ディーノは考える。

 つまり、園芸の作業によって自然と筋力が鍛えられ、頻繁に行う野外活動によって体力がついたと言うことだろうか。

 いまいち説得力に欠けるとは思うものの、直に見て結果は出ているのだから自分がどうこう言っても仕方のないことだ。

 何気ないことが意外な成果につながることも、珍しいが事実ある。

「《木》のマナなんてのがあるなら、お前みたいなヤツに宿るのかも知れねぇな」

 ディーノが《雷》のマナを持つように、複数のマナが組み合わさった例外的な属性を扱える魔術士は稀に存在する。

「ディーノ君は……アウローラさん達も、笑わないんだね」

 フリオは少しばかり顔をほころばせながら、つぶやくように言う。

 あの三人を見たときのことを、ディーノは思い出す。

 おそらく、それだけでなく他にも笑い者にしていた連中は、数えきれないほど会ってきたのだろう。

「僕、卒業したら植物学者になりたいんだ。母さんが魔術士になって要職に就くべきだって、結局ここに入れられたんだけど……」

 確固たる理想を持っていながらも、自分の力だけではどうしようもないジレンマをその目は語っていた。

「僕が花に水あげたり、種を植えたりしてると、みんな揃って僕を笑うんだ。女の子みたいだって」

 確かにイメージとしては、園芸に興じる男と言うのは少数派ではあると思うが、あの小さな花壇の一部を移すだけでも、かなりの重労働だと言うことはわかる。

 それを前々から一人でやっているだけでなく、その世話は毎日行わなければならない。

 ただ水をやるだけでなく、邪魔な雑草を取り去り、害虫が集まれば駆除しなければならない。

 それだけの手間をかけ、気の遠くなるような作業を続けることは、生半可な気持ちでやれるものではないだろう。

 だが、それをわかろうともせず、人と違うことを踏みにじる口実にし、自分たちを正当化する。

 笑い者にしている連中は、それ以上の何かを成し遂げ、充実した毎日を送っていると言い切れるのか?

 夢中になるものがあったとしても、それに身勝手な解釈による格付けをして貶めていい理由になどなるはずもない。

「それで、あいつらにいいようにされるがままか?」

 フリオはそう聞かれて、目線を下に落とす。

 本人が言うには、中等部の辺りまでは悪口や直接的な暴力が中心だったらしい。

 高等部に進んでクラスが変わってからは、ひとまず治まっていたと思ったのだが……。

「それがこの間になって、か……」

 一人では正式なクラブ活動にもできず、見張ってくれる人間がいるわけでもない。

 だからこっそりと作っていたようだが、それも上策ではなくなった。

「誰かに言っても、どうにもならない。僕が黙ってれば」

 これまで一時しのぎにしかならなかった事で、フリオには諦めが芽生えてしまっているようだ。

「ごめん。こんなこと言っても、ディーノ君みたいに本当に強い人にはわからないよね……」

 フリオの言葉に、ディーノは自問する。

 今の自分だけを見ていれば、そんな感想が出てくるのかもしれない。

「お前がそうなれないと決まってなんかねーし、本気でやってる奴を悪く言う権利なんか、誰も持ってねぇだろ」

 ディーノは足早に歩き出し、自分の顔が見えないようになってから、再び口を開く。

「目標持って”本物”になるために毎日やってんだろ。だったら俺にはないものをお前は持ってる」

 それが、嘘偽りのないディーノの本音だった。

「ぼ、僕が? そんなこと絶対ないって!」

「ここにいる奴ら見てるとイライラすんだよ。どいつもこいつも顔に退屈だって書いてあるくせに、自分で何もしようとしねぇ」

 少なくとも、後ろで驚きを隠しもしない声を上げるフリオは違うとディーノは確信している。

「まぁ、俺も大して変わんねぇよ。本物には程遠い”半端者”だ」

「どうして? ディーノ君、あんなに強いのに! 剣も魔術も同じ年だと思えないくらいじゃないか!」

 別格の力を知っているからこそ、フリオは食い下がってきた。

 その姿が何よりも彼自身を勇気付け、奮い立たせるほどのものだと思っているこの気持ちに偽りなどかけらもありはしない。

「俺は自分を強いなんて思ってねーよ。強い奴がここにはいないって勘違いはしてたけどな」

 ディーノが日頃から燃やし続ける苛立ちの原因となっているのは、この学園という場所の空気。

 平穏という名の緊張感のない退屈さ加減と、向上心の薄い同年代の人間たち。

 そんな場所に放り込まれたところで得るものなど何もない、とつい最近まではタカをくくっていた。

 だが、闘技祭でカルロとの試合を経て、認識の甘さを思い知らされた。

 場所など関係なく”本物”の実力や資質を秘めた人間は必ずいる。

「お前の中にある気持ちを裏切らなきゃ、きっと俺よりも強くなれる」

 それは、ディーノがフリオに対して抱いた、嘘偽りのない率直な感情。

 自分が好きなものに対して誠実に向き合い、何かを成し遂げようとする気概は今のディーノが持たないものだ。

 面倒な厄介ごとと思っていたが、自分を省みる機会に出会えたことを考えれば、思わぬ収穫だった。

「さっさと戻るぞ、門限で締め出されたくねーからな」

 ディーノはそれを口に出すことは気恥ずかしく、ぶっきらぼうに言葉をかけながら帰路を急いだ。

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