第2章エピローグ:本物と半端者

『師匠へ。今どこにいるんだ? この学園では何が起きている? あんたは答えを知っているんじゃないのか?』

 事件が起きた翌日の夜、ディーノは寮の自室で、師匠宛ての手紙を書いていた。

 返事が来る保証はないが、それでもせずにはいられない。

 モンテ達の起こした事件は、学園の誰にも知られることなく終息を迎え、学園は何事もなかったように平穏な日常が続いている。

 その結果によって浮かび上がる真実はたった一つ、ディーノが来る以前にもこんな事件は山ほど起こっていたに違いないと言うこと。

 誰にも気づかれることなく、なんらかの目的を果たすために怪物が暗躍していると言うこと。

 シエルの推理は当たっていたと同時に、この真実に近づいているのは自分たちしかいないと言うことだった。

 ディロワールと言う怪物のこと、何も知らないとは考えにくかった。

『それと、同じ歳で魔降術の契約を結んだクラスメイトが出た。俺だけじゃどうにもならない。一度でいいから見てやって欲しい』

 フリオのことも付け加える。

 契約したドリアルデは、おそらくヴォルゴーレと同じで基本の六つのマナからは外れた属性を持った幻獣だろう。

「《木》のマナなんてのがあるなら、お前みたいなヤツに宿るのかも知れねぇな」

 以前冗談交じりにつぶやいたことが、まさか本当になるとは思わなかったが、ことは冗談では済まなくなってしまった。

 しかし修行中の自分だけでは、フリオを怪物にならないように導けるかと言われれば、おそらく無理だろう。

 ならば、この学園でフリオの師となる人物が都合よく現れることを期待するほど子供でもない。

 現状で最も見込みを感じられるのは、結局師匠を当てにすることだけだった。

「ふぅ……」

 手紙を書き終えると丸めて親指ほどの大きさしかない小さな金属の筒に入れ、ため息ひとつついて椅子に座りながら上半身を大きく伸ばす。

 しばらくして、部屋の窓をコツコツと叩く音が聞こえたので窓を開けると、そこには灰色の羽を休める一羽のフクロウがいた。

 自分の連絡でやって来る、師匠の使い魔であった。

 どうやっているのか皆目見当もつかないのだが、ディーノがこうして手紙を書いていることを察知しては現れるのだ。

「頼んだぞ」

 ディーノは書簡をフクロウの足についた金具に繋げると、フクロウはホーと一声答えて闇夜の空へと消えて行った。


   *   *   *


「それじゃあ、第七十五回のお茶会は、フリオ君入部記念パーティーでーす! かんぱーい!」

「だからフリオです」

「合ってるでしょ♪」

 その翌日、部室に集まれと連絡をもらって旧校舎に来てみれば、シエルはある意味予想通りのことを実行していた。

 あれだけの戦いが起こった後で馬鹿騒ぎできると言う意味では、ある意味強靭な精神を持ち合わせているといえようとディーノは呆れながらも紅茶を口に運んでいた。

「しっかし、今回ばかりはダメかと思ったよ。僕なんか一人で寂しかったぁ♪」

 カップケーキを口に運びながら、カルロは大げさな調子で語っている。

 例の三人組は結局証拠になることを出すことはできずにいたが、もう以前のようにフリオをいじめることはできないと同学年の生徒は察していた。

 窓から新校舎の側を見てみれば、モンテ達が植え込みの方で用務員を手伝いながら水をやっている。

 今朝、両隣のクラスに鉢植えが送られていたのだが、それを見たモンテ達は発狂したような叫び声をあげていたのが聞こえていた。

「あれはお前か?」

 フリオに問いただしてみれば、無言でうなづかれた。

「あの訓練の時から様子がおかしかったからね」

 言葉から察するに、モンテ達は三人とも植えつけられた植物へのトラウマは、ディロワールの記憶が消えても残り続けているようだった。

 しかもそれを察知した上で、わざわざ心をえぐるような真似で返すと言うのもなかなかできることではない。

「虫も殺さねぇような顔して、意外としたたかだな」

 ディーノがそんな感想を漏らすとフリオは笑顔で答える。

「虫を食べる植物はたくさんいるよ? それに、僕は鉢植えを送っただけだよ」

「食われんなよ……」

 あの時ほど自分を見失ってはいないようだが、案外バカにできないような恐ろしいものを飼っているのではないかとディーノは疑いの視線を向けていた。

「あいつらが反省するならまぁいいじゃん♪ アウローラにエッチなことしようとしたんだから、あたしとしては百叩きでもやっすいくらいだよ!!」

「シエルさんそのお話は……」

 怒るシエルをたしなめるアウローラだが、それに対してディーノが表情を変えたのは言うまでもない。

「三人とも全身の骨へし折って、半年ぐらい来れなくしてやるか……」

 ディーノがドスの効いた声と静かな怒りを燃やしながら席を立つ。

 それは、あの時モンテを滅多殴りにした時と同じものだとフリオは即座に察した。

「落ち着けっての」

 誰も止めなかったら、ためらうことなく実行に移すだろうと読めたカルロが後ろから手を回してディーノを止める。

「絶対にダメです!」

 アウローラも前に立ちふさがって、強い言葉でディーノを制止した。

「お前だって嫌だったんじゃねーのか?」

「だからと言ってなんでも暴力だけで解決したら、ディーノさんが悪者になってしまいます!」

 アウローラはまっすぐにディーノを見据えていた。

 それはただ自分が不快だからと言うのではなく、ディーノ自身のことを案じているから出ている言葉だと言うのはわかる。

「そ、その。みんな落ち着こうよ。お茶冷めちゃうよ」

 フリオも仲裁に入ったことで場は落ち着きを取り戻して、再びお茶会の続きとなった。

「ごめんね。あたしが煽っちゃったみたいで」

 シエルは三人に手を合わせて謝ると、それぞれの反応で気にするなと言った風に返したが、ディーノだけは違った。

 ディロワールの件を差し引いたとしても、フリオと最初に関わった時も、それより先に遡っても、結局自分は力でしか物事を解決していない。

 さらには感情に身を任せて相手を苦しめることに黒い高揚と快感を覚えた果てに、危うく怪物になってしまう寸前だったのだ。

 フリオがいなければどうなっていたことかわからないことを振り返ると、あまり穏やかな気分でいられるわけでもなかった。

『くくっ。なかなかに応えたようだな』

(……うるせぇよ)

 頭の中に響いてくる声に対しても、いつもの調子で返す気にはなれなかった。

「あの、ディーノさん?」

 そんな自分の様子を見かねてか、アウローラが声をかけてくる。

「やっぱり、言い過ぎました。ディーノさんはわたしもフリオさんも助けたいから戦ったのに……」

「アウローラのせいじゃない。まだまだ俺は”半端者”だっただけのことだ」

 そう、ここが終着点ではないのだとディーノは自分に言い聞かせる。

 研鑽を積んでいつの日か、アウローラの隣に立つ資格を得るために、戦うしかできない自分を変えていくのだと。

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