二人の魔降術士

 モンテの黒い宝石が砕かれたと同時に、ディーノとフリオは旧校舎の屋上へと戻されていた。

 当のモンテは人間の姿に戻った状態で気を失っており、ディーノが握っていた両刃剣も消滅している。

「当面の危機は去ったってところか」

 ディーノもまたヴォルゴーレとの一体化を解除する。

 鎧のように身にまとっていたマナが光の粒子となって消えていくと、元の人間の姿があらわになる。

「お前に助けられるとはな」

 ふぅ、とため息をひとつ付き、ディーノはフリオに向き直る。

 あの魔降術がなければ、自分は今頃どうなっていたかわからない。

「いや、夢中でやっただけだよ」

 謙遜するフリオだったが、普通ならば体を慣らすために幼少から契約を結び、長い修行の果てに得るものだが、ここまでくれば疑いようがない。

 フリオは魔符術よりも魔降術の資質に恵まれているうえに、植物に対する思い入れとドリアルデが植物の幻獣であることから非常に相性がいい。

 極限の状況下で発動させた未熟なものだとは言え、強い感情に呼応して再現なく成長を遂げるのが魔降術の特徴であり利点でもある。

 契約した年齢の遅さというハンデはあるが、自分を見失うことがなければ想像以上の成長を遂げる可能性もあるだろう。

「う……。て、てめぇら俺をどうする気だ!!」

 事態の収拾がついたと思った矢先、彼らに割り込むようにしゃしゃり出てきた声が一つ。

 人間に戻されたモンテの意識が戻ってきたようだ。

「そうだな。アンジェラにでも突き出すか、三人がかりで襲ってきやがって、アウローラたちはどこにやった?」

 ディーノが脅すようににじり寄るが、モンテは要領を得ないといった顔だった。

「何の事だよ! てめぇらが写真で俺らをはめたんだろうが!!」

 モンテの口ぶりから察するに、ことの前後関係が全く繋がっていないようだ。

「だから、こいつを燃やしにきたんじゃねぇのか?」

「燃やすって何のことだよ! さてはフリオ、てめぇが仕組んだんだな」

 モンテは筋違いな怒りをあらわにしてフリオをつかみかかろうとしたその時、フリオの手の甲に輝いた宝石が、花壇から無数のツタを伸ばしてモンテの腕に絡みつかせ始めた。

 それを見た瞬間、モンテの顔は青ざめていく。

「ひ……ひいいぃぃっ!!」

 腕に絡んだツタを必死の形相で外すと、恐怖の表情を伴ったまま一目散に逃げ出していた。

 どうやら、実地訓練の際フリオにされたことまで忘れているわけではなかったようだ。

『あれぐらいしてやってちょうどいいのよ!』

 ドリアルデは悪びれもせずに言い放つが、不可解な点が多すぎるしこのまま帰るわけにも行かないだろう。

「ねぇ、部室に行って見たらどうかな?」

 次の行動を考えあぐねているディーノにフリオが助言をする。

 確かに、五人全員が集まれる場所と言えば、最も無難な解でもあり、黙ってうなづくと部室へと向かった。


   *   *   *


「あっ、ディーノとジュリオ君無事だったんだ!」

「お前、わざとやってねーか?」

 この状況でも名前の読み間違えがブレないシエルにディーノは呆れ顔を返す。

 部室には先にシエルとアウローラが来ており、顔を擦りむいたあげく椅子に縛り付けられた取り巻きのアルベがいた。

「とりあえず、あの野郎の宝石は砕いたんだが……」

 ディーノは先ほどまでの戦いの顛末をアウローラたちに伝えると、二人ともやっぱりかと言ったような表情を返して来た。

「この方もディロワールになってた時の記憶がないんです。そう、マクシミリアンと同じで……」

 アウローラの口から出て来た意外な名前に全員が硬直する。

「マクシミリアンの裁判にわたしも何度か出席していたのですけど、どうもディロワールになった前後の記憶が曖昧だったんです」

 アウローラを誘拐したことに関しては、証人がいるため状況証拠が成り立つが、魔獣でも幻獣でもない存在が事件に絡んでいるとまでは立証することはできなかったという事らしい。

「ということはさ、それが敵の防御策ってことなんじゃないの?」

 コンコンとドアを叩いてカルロが入ってくる。

「とりあえずは保健室に連れてったけど、レノバ君の方もそんな感じだったよ」

 ディロワールとなった人間を元に戻すためには宝石を砕かなければならないが、そうなると今度は敵の手がかりを失うという事だ。

 明らかになった事実を統合すると、現状では敵の出所を探って断つことは難しいだろう。

「ひょっとして、ディーノ君たちはこれが初めてじゃないの?」

 ただ一人話題についていけないフリオが問いかけてくる。

「あぁ、まぁな」

 曖昧な返事をディーノは返す。

 魔降術に関しては自分だけでなく師匠に手紙なり送って相談することはできるが、この戦いに巻き込んでしまうことだけは避けたい。

 ディロワールに限らず戦い慣れている自分ならまだしも、フリオの性格でこれから先耐えられるのかがわからないとなれば、このままフリオに全てを話してしまうことは憚られると言うのがディーノの結論だった。

 だが、フリオの口から出た言葉は、そんなディーノを覆すものだった。

「なら僕も、七不思議研究会に入るよ。この力を何かの役に立てたいんだ」

 フリオは左手に輝く緑の宝石を見せて、迷いのない瞳で四人に告げた。

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