三つの戦い −6−
ディーノとモンテの戦いを見ていたフリオは、今までと違う違和感を抱いていた。
目の前にいるのは本当にディーノなのか?
どんな敵に対しても敢然と立ち向かい退くことを知らない、だがここまで感情をむき出しにして攻撃を繰り返す姿など初めて見た。
「行くぞ、ヴォルゴーレ!!」
『今のお前では危険……だ! ま……て……』
ディーノは敵を倒すための切り札を使おうとした瞬間、心の内にいるドラゴンは、普段とは違って明確に制止をかけようとした言葉が途中でかすれるように消えて行く。
ディーノの胸に埋め込まれた紫の宝石が、強い光を放ち始める。
普段ならば内にいる幻獣が、普段は心身への負担をかけないため、例えるならば鍵付きの扉を閉めているマナを体の奥底から解放し始めるのだが、今回は明らかに違っていた。
同時にディーノの肉体は人間という区分けから外れ、その体は鎧のように隆起し、その腕は獣のようなカギ爪のある紫色に、ドラゴンと人間を掛け合わせたような姿へと変貌していく。
『な、なんなんだよてめぇ……』
その姿に対して真っ先に反応をみせたのは、有頂天に浸っていたモンテだった。
ディロワールという異常な力に触れた結果、同質の危機に対する警戒心が育ったのか、接近戦を選ばずに突き放そうと腹の口から至近距離で砲撃を浴びせようとマナを溜める。
『消し飛びやがれぇっ!!』
大火球を放たんとしたモンテに対して、ディーノはよけるでも受けるでもなく、ただまっすぐに突っ込んで行く。
爆炎を耳をつんざく轟音とともに巻き上げた瞬間、煙の中からライオンの顔が姿を表した。
そこには、モンテの首を片手でつかんで締め上げているディーノの姿があった。
ミシミシと首の骨が軋む音を立てながら、キバだらけの口の端から唾液を垂らして苦しむモンテ。
ディーノはそのまま首から手を離すと、支えを失って落ちるモンテの腹に蹴りを入れる。
『ゲホッ! くそがぁっ!! サブナックの力を舐めんじゃねぇ! 四分割にしてやらぁ!』
モンテは咳き込みながらも、両手の剣を構えてディーノに向かってくる。
振り下ろされた一撃に対して、ディーノは避けることも受け止めることもせずに、棒立ちのまま二振りの剣が両肩を直撃する。
だが、その剣は流血どころか鎧のような皮膚に傷一つ入れることなく止まっていた。
「終わりか? “半端者”」
ディーノは寒気すら覚えるほど冷静に言い放つと、モンテの右腕をつかんでねじり上げた。
モンテが背中を上に向けた状態で倒され、ディーノは背中を踏みつけながら右腕を人間の関節が曲がりきらない方向へと容赦なく力を入れる。
『ギャァァァァッ!! いでぇよぉぉぉぉぉっ!!』
やがてそれが限界を迎え、鈍い音とともに両刃剣が地面に取り落とされ、モンテの口から絹を引き裂くような悲鳴が上がった。
そして次第に、白と紫の鎧のような体が染みのように黒く、黒く染まってゆく……まるでディーノから滲み出た感情が色となって現れるように……。
さらに取り落とした両刃剣を拾い上げ、ためらうことなく左の太ももを突き刺すと人間のものとは思えないどす黒い鮮血が飛び散り、ディーノの白い体をさらに黒く汚していく。
「怖い……」
その惨状を傍目から見ていたフリオは、弱々しくつぶやいた。
自分を止めてくれた時も、闘技祭でカルロと戦った時も、そこには鍛え抜かれた剣士の輝きを感じていたが、今の相手を徹底的にいたぶり苦しめる姿には悪魔のようなおぞましささえも感じる。
そしてそれは……、フリオがモンテ達にしたことと同じだと気付いた……。
今ならばわかる。
ディーノが体を張って止めようとしてくれたことも、そして自分を頑なに怪物と呼ぶことも、心のタガが外れてしまった魔降術士がこうなるのだと言うことも……。
「ダメだよ……ディーノ君、ダメだ!」
蝕まれるような不快感の中でフリオは叫ぶ。
このままディーノを怪物にしていいはずがない。
たとえ今まともに扱えなくても、その力の一端でも自分にあるのならば、魔降術の力が欲しい。
憎い相手を叩き潰すのではなく、尊敬する相手を救うための力が欲しい。
『じゃあ、やってみようか?』
頭の中で声がする。
自分が期せずして拾った種から育て上げた幻獣の声。
どんな形でもいい、今のディーノを救えるだけの魔降術をとフリオは願う。
「ドリアルデさん。力を貸して!!」
『おやすいごようっ♪』
その瞬間、フリオの体から緑の光が溢れ出す。
ディロワールが生み出した空間に負けることのない強さと、あの時とは違うディーノを救うという確固たる意志を秘めたマナの光。
それに呼応したのはフリオの花壇に植えた植物達だった。
ぐんぐんと急激に葉を生い茂らせ、そのツルはモンテに向かって急激に伸びていき、たちまちに手足を拘束してディーノから無理やり引き離す。
『ひ、ひぃっ! ま、またか! アレは、アレはもう嫌だぁぁぁっ!!』
モンテが悲鳴を無視するかのように巻きついたツルからは、七色の花が鮮やかに咲き乱れていく。
無数に咲いた花びらはフリオのマナに従うように散って舞い上がり、ディーノの周囲を囲む。
血と暴力だけが支配していた場所に吹き荒れる花びらから、昂ぶった心を鎮めるための香りとマナの光が降り注ぎ、黒く染まっていた体を洗い流していく。
「……俺は、何を?」
ディーノは今まで自分がしていたことをようやく理解したような、気の抜けた声が吐き出された。
『少年に感謝するんだな』
ヴォルゴーレの一言で、自分に起こっていたことを察する。
偉そうに言っておきながらもこの体たらく、自分は決して完璧でも英雄でもない。
それでも、そうだと信じてやまない人間がすぐそばに何人もできてしまったのだ。
自分自身にできることと言えば……。
『さぁ、やるべきことは一つだけだ』
「言われるまでもねぇよ」
モンテが作り出した両刃剣を手に取り、稲妻を呼び寄せる。
こうなれば鬼に金棒、水を得た魚、馴染んだスタイルを最大限に引き出すことができる。
稲妻をまとった紫色の閃光を放つ剣が、フリオのツルで拘束されて動けなくなったモンテに向かって振り下ろされ、胸に埋まった黒い宝石を砕いたのはその一拍後の事だった。
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