学園七不思議研究会
「七不思議?」
「そっ! この学園っていろんな噂があるんだよ♪ それをあたしたちで調べちゃおうってのが、このクラブの目的です!」
シエルは、聞くだけでもバカバカしいと感じさせる目的を、
「まぁ……ほぼあたし一人だから、活動らしい活動って今はしてないんだけどね」
それはそうだろうと思ったが、ディーノは口には出さなかった。
カルロが名義だけは貸しているらしく、完全に一人というわけではないと言うことだが、確かに焼け石に水といったところだ。
「僕としてはシエルちゃんと二人っきりの時間っていうのもそれはそれぐはっ……」
調子に乗るカルロの股間を、シエルが思い切り蹴り上げていた。
「仲良いんだな、お前ら」
朝から見ている限り、ずっとこの二人はこんな具合だ。
クラスメイトの中で性別も身分も関係なく、互いを警戒したりすることのない自然体で接している姿は、ディーノの目には希少に映っていた。
「変なこと言わないでよ。ただのく・さ・れ・え・ん!」
「つれないなぁ♪ ま、いつもと違うそんなシャイな部分も」
「まだ言うかっ!」
カルロが言い終わる前に、シエルのアッパーカットが炸裂し顎をはね上げた。
(わざとやってんのかこいつは……)
カルロは口を開くたびに、シエルに対してだけは神経を逆なでするようなことばかり言っている気がする。
自分から痛い目を見に行く神経など、さっぱり理解できない。
「いつもこんなで、疲れないのか?」
「めっちゃ疲れる」
シエルは即答した。
「二年生になった時だったかなぁあれは」
* * *
進級して最初の月で、クラブ活動に入るか否かはほぼ決まると言う。
有望な生徒なら、競技関係のクラブが挙って勧誘を仕掛ける
そして、シエルもまた、そんな一人だったのだが。
「この出会いはきっと運命……、君と言う可憐な花に巡り合ったのも、きっと七不思議いや、愛と言う名の八つ目の不思議に……」
「マジメにやれーっ!!」
目についた可愛らしい女生徒ばかりを勧誘するカルロに向かって、全力の飛び蹴りを放った事は記憶に新しかった。
その光景が繰り返された結果、新入生に尻込みされて部員は
* * *
「こいつはあれか、女を口説かないと死ぬ病気にでもかかってるのか?」
ディーノはカルロの方を死んだ魚のような目で見ながら、疑問を投げかけた。
「いやぁ、男なら誰でもかかる病気だよ? そう、恋の病、一度かかればなかなか治らない厄介な病気なのさ」
息を吹き返したカルロは、前髪をキザったらしくかき上げながら力説するが、ディーノの表情は呆れたままで固定されていた。
「あたしが合唱の助っ人頼まれた時なんかさぁ」
* * *
「君と言う人魚姫に出会えた僕は幸運の絶頂なのかもしれない! 泡のように儚く散ることのない恋の調べを僕と共に……」
「他のクラブの子にちょっかい出すなーっ!!」
合唱クラブの女子を見るや、付き添いで来ただけのカルロがいきなり口説き始め、シエルは
* * *
「合唱の助っ人? お前が?」
話を聞いていたディーノが引っかかったような表情を浮かべていた。
とてもじゃないが、全くイメージできない。
しかしながら、
「むぅ〜、信じてないねその目は?」
シエルもディーノをジト目でにらみ返す。
「とてもお上手ですよ。シエルさんの歌は」
アウローラが助け舟を出すが、アレを基準にすると相対的に誰でも上手いと評価されてしまうだろう。
「もう! そんなに疑うなら、論より証拠だね!」
シエルは壇上に再び戻ると、深呼吸をして目を閉じ、足でゆっくりとしたリズムを取り始めた。
『満月の見下ろす森の中♪ 優しい光に連れられて♪』
その歌い出しは、音楽の課題となった"月夜に踊る妖精"だ。
ディーノでもわかるようにと言うことで選んだのだろう。
明るく無邪気な様子とは一変し、音もリズムも決して外さない澄み切った歌声。
聞いている相手を優しく誘い、花の咲き乱れる晴れた平原にでもいるかのような気分にさせられる。
幻想のようなひと時が、歌と言う区切りの中に訪れたようだった。
「へへん♪ これでも信じられない?」
歌い終わったシエルは得意げに歯を見せて笑う。
その先にいるディーノは、言葉にならない凄さを感じ取ったと表情で語っていた。
「こいつに比べれば、雲の上と海の中ぐらい違う」
「どう言う意味ですかそれ!」
身もふたもないディーノの感想だったが、カルロとシエルは今回ばかりはそれが正しいと言わんばかりに頷いた。
「で、話を戻すが、怪談調べてなんの役に立つ?」
単刀直入なディーノの質問に、シエルは得意げに笑った。
「学園を探検してるとね、何気なく通ってる場所が全然違う感じに見えたり、いろいろ面白いことがあるんだよ♪
他にも、違うクラスの人や先輩、初等部や中等部の子とかとたくさん話せる機会もできるし。
せっかく学園にいるんだから、今しかできない楽しいこといっぱいやんなきゃ♪」
雄弁に語る彼女が持つ底抜けの明るさ、それはディーノとは水と油のように相反すると言っても過言ではなかった。
到底、そんな考えを持つことなど、学園どころか、今まであったかどうかもわからないくらいなのだから。
「ディーノさんの基準は、実利ばかりなんですね」
アウローラが寂しそうに呟いた。
「どうかしたのか? 必要なことは学んで実践する。それだけで充分だろ」
「人って、計算だけで生きてるわけじゃないんですよ。
わたしだって、歴史を調べたり、物語を読んだりします。
生きるためには要らないことかもしれませんけど、好きなことをしていると心が満たされます。
シエルさんもいろんな人とお話ししたり、歌がとても上手だったり。
カルロさんは……もう少し人の迷惑を考えた方がいいと思いますけど、みんなそのおかげで毎日が充実してるって思えるんです」
アウローラの
戦うことだけを考えて、心までも鋼鉄の刃のように研ぎ澄ませた日々を送ってきたこれまでの人生に、そんな気分を味わった時が果たしてどれほどあったのだろう?
自問する中で、ふと思い浮かんだ。
服の下で見えないように首から下げた金の指輪。
わずか一週間と言う、十五年の人生の中では一瞬に等しい間。
あの時だけは、輝いていたかもしれないと思い至るが……。
「悪いが、俺にそんな時はもう来ない。多分な……」
今までのような、他人を突き放すような態度ではない、ただ諦めと寂しさが同居したような声でディーノは呟いた。
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