うごめく闇

 ディーノたち三人が停学に処されても、アンジェラの仕事は山積みであった。

 自身の机にそびえ立つ大量の書類を見ていると、ため息しかもれずに気が滅入っていた。

 マクシミリアンは、魔術を用いての誘拐および監禁の罪はアウローラの証言で立件され、事件の翌日には憲兵に引き渡した。

 退学処分だけでは終わらず、近々裁判にかけられ、公爵家の子息と言えど投獄は免れないであろう。

 問題はそれだけではない。

 受け持ちの生徒による問題行動の数々、自分の管理責任問題も問われるだろうし、来年度以降自分が教師を続けていられるのかという不安もある。

「こんな先生じゃ、ディーノ君たちも頼ってくれないか……」

 ふとそんなことも呟きたくなるが、再びペンを取り彼らが停学明けした後の補講も普段の授業と並行して内容を考えなくてはならない。

「少し良いか?」

 不意に声をかけられた方へ向くと、そこには意外な人物の姿があった。

 小柄な背丈に尊大な口調、そしてその実力は自分など遠く及ばない存在でもある。

 彼女がアルマを振るうと一瞬にして景色が移り変わる。

「オルキデーア校長……」

 連れてこられたのは彼女の私室、アンジェラは二人きりの空間に重々しいものを嫌が応にも感じていた。

 自分に対する処分が確定したということなのだろうか。

「まずはこれを見てくれ」

 オルキデーアが懐から取り出したのは、漆黒の輝きを放つ拳大の宝石、それは今回の事件を引き起こした元凶とも呼べるもの。

 それを自分の前に突きつけてくるという事実に、アンジェラの背筋に恐怖が這い上がってくる。

「落ち着け、取って食おうというわけではない」

 そう言ってマナを込められた黒い宝石は、卵の殻が割れるように砕け散ると、中からは海のように青い輝きが発せられていた。

「儂が黒幕と思ったか?」

 その言葉にギクリと表情を変えるアンジェラを見て、オルキデーアは悪戯っぽく笑う。

「まぁよい。見ての通りこれは偽物じゃ……。そして本物はブルームの馬鹿息子の手に渡ったと考えていいじゃろう。なら、それは如何にして起きたと思う?」

「まさか……」

 黒い宝石は教師たちによって保管され、ましてや校長を欺いて盗み出しているとなれば、自ずと答えは見えてくる。

「妙だったのじゃ。この黒い宝石を調べてもらっていたが、結果はなんの変哲も無い宝石だった。すなわち、儂の元へ渡ったときにはすり替えられておったというわけじゃ」

 オルキデーアに渡す前、一度職員全員が目を通してはいるが、最も疑わしいのは他ならぬ、一番最初に宝石を手にしたアンジェラということになる。

「そう恐れた顔をするでない。儂はお前を一番信頼しておる。まだ若く教師としては未熟もいいところじゃが……だからこそ、我欲のために道を踏み外す心配はないからのぅ」

 褒められているのか貶されているのかわからないが、少なくとも疑われているわけでないことをアンジェラは安堵した。

 そして、一連の事件はただ単に生徒の暴走だけで片付けられるものではない。

 教師の中にその手引きをしている人間が確実に存在するということだ。

 少なくとも、大きな手がかりを一つ失ったことに変わりはない。

 学園に入り込んだ《見えざる敵》が何を目的に、何を企むのか、それを早急につかまなければ、さらに多くの生徒が巻き込まれてしまう。

「アンジェラよ。荷が重いかも知れぬが、力を貸してくれるか?」

 オルキデーアの頼みを断る理由などない。

 アンジェラは迷うことなく首を縦に振った。

「あの、お転婆の落ちこぼれがと思うと、感慨深いと言うものよのぅ」

「校長先生……その発言、余計に歳食って見えますよ」

 オルキデーアは気にしているのか、ガクッと肩を落としていた。


   *   *   *


 中央に円卓を構えた青い炎だけが照らし出す円形の部屋。

 それ以外は暗闇が支配する空間の中に、それぞれ、赤、紫、白、緑、黄、青、そして金の刺繍が施された黒いローブを着た七つの影が鎮座していた。

「ここに哀悼の意を示そう。闇へと還った我らの友ゼパルの心が、我らの糧となるように……」

 金の刺繍が入った豪奢なローブを纏う一人が唱えるのに合わせ、残りの六人が合わせるように手を天に掲げる。

 まるで、神に救いを求める殉教者であるかのように……。

「しかし、今回の計画。やはり無理があったのでは?」

 六人のうち一人がそう切り出した。

「彼は美しい嫉妬を持っていたが、彼の支配をはねのけるほどに我が強すぎた。そして魔獣と人間そして我ら、異なる三つの種が混ざってしまい、心身が安定せず醜い姿に成り果ててしまった」

「しかしながら、実験に一つの結果を示してくれたことは感謝しよう」

 リーダー格は話をまとめ、残りの六人は黙してその結果を噛みしめる。

「魔獣に埋め込み、復活のためのマナを補給するよりも、魔降術のように人間に取り憑かせた方が効率的と言うことですな。しかしながら《焔星の魔女》は厄介な存在を送り込んでくれたものです」

 その名前が出た瞬間に、七人の纏う空気が変わる。

 マクシミリアンに宿した黒い宝石を砕いた、魔降術の使い手。

 このまま放置しておけば、いずれ自分たちを脅かす脅威になりえると、言葉に出さずとも七人全員がそれを察しているようだ。

「それに関してですが、おそらく彼は何も知らずに学園へ来たのでしょう。私が監視を続け、場合によっては新たな同志を差し向けてもよろしいかと」

「ふん……ずいぶんな余裕だな。まだ人間の分際で」

「だからこそ、点数稼ぎをしておきたいのですよ」

 トゲのある言葉の応酬が部屋の空気を凍てつかせて行く。

 彼ら自身も、あくまでも利害の一致によって集まっているだけに過ぎず、決して思想によって強固な一枚岩となった組織などではないことは、十分に理解はしていた。

 しかし、新たな同志が蘇っていけば、どんなに強力な魔術師が現れようとも、そのうねりに抗えるものではないだろう。

 そう考えるものの方が多いことも理解していた。

 あくまでも自分たちは、徒党を組んだ弱者ではなく、個々の強者が腹心の従者を手に入れるために手を組んでいるのだから。

「もうよい二人とも。今回はこれで終了とする」

 リーダー格の一声で静けさが戻り、彼らを照らしていた青い炎が順々に消えていくのと同時に、一人ずつ姿を消していく。

 やがて、そこはただの暗闇へと戻って行った……。

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