宴の終わり
戦女神の祝福と相成った一筋の稲妻は、マクシミリアンの胸に埋め込まれた黒い宝石を直撃し、音を立てて砕け散っていく。
縛られていた二本の首も、異形と化した下半身も、その全てが砂のような粒となりながら風と共に散って元のマナに返っていく。
「そんな! 僕は、僕はぁぁぁぁぁぁッ!!」
全てが失われていくマクシミリアンの悲痛な叫びは、この悪夢のごとし宴に終幕を下ろす合図となって礼拝堂へ響きわたり、無防備な状態で床に叩きつけられた。
光が止んで着地した時、ディーノの体を纏っていた鎧も、ひびが入って風化したかのように散り、元の姿に戻った。
「もういいだろ……」
ディーノは、バスタードソードを握っていたアウローラの手を、やんわりと外させてから鞘に収めると、講壇で彼女を縛っていた鎖を引っ張り出して、気を失っているらしいマクシミリアンを縛り付け、接ぎ目を手に集めたマナで起こした雷の熱で溶接した。
目を覚ました時に呪文が詠唱できないよう、服の一部を破いて猿ぐつわにしておくことも忘れずに。
これで敵を排除する役目は終わった。
そして、アウローラ達に一瞥もする事なく、天井に開いた大穴を見上げて、そのまま飛行魔術を発動させようとしたのだが……。
「待って!」
飛び去ろうとしたディーノをアウローラは引き止める。
「また、いなくなるおつもりですか?」
「俺は……ただの怪物だ。こいつと同じ怪物なんだよ」
背中越しに問いかけてきたアウローラに、つぶやくように返す。
できることならあの姿を見せたくはなかった。
だから、突き放してまた一人になればいい……。
「違います!! ディーくんが……ディーノさんが同じだなんて絶対にあり得ません!!」
その凜として澄んだ声は、たとえ耳を塞いでいたとしても、たやすく隔たりを超えてしまいそうだった。
「ディーノさんが自分を怪物だって言うのなら、さっきの言葉も、今まで助けてくれたことも、八年前のことも全部嘘だったって言うつもりなんですか!!」
「嘘に決まってるだろ。本気で自分が愛されてるとでも思ったか? 少しは人を疑えよ? いつか俺よりも悪い男に騙されるぞ」
そう、嘘だ。
自分と同じようにアウローラが忌み嫌われないためならば、進んで嘘をついてやる。
それが怪物の姿を明かしてしまった自分が、唯一彼女にしてやれることだと、ディーノは己に言い聞かせていた。
「わたしは、ディーくんを……いえ、ディーノさんを信じます。損得なんて関係なく信じたいから信じるんです。納得できませんか?」
家柄も良く、気品に満ちていて、おそらくは英才教育も受けているだろう、なのにとんだ大馬鹿だと思う。
それでも、ディーノの中にはそれを侮蔑しようなんて感情は沸き起こらない。
信じる価値のある人間なんて、この世界にいるものかと、それだけが信じられる真実だと思っていたはずなのに……。
ディーノはそのまま動かない、否、動けなかった。
「……あれ? ディーノ、泣いてる?」
今まで蚊帳の外にいたシエルが、その小柄な背丈で下からディーノの顔を覗き込んでくる。
そして言われるまで気づかなかったが、視界が歪んでいた。
「う……うるせぇっ!! 顔に喰らった冷気が溶けてきただけだ!!」
ディーノは途端に気恥ずかしくなって、上着の袖で目をこすりながら、取り繕うようにシエルに向けて叫んだ。
その様にカルロが横で大笑いし始めると、それが次第にシエルとアウローラにまで伝染していく。
「と、とにかくもう帰るぞ!! 上に出ればここが何処かわかるだろっ!!」
「一人で行くなんて言わないよな?」
カルロが肩に手を回して、いつもの馴れなれしさでからかってくる。
「……襟つかんで持ってってやる」
「僕死んじゃうじゃん」
軽口を叩き会いながらも、カルロと縛ったまま気絶しているマクシミリアンを担いで飛び上がり、アウローラもシエルを支えながら大穴の上に登って行く。
そして、周りの様子を見回した時、四人は衝撃的でありなおかつ呆れ返るような事実を知る。
「アウローラさん! それにディーノ君たちも、どうして穴の中から出てくるの?」
大穴の縁から聞きなれた担任の声が聞こえてきた。
礼拝堂があったのは学園の敷地内だったようだ。
幸い、ディーノの稲妻が校舎や寮を破壊したわけではなかったが、周りには事態を気にして生徒たちが野次馬を作っていた。
「マクシミリアンがアウローラをさらったんだよ! で、あたしたちが助けてきました!!」
シエルがアンジェラに事の顛末を端的に説明する。
その後の状況はてんやわんやだった。
学園を覆っていた結界も、徘徊していたルーポラーレの群れも消えていたが、夜も遅くなっており、自宅通いの生徒も止むを得ず学園に泊まることとなり、初等部の生徒は寮生が各々の部屋で面倒を見ると言うことに決まっていたらしい。
その時、ディーノ、カルロ、シエルの姿が見えないことに気づかれ、教師たちがそれも含めて捜索にあたっていたと言うことだった。
「もう! 君たちは、そんなに先生が信じられなかったの?」
怒りを通り越したのか、ため息交じりに漏らすアンジェラと、その横から小さな影が姿を表す。
「ディーノ、シエル、そしてカルロ・スタンツァーニ! お前達は一週間の停学に処す! 食事以外での外出も禁止! 寮でしっかりと反省するのじゃ!」
オルキデーア校長が朝を告げる鶏さえも飛び起きそうな声で一喝する。
ディーノ達は事件を解決した功労者ではあるものの、同時に勝手な行動で周囲に迷惑をかけた違反者でもあった。
「もーっ! あたし達頑張ったのにーっ!!」
シエルの叫び声が、輝く星空に向かって響き渡っていた。
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