インフェルノ −3−

 アンジェラはシェリアニアに浮遊ふゆうの魔術をかけてまたがり、ソフィアとレオーネを前と後ろに座らせた状態で、ディーノたちが戦っているよりも上の階層かいそうへと向かう。

 戦いの余波よはが及ばないように、少しでも遠くへ行かなければ。

 今も散発的さんぱつてき地響じひびきのような振動しんどうかべと天井をゆらしていた。

 ソフィアとレオーネに目をやると、二人の表情は恐怖におびえているものとはまた違っていた。


「心配しないで、あなたたちのことは先生がちゃーんとおうちに返してあげるから」

 アンジェラはなるべく明るい調子て笑顔を作るが、二人には通じている様子はない。

「ディーノ君たちのことなら大丈夫よ。先生と同じくらいみんな強いんだから♪」

「違うんです!」

 ソフィアはアンジェラの言葉をさえぎるように叫んだ。

「僕、なにも知らないでディーノさんをバケモノって言っちゃったんです」

「わたしも、本当はあの時、守ってくれたのに……」

 ソフィアもレオーネも事情がわからないただの子供だ。

 危機的ききてき状況下じょうきょうかならば、目の前に起きたことに対して恐怖で錯乱さくらんしてしまっても、あるていどは仕方のないことだ。


「ディーノ君もあなたたちを責めたりしないよ。だから全部終わったら、自分たちの気持ちを正直に話して見なさい」

 アンジェラは怒ることもとがめることもなく、優しい笑顔で二人をそうさとした。

『はいっ!!』

「いい、お返事ね。それじゃあ、ここから外へ出る道を探さないと」

 アンジェラ達はディーノとカルロが戦った広間へ差しかかった。

 しかし、ここまで来たはいいが、アンジェラ自身もここから開かずの教室へ戻る方法まではわからない。

 カルロいわく、ディロワールに通じている人間が持っているあの黒いカードは、ディーノがまだ持っていた。

 あるいはイザベラのように空間を通り抜ける魔術でもあればと思うが、無い物ねだりはするだけ無駄だった。


 行き先に悩むアンジェラの目の前で、空間がぐにゃりとゆがむ。

 新たな敵かもしれないと臨戦体制を整えたが、そこから出て来たのは自分が見知った二つの顔だった。

「カルロ君、シエルさん!」

 二人とも見る限りは動けないほどの重症というわけではなさそうで、アンジェラは胸をなでおろす。

「呼ばれて飛び出て、僕参じょぐはっ!」

 悪ふざけ交じりのカルロに対して、シエルが無言のアッパーであごを跳ね上げた。

「ってふざけてる場合じゃないねこれは」

「あたりまえでしょ!」

「さてさて、ここにあるのはなーにっかなーと。おお、これはテレーザちゃんが持っていた通行証じゃないか」

 カルロがあからさまな棒読みで黒いカードを取り出す。

「本当にテレーザさんが、あの怪物だったの?」

 アンジェラの疑問に、シエルは複雑な表情を浮かべながら、なにも言わずに首を縦にふった。

 アンジェラにしてみれば、教師だけでなく生徒までが怪物と結託している事実など信じたくはなかっただろう。


「細かい話はあと、今はこれで戻って学園長に話すこったね」

 先ほどまでの冗談めいた口調が一転したカルロは、アンジェラにカードを渡す。

「待って、カルロ君たちも戦う気なの?」

「まあねー♪ シエルちゃんはともかく、僕は命のひとつやふたつくらいかけなきゃなんない理由ができちゃったし」


『テレーザ・フォリエに緊急脱出コード起動、代理カルロ・スタンツァーニ』


 カルロがかけた言葉に反応して、黒いカードから出た光がアンジェラたち三人を包み込んでそのまま姿を消した。

「さーてと、僕としてはシエルちゃんも向こうに送りたかったんだけどねー」

「冗談言わないでよ! あたしはあんたがおかしなことしないか見張らないと!」

「わかってるよ。んなことしたら、帰ってからフルボッコにされちゃうしね……。でも、地獄に行くのは僕一人でいい」

 カルロのその表情は、シエルのよく知ったものとはまるで違う。

 戦いに慣れていないシエルでも、それが死を覚悟していることは嫌でもわかった。


 人質はいなくなった。

 アンジェラの言った通り、これでディーノたちの戦いをさまたげるものはない。

 だが、こんな状況を前にして、目の前の敵がなんの対策たいさくこうじていないはずはない。

 実際、宝石を砕いて短期決戦たんきけっせん目論もくろんだが、それは読まれていた。

 手負いの獣こそなにをしてくるかわかったものではないからだ。

 それでも、ディーノができるのは、アウローラたちの恐怖を少しでもおさえるために先陣せんじんをきることだ。

 再びディーノは駆け出し、落ちていたバスタードソードを拾い上げて、バレフォルへ向かって突進していた。

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