インフェルノ −2−

 こいつを相手に自分一人で勝てるのか?

 マクシミリアンの時でも抱かなかった、言い知れぬ不安がディーノの心に押し寄せる。

 一人で戦っているときにはこんなことは考えなかった。

 今自分の後ろには、守らなければならない命がある。

 それを背負った戦いは、ただ目の前の敵を斬り殺すのとはまるで違っていた。


 自分一人でできることはたかが知れている。

 ディーノはいつも通りにバスタードソードを構えた。

 狙うのは奴の体の中心にある黒い宝石、おそらく中枢ちゅうすうになっているバレフォルの宝石さえ砕けば、残りの宝石はまだディロワール化していない。

 弾かれたようにディーノの体は一直線に飛び出した。

 奴が動き出す前に一撃でケリをつけるため、文字通りの電光石火だ。


『そう来ると思ったよ』

 合成ディロワールの巨大な翼を広げたバレフォルは、その無数の羽毛を炎の矢に変えてディーノではなく、ソフィアとレオーネを狙って放たれる。

「だろうなぁ!」

 ディーノは背中をバレフォルに向けて、バスタードソードを投擲とうてきする。

 放たれた炎の矢が集まるその一点に向けて飛んだ剣の刃に、稲妻が落ち、ソフィアとレオーネを狙った炎の矢が、相殺そうさいされる。


 ディーノは再び宙を蹴って、中心で露出したバレフォルの上半身へ向けて稲妻をまとった拳を叩き込む。

 その心臓へジャストミートした一撃をかいして、合成ディロワールの体を稲妻が駆けめぐった。

 手応えを確かに感じた。

 だが、宝石がくだる様子は見受けられず、違和感がぬぐえない……。


『残念だったねぇ。こんなところに宝石はないよ』

 バレフォルがディーノの腕をつかみ、あざ笑うかのような言葉を浴びせかける。

 最初からディーノが一撃にかけることは読まれていた。

 そして、その賭けは完全にこちらの負けだ。

 バレフォルの狙いはディーノをただ倒すことではなく、ソフィアとレオーネを目の前で亡き者として、その心を完膚かんぷなきまでに砕くことだ。

 この先はどうすればいい、この腕を強引に引きはがして、ソフィアたちを助けに向かう?

 このタイミングではバレフォルが炎を撃つ方が圧倒的に速い。

 思考しろ。

 この状況を打開する一手が本当にないのか、少しでも可能性のある道を探さなければ、待っているのは本当の絶望だ。


『時間切れだよ。ディーノ君』

 再び炎の羽毛が矢となってソフィアたちに襲いかかる。

 バレフォルは勝利を確信しきっていることがわかってしまう。

 燃え上がる爆炎は、悪の栄光を祝う花火のごとく舞い上がったと思われた瞬間だった。


『「ランド」「シールド」「強化ブースト」 “巌の絶壁ロックウォール”』

『「ライト」「ウォール」「反発リパルション」”煌きの障壁グリッターオブストラクション”』


 二つの魔術を発動させる製霊せいれいの声がディーノの耳に届いた。

 石畳いしだたみを作り替えた土の壁と、光のマナで作られた障壁がソフィアとレオーネ守る。

 そして、アウローラとアンジェラが立ちふさがっていた。

「間一髪だったね!」

「これ以上、あなたの好きにはさせません!」


 あの二人が戻ってきたということは当然。

「にゃあああああーーーーーっ!!」

 天井を蹴って反動をつけたイザベラの強烈なキックが頭部に直撃し、合成ディロワールの体は大きくのけぞらされた。

『これもおまけだ(よ)っ!!』

 それだけでは終わらず、フリオとドリアルデが作り出した無数の木の枝が槍となってその体に突き刺さる。


『君たちがなぜここにいる!?』

「そちらこそ、忘れておりませんこと? わたくしとシュレちゃんなら、空間に穴を開けられることを!」

 その口ぶりから、バレフォルは亜空間に閉じ込めた気でいたのだろう。

 だが、イザベラとシュレントの力で脱出してきたとディーノは理解した。

「ディーノ君、ソフィアちゃんとレオーネ君は私が安全な場所へ連れて行く! 思う存分やっちゃいなさい!」

 アンジェラは二人をシェリアニアに乗せて、上の階層へと飛び立って行く。


『どこまでも、イラつかせてくれるじゃないか……』

 その瞬間、合成ディロワールの腹部から無数の砲門が顔を出し、同時に超高温の熱戦が周囲に向かって乱射される。

 ディーノたちは一斉に退しりぞいたが、その熱戦は周囲の壁を吹き飛ばし、瓦礫がれきの雨を降らせる。


「ディーノさん、その姿は」

 目まぐるしく変わる状況の中で、アウローラはようやくディーノに起きたことに気づいた。

「迷惑かけたが、やっと使えるようになった。あとは俺があいつをぶっ潰す!」

「却下です」

 アウローラの一言に、ディーノだけでなくフリオとイザベラも言葉を失っていた。

「”俺たちが”と言ってください。ディーノさんは一人なんかじゃない。わたしも一緒に戦います」

 堂々と言い放つアウローラは、それまで見せない不敵と形容するのが似合う笑顔をディーノに向けた。

「アウローラさんこそ! “わたしたち”と訂正を求めますわ! 黙って兜を脱いだつもりはありませんのよ!」

「ディーノ君はきっちり責任を取らなきゃいけないよねー」

 イザベラがライバル心むき出しでアウローラに食ってかかり、普段は傍観ぼうかんしているフリオまでがディーノを茶化してきた。


 ついさっきまで場を支配していた空気がここまで変わってしまうものなのか。

「ったく。だったらまとめて一緒に来い! あとで後悔しても知らねーけどな」

 結局出てくるのはいつもの憎まれ口でも、ディーノの中にあったのはそれとは違う感情だった。

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