インフェルノ

 白と黒の異形いぎょうが二つ、再びにらみ合っていた。

「お……お兄さんが……」

「僕は……」

 後ろのソフィアとレオーネの顔が青ざめて行くのは、嫌でも伝わってくる。

「目ぇつぶって震えてろ……ガキはガキらしくな」

 それが一番いい。

 ここから先は決して華々はなばなしい英雄の戦いなどではなく、バケモノ同士の殺し合いだ。


「どうした? 俺を笑えよ?」

 一方で目の前にいるバレフォルは、逆にその口を閉じていた。

 今まで散々あおり立てて来たのがまるで嘘のようだ。

『まさか、同じ悪魔を笑うことなどできようはずもない。一つ聞いておきたいことがあってね』

 その口調は波風立つことのない水面みなものようにおだやかで、寒気が走りそうだった。

『僕と手を組まないか? 僕らは同じバケモノ同士だ。君のその姿をみれば、一部の例外をのぞいて君を嬉々ききとしてくびり殺しにかかるだろう』

 その言葉に、ディーノはガビーノの街で味わわされたことが嫌でも掘り起こされる。

『そこにいるソフィア君とレオーネ君も、今はおびえているだけだが、いずれ成長し力をつければ必ず君に刃を向ける。人間とはそういうものだ』


「そいつは楽しそうだな……」

『冷静に考えればわかることだ。君は賢い選択ができると思っていた』

 歩み寄ってくるバレフォルが一刀一足いっとういっそくの間合いに近づいて来た瞬間、ディーノは不意をつくように踏み込み、バスタードソードを振り抜いた。

 紫の稲妻が剣に落ちると同時に、バレフォルの具現化した炎の剣が刃を受け止める。

『やはりね。所詮しょせんは君もカルロ君と同じ愚者ぐしゃと言うわけだ』

 ディーノの一撃を受けるまでの動作はよどみなく、最初から聞く耳を持たないことなどバレフォルはわかりきっていたのだろう。


 なら、なぜ無駄だとわかっている会話に労力を使うのか?

「十秒だ……十秒で叩き斬ってやる」

『やれるものならね』

 バレフォルが翼を広げて上へと飛び立つと、それを追って、ディーノも飛び上がって追いすがる。

 奴の狙いはヒットアンドアウェイで、ディーノの時間切れを狙っている。

 亜空間を作り出さないのは、アウローラたちとの戦いで消耗しているからだとディーノは推測した。


 バレフォルの精製した炎の槍が五本、一直線にディーノへと撃ち出される。

 それを退く事なく、稲妻をまとったバスタードソードで叩き落とし、距離を詰めて行く。

 空中戦のスピードではバレフォルに軍配があがり、遠距離の攻撃手段を持たないディーノが不利な戦いとなる。

 攻撃を風のごとく華麗かれいにかわして剣撃を入れることなど自分にはあってない。

 いつだってできたのは、愚直に前へ前へと突き進むことだけだ。

『ところで、僕に気を取られていていいのかなぁ?』

 炎の槍を再び作り上げたと思われたバレフォルが、その矛先ほこさきが狙っているのはディーノではない。


 一直線に突っ込んでいた体の軌道きどう無理矢理むりやり切り替えた。

 同時に放たれる炎の槍がソフィアとレオーネを狙って飛ぶ。

『ボン♪』

 その間に割って入るディーノの背中に穂先ほさきが触れた瞬間、耳をつんざく音と共に視界さえも真っ白に染める爆炎が上がった。

 煙が晴れた先に現れたディーノの姿は、元々の白が見る影もないほど黒コゲとなったボロ雑巾ぞうきんのようだ。

『がんばるねぇ。そんなに彼らが大事かい?』

「うるせぇ……ガキなんか大っ嫌いだ。ギャーギャーうるせぇし、力もねぇし、世界がどれだけ残酷かなんて想像もしてねぇ……」

 自分が子供じゃなかったら、もっと自分に力があれば、そんな風に後悔した日は幾度いくどもあった。

「けどよ……何も知らねぇガキを利用するような奴は……もっと気に入らねぇんだよ!!」

 ディーノの体から今までにないほどの稲妻がほとばしる。

 バレフォルに向けたあふれんばかりの激情がディーノとヴォルゴーレのマナに呼応していた。


 再びディーノはバレフォルに向かって踏み込む。

 何かが炸裂したような音と共に、踏み切った地面の一部が砕け散り、その距離が一瞬にして縮まった。

 バレフォルがとっさに距離をとったが、それに合わせたように空中を蹴って追いすがる。

 ディーノが以前遭遇そうぐうした魔獣テンポリーフォの加速によく似ていた。

 それだけでなく、スピードそのものが劇的に跳ね上がっている。

 右手で握り込んだバスタードソードを振り下ろすのに合わせて、バレフォルも剣を振ろうとした瞬間、その顎が大きく跳ね上がる。


 空いていた左のアッパーカットがクリーンヒットしていた。

 相手を剣士と認識にんしきしていれば、当然攻撃は剣術を主体としてくるとり込まれる。

 だからこそ、それ以外に対して無警戒むけいかいになって隙が生まれる。

 ディーノは体を切り返して回転を加え、側頭部そくとうぶに強烈な回し蹴りを叩きこんだ。

 体勢を崩したところへ、ディーノが両手で握り込んだバスタードソードに再び稲妻が落ちる。

 回転の勢いがついた一撃が、今度こそバレフォルの肩口からどうへ向かって斬り下ろされた。


 斬撃と同時にほとばしる電撃が鎧の体をくだき飛ばす。

 だが、それだけでは終わらない。

 回転はさらに続き、落下していくバレフォルに蹴りと斬撃が交互に襲いかかる。

 一撃一撃が黒い鮮血をまき散らしながら、地面にバレフォルの体が叩きつけられ、瓦礫がれきを飛び散らせながらその体がめり込んでいた。


 ついに訪れた仕留められる好機、ディーノはバスタードソードを振りかぶり、黒い宝石のある胸元へと一撃を叩き込もうとした瞬間だった。

 フィニッシュを意識すれば、自然に生まれる無意識なりきみと大振りに合わせてバレフォルは最後の力を振りしぼって目の前で炎を爆散させ、ひるんだディーノのすきをついて飛び上がる。

 その先にいたのは、ソフィアとレオーネを捕らえていた合成ディロワールだ。


『まだだよ。まだ易々やすやすと死ぬわけにはいかないんでねぇ!!』

 バレフォルは合成ディロワールの中心に入り込んでいく。

『君の力を借りるよフェニックス! 終幕はこれからだ』

 合成ディロワールは次第にその体を炎に包みながら、再び覚醒かくせいへの産声うぶごえを上げ始めていた。

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