マッドティーパーティー

(四六七……、四六八……)

 日が昇ったばかりの寒さの中、ディーノは白い息を吐きながら黙々とバスタードソードを振るう。

 場所は寮からさほど離れていない、裏手の林の中、人にあまり見られる事もないし好都合だった。

 初日は慣れないこと続きで時間を取れなかったし、これからも学園に時間を割かれるなら、日課の鍛錬たんれんを欠かさないために予定を組み直す必要に迫られた。

 ならば、授業が始まるよりも前、早朝に行うしかないだろう。

(四九九……、五〇〇っ!!)

 素振りを終えたら、次は走り込みだ。

 学園の敷地は広く、一周するだけでもかなりの距離があり、わざわざ外に出なくても事足りるのはありがたい。

 グラウンドの脇を通ると、決まっているのか自主的なのかは分からないが、マジカルチョの練習に励む生徒の姿がちらほらと見える。

 校舎の前を通ると、雇われているらしい校内清掃の作業員が、いつも自分たちが通る昇降口の前を箒で掃いていた。

 昨日は驚かされた転移の門の近くを通って、そのまま講堂、旧校舎と一巡して寮に戻ってくると数多く入り混じった料理の匂いが出迎えてくれる。

 食堂にはすでに制服姿で朝食を摂っている者もおり、ディーノも急いで部屋へと戻って制服に着替えた。


「えー、ツィーレフの街は我が国の領土を占める半島のほぼ中央に位置している事で、王国統一前の都市国家時代から、交易の中心地として栄えています」

 授業は科目によって気分さえも落ち込む。

 今は地理の授業中だ。

 歴史よりはまだ有意義な面を感じるが、退屈といえば退屈で、朝の疲れも相まって船を漕ぎ始めてしまいそうになるが。

「ディーノさん、寝ないでくださいね」

 隣のアウローラが自分を監視しているように、ムッとした顔でこっちを見ていた。

 一つわかったのは、真面目なうえに必要以上のお節介、だからこそ委員長と言うディーノからしてみればこの上なく面倒な役回りを引き受けられるのだろう。

 今が音楽の時間なら、寝ていたとしてもアウローラの歌声が叩き起こしてくれるだろうなどと思いながら苦痛の時間はすぎていった。


「ディーノさん、どちらへ行かれるんですか?」

 昼食を終えて、午後の授業に備えようと思った矢先にアウローラに引き止められた。

「寮に戻って武器を取ってくる」

「午後の課題は、月・水・金の三回だけですよ」

 完全に初耳だった。

 もしかしたら、いっぱいいっぱいで自分が聞いていなかったのかもしれない。

「残念でした♪ なんだったら僕と女の子口説きにでも行くか『調子に乗るなっ!!』いげふぁっ」

 ディーノをからかいながら誘ってくるカルロの股間に、シエルの蹴りが炸裂していた。

「このバカルロは放っといて、部室に来ない?」

「怪談には興味ないぞ」

「いいのいいの♪ 今日はみんなでお茶会でもどうかなって」

 シエルの手には、中身のわからない袋が下げられている。

 話から察するに、食堂からもらってきたお茶うけ用の甘味だろうか。

 あまり気は進まない。

 昨日のような実技の授業がないのなら、その分を鍛錬に当てたいくらいだ。

「おいおい、何を迷うことがあるよ?」

 息を吹き返したカルロが、馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。

「せっかくの女の子のお誘いなんだから、行こうぜ行こうぜ♪」

 ディーノに有無を言わせる事なく、文字通りというより半ば強引に背中を押される。

「……わかったよ。そいつが勿体ねぇからな」

 渋々だったが今日もシエルの活動場所へ行くことにした。


 シエルは鍵を開けて部屋に入るや、教室の後ろに備え付けられた棚を開けて、アウローラと二人で中に入っていたテーブルクロスを中央に並べてある机にかけ、四人分のティーセットを並べる。

 袋の中身は、チョコチップを混ぜた一口サイズのスコーンが十二個ほど、紅茶の葉、水を入れた瓶だ。

 しかし、一つ疑問が残る。

「湯はどうする?」

「ポットに火のマナの宝石が入っているんで、それで温めてくれるんです」

 アウローラがティーポットに水を入れながら説明してくれる。

 ほんの瑣末さまつなことまでも、この学園をはじめ王都では宝石で成り立っているというのを改めて実感する。

 だが、よく考えると違和感が残る。

 アウローラはおそらく、シエルの同好会に所属はしていないのだろう。

 なのに、ティーセットの仕組みも場所も知っている。

「お茶会自体は頻繁ひんぱんにやってますから、覚えちゃって」

「勝手知ったる何とやらか」

 やがて並べ終わると、アウローラとカルロが反対側に座り、ディーノはカルロの正面に当たる位置へ座ろうとしたのだが……

「あ、待ってディーノはこっち」

 シエルが強引にカルロの前に座って隣のイスを動かした。

 どこでもいいとは思ったが、何か作為的なものをシエルから感じた。


「それじゃあ、これから第六十八回七不思議研究会のお茶会を始めまーす♪ かんぱーい!」

 席を立ったシエルは、ティーカップをかかげながら音頭を取る。

「シエルさん。お茶会は乾杯しませんよ」

「気分だよ気分♪」

 そう言いつつ、四人とも紅茶を口に運び、お茶うけのスコーンに手を伸ばした。

「甘いものはお嫌いですか?」

「別に」

 ディーノも無表情でスコーンを咀嚼そしゃくして飲み込む。

 正面に立ったアウローラは、目線をチラチラと動かしながら、どこか緊張した面持ちでこちらを見てくる。

 授業中とは全く違う。

「何か気になる事でもあるのか?」

「……いえ、その」

 言い出そうとしているアウローラは口ごもってしまう。

 シエルはその様子を見て、なにかを言いたげに見守っている。

「ど、どこに住んでいたんですか? えーと、魔術を教わる前です」

 それがアウローラに聞ける精一杯だった。

(『違うでしょーっ!!』)

 シエルは唇だけを動かして、アウローラを叱咤しったしていた。

「んな事知ってなんの得になるんだよ」

 再び紅茶に口を運びながら、ディーノは返す。

 その様を見てカルロは、やれやれといった風に二つ目のスコーンを口に放り込んだ。

「聞いてはいけませんでしたか?」

 アウローラが上目遣うわめづかいで、捨てられた子犬のようにディーノを見る。


「……ガビーノの港町。そこに七歳まで住んでいた。あとは師匠の所だ」

 勘弁したのか、ディーノがぶっきらぼうに答えた。

「へぇ、結構栄えてる街じゃないの。夏になれば海の観光客で賑わうって聞いたぜ?」

「どうして、魔術を? お父様やお母様の元を離れて学んだのですか?」

 その質問に、ディーノは表情を変える。

 眉間にしわを寄せ、ギリギリと歯噛はがみし、どす黒い何かが瞳の中で燃え上がるのを、目の前にいたアウローラだけでなく、その場にいた全員が感じ取った。

「……やめろ」

「ちょ、ディーノどうしたの?」

 その尋常でない様子に、シエルが思わず口を開いた。

「もういい、俺は帰る」

 それだけ言い残して、ずかずかと大股の足踏みをしながら、ディーノは教室を後にした。

「ご、ごめんアウローラ! こんな風になるなんて思わなくて」

 頭を下げたシエルに対して、アウローラは黙って首を横に振った。

「シエルさんのせいじゃないです。きっと、聞いちゃいけない事だったんです」

 アウローラも教室を去って行き、静けさだけがその場に残された。

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