仮面舞踏会を始めよう −3−
『い、いきなりディーノが斬られたーっ!? 正直、何が起こってるのか、あたしもさっぱりわかりません!』
身もふたもないシエルの叫びだったが、遠巻きに見ている立ち位置ならば無理もない。
当のディーノ自身でさえ、完全にかわし切れてはいないのだから、命のやり取りを知らない人間ならば死んでいてもおかしくはなかった。
考えろ。
今食らった攻撃、一連の情報を洗いだせ。
攻撃した瞬間に消えるカルロの姿、体勢を崩した高熱の矢、見えない糸を含めた全ては、確実に急所を狙うための布石。
揺らめく視界にカルロを捉え、再度攻撃を仕掛ける体制を整える。
警戒心を上げるのではなく、考えそのものを修正しろ。
目の前にいるのは、女子を口説くのに勤しむ学生ではない、軽薄の仮面を被った熟練の暗殺者だと。
どこまでのレベルかはわからずとも、想像し得る最大と見て勝つための全力を尽くす。
緊張感が増していく肌にはジリジリとした暑さとともに、汗が流れ落ち始める。
(……汗?)
そこまで考えたディーノは、ふと思い返す。
動いているからとはいえ、周囲の空気がやけに暑く、視界に映るカルロの揺らぎは血を失ったせいかと思ったが違う。
(……読めたぞ)
ディーノはカルロへ向けて突進する。
『斬られてもディーノはピンピンしてます! カルロはどう出るかー!?』
笑顔のままカルロは軽くステップを踏んだ。それと同時に、二人にしかわからないほどの微弱な空気の震えが発生する。
ディーノはバスタードソードの刃先を下にした状態で、刀身の面となる部分を盾のように左足の前に持ってくる。
その瞬間、刀身から周りに見えないほど小さなオレンジ色の火花が散る。
これが答えだった。
間合いに入り込んで放った一撃は、渾身の力を込めない代わりに速さを重点に置いてカルロの胴を狙う。
「一回で見抜いちゃったんだ?」
ショートソードをハサミのように交差させて、カルロは初めて攻撃をかわさずに受け止める。
「お前のマナは《火》だ。マナを見えないほど凝縮させた糸と矢」
受け止められた刃を引いて、畳み掛けるようにもう一撃を見舞う。
「そして、温度差で生まれた《蜃気楼》が、姿の消えたカラクリだ」
「正解♪」
くるりと身を翻し、華麗な宙返りで二撃目をかわしながら、カルロはおどけた賛辞を送る。
火のマナの使い手は、その攻撃能力を見せつけるかのように、派手な業火を撃ち放つイメージが出やすい。
少なくとも、そのイメージに違わぬ炎の使い手をディーノはよく知っている。
その気になれば山を砕き、湖を干上がらせ、ドラゴンさえも消し炭と化すであろう魔女を……。
だが、カルロはそれを逆手に取り、相手の隙を徹底的に突くことにそれを応用しているのだ。
集束させたマナが生み出した炎の矢は派手さこそないが、試合という枠組みがある以上、威力を抑えているだけで、無駄な破壊を行わず標的だけを焼き殺せると言っても過言ではないだろう。
「《
灯台下暗しとはまさにこのこと。自分と肉薄できる相手は初めてここへきた日から、一番近い場所にいた。
蜃気楼が生み出す幻影をまとって逃げるカルロを、ディーノはひたすらに斬撃で追った。
次々と放たれる炎の矢を稲妻がことごとく叩き落とし、繰り出されるバスタードソードの連撃をショートソードが受け流す。
その最中、互いにある変化に気づいた。
「笑顔が消えたじゃねぇか……」
数えきれない剣戟のぶつかり合いの中、ディーノが口を開いた。
「そっちこそ、楽しそうじゃないの?」
カルロもディーノにしか聞こえないほどの小さな声で返す。
切迫した戦いが、二人の仮面をいつしか剥ぎ取っていた。
剣と剣、技と力、魔術と魔術のぶつかり合いにいつの間にか観客は静まり返っていく。
会場の熱気が冷めているのではない。
古代ロンドゴミア帝国時代、己の剣に全てをかけた《
ディーノが壁までカルロを追い詰めたかと思えば、その斬撃に合わせてカルロは壁を蹴って宙を舞い背後を取る。
そこから斬撃を見舞えば、ディーノがそれを読んでいたかのように力任せにぶん回して反撃に出る。
バスタードソードが直撃すると確信したディーノは、カルロの信じがたい挙動を目撃する。
刀身の上にカルロは乗り、そのまま足場にしてディーノの顎を蹴り上げたのだ。
天を仰がされて視界が青一色となったディーノの前にカルロが着地し、そのまま無防備になった向こう脛を狙って水面蹴りを放つ。
防ぐことが叶わず地面に叩きつけられたディーノは、背中を打って息を強制的に吐き出さされる。
仰向けのディーノに向かって、カルロは逆手に持ったショートソードを振り下ろしにとどめにかかった。
だが、ディーノは警戒から外れた両足でカルロの軸足を絡め取り、そのまま手をついた状態で体を捻る。
巻き込まれたカルロの体も地面に叩きつけられた。
生まれた隙を逃さず、ディーノは上をとってカルロの顎へと拳を振り下ろす。
ただの拳ではない、剣と同じように稲妻をまとわせた一撃が直撃し、鈍い音を立てた。
追撃を見舞おうとした瞬間、右手が上がったまま痛みと熱で縛り付けられる。
存在を忘れかけていた見えない糸が、右腕と壁を繋ぎ止めていたのだ。
腹に蹴りのおまけ付きで、カルロは難なく脱出し、動かない的となったディーノにトドメの一撃を振り下ろす。
だが、ディーノもこのままでは終わらない。
縛り付けているモノの正体がマナならば、それ以上のマナを送り込んで破壊すればいい。
右手にマナを送り込んでいる隙にも、ショートソードの刃が迫ってくる。
目にも留まらぬ一瞬の間に行われた時間との戦いに、観客はついていけているのだろうか?
ディーノはわずかに首を動かした。
終わったかと思われたその瞬間、がきっ! っと硬い音と共にショートソードが止まった。
「
「おいおい……」
カルロは、驚きと呆れとが入り混じった複雑な声を漏らしていた。
ディーノはショートソードを歯で受け止めていたのだ。
頭を狙っての攻撃を、今の状態で最小限の動作、最短距離で受け止められる場所と言われれば納得できなくはない。
だが、自分の舌が切り落とされてしまうかもしれないと考えれば、わかっていても実行に移せる人間などそうはいないだろう。
そして、口から剣を離し、あっけにとられた隙だらけのカルロの横っ面に、拘束が外れた右手による全力のフックを叩き込んだ。
大きく仰け反るカルロ、この隙に取り落としていたバスタードソードを拾い上げて渾身の一撃を見舞おうとした瞬間だった。
(まずい!)
気付いた時には遅かった。
一瞬目についた、一直線に横切るオレンジ色の光。
攻撃に入ってしまったディーノは、この炎の糸を避けることができない。
カルロの何かに気づき、うろたえた表情が見えたがもう遅かった。
踏み込んだ足からの急減速をかけるが、上半身に伝わる前に、バスタードソードは振り下ろされる。
終わった……。
ディーノがそう思った瞬間、振り切ってしまった一撃が稲妻と共にカルロに叩き込まれていた。
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