仮面舞踏会を始めよう −2−
『前の試合から一転! 両者同時に斬りかかるー!』
ディーノに合わせるかのようにカルロは踏み切って真正面から攻勢に出てきた。
だが、ディーノの中には違和感しかない。
見るからにパワーとリーチで勝る相手に、わざわざ真っ向勝負を挑んでくるなど正気の沙汰ではないからだ。
考えられる理由は二つ、ただのバカか、そうでなければ二重三重の策を張り巡らせているか。
言うまでもなく後者だ。
違和感の正体を探るべく、過去に二回、カルロが魔術を使っていた時の状況を思い返す。
ルーポランガの動きを封じていた時、吊り橋から落ちてシエルを助けた時。
両方の状況に共通するのは、魔獣や岩に何かを巻きつけた細い跡が残っていた事。
そこから導き出されるカルロの魔術は、マナを《見えない糸》のような形状にした戦闘補助向けのもの。
ならば、見えない糸で動きを封じてくることに警戒して、ディーノは迎え撃つ体制を整える。
カルロはさらに速度を上げて距離が縮まっていく。
おそらくここから、方向転換して左右か背後を取るために速度が落ちる。
そこを狙って、一撃を叩き込めば決着がつくとディーノは組み立てて実行に移さんと、剣に落ちる稲妻をイメージした。
ディーノの射程距離にカルロが入り込んだ瞬間、一歩踏み込んで斬撃を振り下ろす。
紫色の稲妻がカルロに叩き込まれ、閃光が会場の空気を白く染め上げる。
誰もがディーノの勝利と確信した……戦っている当の二人以外は。
(手ごたえが無い!?)
振り下ろした一撃はカルロを確かに捉えた。
だが、その瞬間にそこにいたカルロの姿形が突如として跡形もなく消えていた。
一拍遅れて、自分を埋める影に気づいたその時、カルロが空中からディーノの背後を取っていたのだ。
応戦すべく、剣を振るおうとしたその時、ガクンと自分の両腕に今までなかった重さが加わっていた。
刀身に食い込んだ跡から立つ鉄が熱される臭い、カルロの思惑をディーノは察した。
見えない糸を用いた本当の狙いは、ディーノ自身の動きを封じるのではなく、警戒の薄い剣の方を地面に繋ぎ止めて《くさび》とするためだ。
曲芸師のように宙を舞うカルロの動きに観客は湧き上がる。
首へ向かって振り下ろさせる刃に対し、ディーノは周囲が予想だにしない行動に出た。
『な、なんとディーノが剣から手を放してしまったーっ!?』
剣は振れなくても、体の自由が奪われたわけではない。
ディーノは左足を軸にして、向かってくるカルロに上段の回し蹴りを放つ。
跳躍していた上に、攻撃のモーションに入っていたカルロは回避が間に合わず、側頭部へ吸い込まれるように一撃が入って、首から上が派手にねじれながら地面に叩きつけられた。
剣士だからと言って、剣だけしか使えないことはない。
なんらかの理由で失った事態を想定し、格闘術も少なからずかじってはいる。
カルロが体制を崩したからか、あるいは時間制限があるからか、ディーノが再び剣を手にとると、絡め取っていた見えない糸は消えていた。
「あぁ~、顎外れるかと思ったよ~」
カルロは薄笑いを崩さずに立ち上がり、片手で顎を抑えながら軽口を叩く。
直撃する瞬間、自分から首を捻って蹴りの威力を殺していたようだ。
「残念だけど、蹴りを食らうのはシエルちゃんで慣れてるんだよね♪」
今の一合から、ディーノは考えを大きく修正する。
派手なアクションに惑わされるかもしれないが、繰り出されるのは相手の命を刈り取る一撃必殺の型、それもこちらの攻撃に被せるようにして、反撃の隙を潰しつつ仕掛けてくる。
おそらく初戦の相手は、攻撃を放った瞬間にこの返し技を食らって敗れたのだ。
それならば、試合時間の短さも、カルロの服の綺麗さも説明がつく。
シエルが運良く勝ったと言っていたのは、そのカラクリを見せないようにカルロが立ち回り、わけもわからず一瞬で試合が終わったと認識させたからだ。
さらに、もう一つの事実に着目する。
見えない糸だけがカルロの魔術ではない。
でなければ、いきなり視界から消えることなどあり得ないからだ。
今見せた一撃を併用すれば、同学年レベルの魔術士なら簡単に倒せる、否……殺せる。
軽い態度と笑顔の裏に潜む狡猾さに対して、ディーノは警戒心を一段引き上げて構え直した。
相手がどんな搦め手を使って来ようとも、自分にできることは剣に全てを込めて斬り伏せる以外にない。
ディーノは意識を集中し、血液が全身を循環するイメージを思い描いていく。
身体中を巡っているのはそれだけではない。
マナは全てのモノに宿っている。
常人ならば、無意識に垂れ流されているだけだが、魔術士は体をめぐるマナを制御し、体の外にあるマナと共鳴させる事で、魔術を発動させる。
発動させるためのマナの使い方と性質、先天的に持って生まれた属性、その向き不向きによって、魔術士は戦い方を定める。
ディーノがマナを向ける先は自分自身、剣を握る腕に並ぶ者のない
接近戦を主体とするのは自分の好みではなく、自身のマナが遠くへ飛ばすことに向かない性質だからだ。
魔術師同士の戦いは、マナをぶつけ合い、魔術を使えなくなるまでマナを削りきる戦いでもある。
マクシミリアンは遠距離攻撃を主体にしたスタイルであり、防御にマナを回さなかった故に一撃が入れば戦いは決した。
問題は、カルロがどれだけの魔術を隠し持っているかだ。
見えない糸と、姿を消したタネとなる魔術以外にもあると考えるべきだろう。
だが、ディーノは軸足に力を込めて、踏み切った。
後手に回ったところで、却って不利となるだけ、自分から攻撃のリズムを作っていかなければ勝てる相手にも勝てない。
対するカルロは予想通りと言わんばかりに、地面を蹴った。
二度目の攻防は互いの刃が交えられる。
振り下ろされたディーノの斬撃は、二振りのショートソードによって方向をずらされる。
パワーで劣ると言うのなら、逆らわず流れに乗るように攻撃をそらす。
ならばディーノも、受け流せないほどの速度と威力を以ってカルロを叩き潰さんと、攻撃の手を緩めない。
カルロにいなされるたびに、打ち込みはより速く、そしてより重くしていく。
何発かわされようと、一撃入ればいいと感じさせる、よく言えば愚直、悪く言えば大雑把な連撃がカルロに襲いかかる。
しかし、カルロの表情は変わらない、あいかわらずの薄笑いが崩れない。
ひらりひらりとかわしていく様は、次第に別の形を帯びていくように感じる。
ディーノはまだ気づかない、カルロにかわされるたびに、間合いが広がっていることを……。
そして、何度目かわからない斬撃を放とうとした瞬間。
「……っ!?」
左の太ももに、何かが突き刺さるような痛みが走り、それだけではなく、尋常でない高熱が筋肉を焦がす。
予想外の一撃に怯んだ隙を、カルロは見逃さず攻勢に入ったのを視界に納めた。
だが、まだ攻撃自体は微々たるもの、そのまま振り下ろした瞬間、カルロの姿が消えた。
ぞくり、と何かの悪寒が全身を貫き、無意識下で伝わる体からの知らせに従って、とっさにディーノは上半身を後ろにそらした。
次の瞬間、ディーノの右胸に縦一文字の傷が入り、血飛沫が空気を赤く染め上げた。
「へぇ、こいつもかわすか」
どこから聞こえるかわからないカルロの声、気がついたとき、その姿は正面に戻ってきていた。
謎だらけの攻撃に、ディーノの足は止まる。
カルロの底は未だ見えそうにない。
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