マッドティーパーティー −2−
それから三日、大きな事件もなく旧校舎屋上の使用許可も得られ、ディーノ達四人とフリオで作業を続けた新しい花壇は順調に完成を見つつあった。
比較的容易に許可が下りたのは、被害者がいると高等部全体に知れ渡ったこと、もともと三人組の素行が悪かったこと、アウローラが教師から評判のいい優等生だったこと、もう使っていない手持ちぶさたな場所だったことなどの理由が重なった結果だ。
「けど、まださびしいね」
シエルの一言が今の状態の全てを物語っていた。
難を逃れたものを移し替えただけの花壇は大幅にスペースが余った状態であり、茶色が大半を占めている。
もっとも、あの花壇の全てを移動させたとしても、植え込みの三分の一程度が関の山だったことだろう。
「それはこれから考えるよ。季節に合う種を見繕って植えればいいし、ここまでしてくれたことだけでも十分すぎるくらいだよ」
本当にありがとうと、フリオは全員に頭を下げる。
「で〜ジュリオ君、ものは相談なんだけど……」
「フリオです」
なにやら企んでいる顔で近づくシエルだったが、相変わらず名前を間違えたままのことを突っ込まれてバツの悪い顔になる。
「シ・エ・ル・さん!」
彼女のウラの目的を察したアウローラが厳しい表情で釘を刺しにかかった。
おおかた、勧誘の口実にしたかったのだろう。
一〇〇パーセント恩を売るための行為ではないにしても、アウローラはあまりいい気分はしなかった。
「わかってるってば! バカルロみたいにユーレー部員で全然いいし、して欲しいことがあったらみんなで手伝う。これならいいでしょ?」
シエルもアウローラがどんな反応をするかは想像がついていたのだろう、あくまでもギブ&テイクの関係を強調する。
だが、当のフリオは戸惑っているという表情だった。
「別に、今すぐ答えを出す必要はねぇだろ?」
「もちろん、無理強いはしないよ」
それを察したディーノは助け舟を出す。
他人の厚意を素直に信じることは、誰しも簡単にできることではないのはディーノも良くわかる。
それに、人数が増えていけばディーノにとってあまり明るい話には繋がらない。
軽々しく言いふらすタイプではないだろうが、それでもあの秘密が外に漏れる可能性が上がってしまう。
この三人がどんな理由かしれずとも、秘密を守ってくれている事実は信じてもいいと思い始めているが、フリオはむしろ一般人に近い位置にいる。
それに、自分たちでも正体のつかめない怪物との戦いに巻き込むのはあまりにも危険すぎる。
ならば、名義だけを借りた状態を維持して、フリオを戦いから遠ざける必要性が出てくるだろう。
(なのに、なんでこいつは部員増やそうとするんだ?)
学園の内部を疑っているはずなのに、わざわざ自分たちを目立たせる理由が見えてこない。
何か考えがあるとは思いたいが、今のディーノにはシエルを完全に信頼できるわけではなかった。
「もうちょっと時間あるから、五人でお茶会してかない?」
シエルはフリオも混じえた全員で楽しむことを提案するが、フリオは早いうちに新しく植える種選びをしたいとのことで先に別れ、結果部室に戻ったのはいつもの四人ということになった。
「ん〜、花壇完成記念にしたかったんだけど、まだ早かったかな」
「期末テスト終わってからでもいいでしょ。んじゃかんぱ〜い」
カルロがシエルのセリフと横取りするようにティーカップを掲げた。
七不思議研究会とは銘打っているものの、どちらかと言えば活動内容はまったりとしている。
集まるのは基本的に任意、必ず集まるときは午後の実技授業がない平日、もしくは土曜日の午後とシエルが定めていた。
七不思議を調べるとは言っているものの、だいたいは旧校舎か新校舎を二人から四人でぶらついて回っているだけだ。
ディーノも何度か付き合っているが、マクシミリアンの時のような、いかにもと言った事件には遭遇した試しがない。
あとは、シエルたちが食堂で貰ったお茶請けと紅茶、あるいはコーヒーを楽しみつつ適当な雑談や簡単なゲームに興じている。
学園外で羽目を外すよりは、よっぽど健全であるのか、目立った注意も受けてはいないが、果たして部員が増えて顧問を引き受ける教師がいてくれたとしても、正式な活動として部費が貰えるかは怪しい。
「思ったんだけど、アウローラってあんまりお菓子に手つけないよね?」
シエルはいつもお茶会を開いた時、誰がどれだけ食べているかを見ていたらしい。
「何か、嫌いなものあったら遠慮しなくていいからね?」
もし、そうと知らずに持ち寄っていたとしたら、ありがた迷惑になっていたとシエルも思ったのだろう。
「嫌い……と言うわけではないのですけど。甘いもの苦手なんです」
よく見れば、アウローラはティーカップの皿に角砂糖を最初から乗せておらず、ストレートで飲んでいるようだった。
「えぇっ!? 女の子共通だと思ってたのに〜」
シエルは両手を机について、思いっきり落ち込んだような仕草をする。
長いと思っていた付き合いだが、知らずにいたことはあるようだ。
「いえ、それが……。子どもの頃ですね」
アウローラが話し始めた事情は、聞くものが聞けば羨ましく、しかし当人には嫌な思い出が蘇ったようだ。
彼女がまだ小さかった頃、お抱えのパティシエが新作を作るたびに味見を頼まれていたらしい。
そのパティシエにして見れば、小さな女の子による生の感想を反映させて少しでも良質なスイーツを生み出そうと日夜研鑽を積んでいたのだろう。
しかし、それも量による。
毎日のように頼まれては、飽きがくるだけに問題は止まらない。
それは体格と言うものに如実に現れてくる。
一時期太り気味となってしまい、鏡を見るたび憂鬱になってしまうほど悩みに悩み、パティシエと顔も合わせられなくなってしまったと言うことだ。
彼女の両親までもが、アウローラの機嫌を損ねてしまったと勘違いしたため、パティシエが路頭に迷うかどうかの瀬戸際まで話が発展してしまったらしい。
幸い、アウローラの進言で解雇まではされなかったと言う話だが……。
「わたしもはっきり言わなかったせいもありますけど、それ以来甘いものはできる限り少なめにしようと……」
今のアウローラは、女性では背の高い方に当たり、足も長く腰回りも細い、胸だけはシエルよりも小さいが、同性から見て十分魅力的に見えるだろう。
おそらく、幼少の経験で日頃からの節制と、運動を欠かさない習慣づけを徹底した結果だとディーノは推測したが……。
「……くっ! くくくっ!」
一瞬だったが、ディーノは下を向いた状態で吹き出していた。
高嶺の花のようなアウローラでも、人並みに悩むことがあったと言う事実にほころんでしまったのだが……。
「ディーノさんひどいです!!」
目の前にいたアウローラのちょっとした怒りを買ってしまったようだ。
「いや、気持ちはわからなくもないよ。アウローラちゃんも苦労してんだなって♪」
「カルロさんまでっ!!」
アウローラは赤くなった頰を思いっきり膨らませながら、懐からアルマを取り出し、呪文を詠唱し始める。
『氷よ! 二人に天罰を!!』
刻み込まれた水の魔術が発動し、ディーノとカルロの頭に氷の塊が直撃し、丸く大きなたんこぶを作った二人が平謝りするまで、アウローラの機嫌は直らなかった……。
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