カルロの作戦、アウローラの作戦

 日課のトレーニングを済ませてディーノとフリオが登校すると、二年生の教室で野次馬が出来上がっていた。

 どうやら各教室の壁に張り出されたものがあるらしく、騒ぎの原因はそれだ。

「ちょっと、見せてくれるか?」

 人混みをかき分けて、ディーノとフリオが目にしたのは、一枚の学級新聞だった。

 それだけならば、毎週クラブ活動で目立った出来事を掲示しているのは知っていたし大した問題ではない。

 だが、その内容は普段と一線を画すものだった。

『学園内のいじめ、衝撃の実態つかむ! 陰湿な所業を写真機カメラはとらえた!』

 その見出しには、例の三人組、モンテ、レノバ、アルベがフリオの作っていた花壇を踏み荒らしている写真がでかでかと掲載されていた。

 さらには、これよりも前から特定の男子生徒が嫌がらせを度々受けていたことも事細かに書き記されており、ここまでされれば言い逃れもできないだろう。

「お~、よく撮れてるね~♪」

「カルロ君?」

 フリオが背後から声をかけてきたクラスメイトの名前を呼ぶ。

 その口ぶりからして、この事態にカルロが一枚噛んでいることはディーノも察しがつく。

 よく見れば記事の隅、書いた人間の名前を書いた欄に小さく『協力:カルロ』と入っていた。

「ディーノがあいつら叩きのめした日に、新聞部のテレーザちゃんににタレ込んだんだよ。あの花壇を見張ってれば良いネタが撮れるってね♪」

 直接殴り倒しても一時しのぎにしかならず、仕返しが飛んでくることは予想がついた。

 ディーノはそれまでにフリオが立ち向かえるよう、少しでも強くしようとしていたが、カルロは逆に搦め手で追い打ちをかける算段を進めていたらしい。

 昨日、カルロだけがいなかったのは、新聞部に顔を出して記事を完成させ、真実を白日の下に晒すためだったと言うわけだ。

 実際、隣のクラスでは三人がわめき散らしているようで、一騒動起こっている。

 どのような処分が与えられるかはわからないが、少しはフリオも過ごしやすくなるだろう。

「なんかごめん、みんなに助けられてばっかりで……」

「僕らは好きでやったんだよ。なーんて、シエルちゃんならそう言うかな?」

 いたたまれない気持ちになったのか謝るフリオに、カルロは肩にポンと手を乗せて気にするなと言うような笑顔で親指を立てる。

 その様に対して、ディーノは新聞記事の内容以上に驚きを隠せずにいた。

「女以外にもそう言う顔するんだな」

「ディーノは僕のイメージどんななのさ!」

 カルロはそれを聞いて、ガクッと肩を落とす。

 普段から口を開けば大半が女絡み、だから行動にもそれが如実に現れるものだと思っていたが、それが真実なら少し前のディーノにさえも深く絡んでこようなどとは考えていないはずだ。

 ディーノはこの男の思考だけは、未だわからずにいる。

 いや、カルロに限らず、本当の意味で他人の全てがわかることなどないのかもしれないと心の中で一人思い直していた。

 しかし、クラスで起きたことはそれだけでは終わらなかった。

「あ、ディーノさん。少しお願いしていいですか?」

 席に座るとアウローラに声をかけられ、教卓に置かれた鉢植えを指さされる。

 誰よりも早く来てアウローラが飾ったらしいが、何を頼むと言う気なのかディーノはいまいち要領を得ない。

「あの鉢植え、無事だったのを一つ拝借して来たんですけど、ディーノさんとカルロさんが育てたことにして欲しいんです」

「なんでわざわざ、あいつが育てたって正直に言えばいいだろ」

「今名前を出したら、いじめられたのが誰かって分かっちゃうじゃないですか。それにその方がもっと意外に見えますから♪」

 小声で語るアウローラが、なぜか楽しそうに笑っていた。

 ほどなくして担任のアンジェラが教室に入ってくると、鉢植えに気付きながらもホームルームが始まった。

「今日は委員長から何かあるらしいんだけど、先生も聞いてないのよね。アウローラさんなら大丈夫だろうけど、一限目までずれこまないようにお願いね」

 アンジェラはいつもよりも早く切り上げると、アウローラが席を立って口を開いだ。

「実は今日、あの鉢植えを持って来たのはわたしです。けど、育てたのはわたしじゃありません」

 その言葉に、教室がざわつき始めた。

 一部の生徒はアウローラが普段から手塩にかけて育てたものだと疑っていなかったのだろう。

 見た目と雰囲気から、いかにも花に水をやって愛でている光景が容易に想像できるからこそ、驚きはより大きなものとなる。

「育てていたのは、ディーノさんとカルロさんです」

『えぇっ!?』

 クラス中に衝撃が走っていた。

 とても花など育てる姿など想像もできない二人が、しかしアウローラが適当な出まかせなど言うはずもない。

 そんなイメージからか、有無を言わせぬ説得力がどこかしらから出て来たのか目立った反論の声は上がらない。

「男の人が花を育てているのは、そんなに変ですか? 性別だけで態度を変えてしまうんですか?」

 あの三人組がおとなしくなったとしても、このクラスにフリオの居場所を作らなければ同じことの繰り返しになる。

 それを防ぐためには彼が笑い者にされないことが第一だ。

 たとえ直接的な暴力を振るわずとも、積極的に加わらずに見ているだけだったとしても、クラスの全員に対して真っ向から断ずるのではなく、あえて問いと言う形で考えさせる。

 直接的にいけない事だと言ってしまうのは簡単で即効性はあるだろう、しかし人は上からの視点で降りて来る言葉には、反発を覚えるかすぐに忘れてしまう。

 回りくどいと思われるかもしれない、変化は急には訪れないかもしれない、それでも全員が自ら考えて答えを出すことが、クラス全体と変えて行くことに繋がるとアウローラは考えた。

「人の好きなことを笑ったり、嫌がらせしていい理由なんてないことを、考えて欲しいんです」

 これがどれだけの効果を得られるのかはまだわからないが、アウローラ自身は良くなると信じた上で行動に出たことには違いなかった。

「お話ししたかったことは以上です。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 話を終えたアウローラは一礼して席に座るが、教室の中はしんと静まり返った空気のままだ。

 何も恥じることのない堂々とした物言いに、隣で彼女を見ているディーノも、これは自分にはできないと思わされる。

 しかし、清く正しくまっすぐな様は眩しく映り、見る者を惹きつけもするが、同時に青臭い理想と鼻で笑い煙たがる者も出て来るだろう。

 それでも、彼女が貶められることのない理由としては、やはり身分と家柄ゆえのものだ。

 仮に、アウローラを妬んだ誰かが人の目を避けて陰湿な仕打ちを与えたとして、それが明るみに出れば親類による報復で家ごと破滅させられる未来が待っている。

 たとえ本人が意にしていなくとも、アウローラが潔癖でいられるのは、彼女が持って生まれたものが大きいとディーノは結論づけた。

(あいつが真面目に話してんのに、俺は何考えてんだ……)

 自分もまたその眩しさに惹かれたからここにいるのにと、ディーノは心の中でため息をつく。

 いつかは光が溢れるその場所へたどり着き、対等な場所まで登りつめたい、いつしかそれが師匠から与えられた課題だからと言う理由を食い尽くし、今のディーノの中では大きなウエイトを占めていた。

 しかし、そんな心象など誰も気づくはずもなく、少し間をおけばクラスの全員が一限目の授業に向けて準備を進め、いつもとさほど変わらない一日が始まりを告げるのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る