少年は荒野を目指す
フリオは一人、ディーノ達と別れて寮への帰り道を急いでいた。
新しい種を選ぶのがこんなにも楽しみなのは、いつ以来だろうか?
どんなに探しても自分と同じ趣味を持った男子はいなかったし、女子に混ざれば余計笑い者にされることは目に見えていた。
だからいつも、フリオは一人ぼっちだった。
これから先も変わることはないと思っていた灰色の時を消しとばしてくれたのは、密かに憧れていた黒の一撃。
まさか、ここまで近づけることなんて考えても見なかった。
自分も彼らのようになりたい、彼らのようでありたいと言う想いは日に日に強まって行くのが実感できた。
「やあ、フリオ君」
人気の少ない旧校舎の中、突然かけられた声にフリオはハッとする。
目の前にいたのは、とぼけたような表情とくすんだ金髪が特徴的な長身痩躯の男性教師。
「ユリウス先生?」
一年の頃は彼がフリオの担任であったゆえに、名前がさらりと出てくる。
「授業以外で会うのは久しぶりだね。アンジェラ先生のクラスには慣れたかい?」
よほどの問題が起こらなければ、イルミナーレ魔術学園ではクラス替えもなく担任教師は継続して同じ生徒を受け持つ。
例の三人と同じクラスである事に耐えられなくなり、クラス替えをフリオは申し出て今に至る。
「私としては、君に謝らないといけなかったからね。気づかなかった自分が腹立たしいよ」
ユリウスは心底申し訳ないと言った風に、フリオに語る。
「僕……気にしてませんから。今はとても楽しいです」
「そう言ってくれると、助かるよ。彼らに関しては私からも厳しく言っておくつもりだからね」
フリオの肩に手をおきながら、にこりとユリウスは笑う。
物腰は柔らかく、生徒にも気さくに話しかけてくれることから、憧れている女子生徒も決して少なくはない。
彼の受け持ちは地理だが、授業の内容が教科書をなぞるだけにとどまらず、様々なためになる雑学を披露してくれて楽しい。
教師を目指すなら、こうなりたいと思わせるような人となりだった。
「先生、なんでこんなところにいるんですか?」
フリオは素朴な疑問をユリウスにぶつける。
わざわざ、旧校舎に来なければならない用があるとも思えなかった。
「残ってる生徒の確認だよ。君以外に誰かいるかい?」
「ディーノ君たちが四人でまだ残ってます。でも、アウローラさんがいるから大丈夫だと思います」
それを聞いてユリウスは顎に手を触れながら、何か考えている仕草を見せる。
「同好会の子達だけか、それなら良しとしておこう。しかし、彼の周りは話題が尽きないな」
ディーノは教師の間でもそう言った立ち位置らしい。
編入してきてから起こった事件とその行動の派手さは、良くも悪くも人の目を引きつける。
フリオもその一人であるのだから、そう言いたくなる気持ちは良くわかる。
「君から見て、彼はどうだい?」
ユリウスからそう聞かれてフリオは考える。
最初はその圧倒的な強さと、学園の誰とも毛色の違う異質な雰囲気に興味を示していた。
しかし、ディーノについて行くうちにわかってきたことが一つだけある。
本当にそうなりたいと思うのなら、自分からつかみ取りに行かなければならないのだと。
ディーノといれば強くなれるのではなく、自分の意識を変えることで強くなって行く。
あれこれと言い訳を探して進むのを渋っていた自分と決別するために、フリオは新たな一歩を踏み出せると確信していた。
「まだ、背中も見えません。でも追いかけて行きたいです」
過去にどんな人間であろうとも、今見た姿こそが嘘偽りのない自分の中での真実だ。
「それじゃあ、君は彼に追いついた時、その強さでどうしたいのかな?」
ユリウスの返しにフリオは戸惑う。
自身が意にしていないことさえも、引きずり出そうとしているような普段の顔とは違う何かを、今のユリウスからは感じていた。
しかし、無意味な問いをしてくる人ではないという印象が先立ち、あくまでも教師として何か伝えたい意図があるのだろうと解釈して、考えを巡らせる。
いずれディーノに追いつくことができた時、自分はどうなりたいのか、その先に何を見すえるべきなのか……。
「そうなれたとしても、彼らがそれに気づかなければ、同じことを繰り返すことになってしまうんじゃないかな?」
ユリウスの言葉に、フリオの頭に無残に踏み荒らされた花壇の光景がよぎった。
面白半分に自分を見下し、踏みにじり、あざけり笑うあいつらは、決してやめることはない。
ほとぼりが冷めた時、待っているのは奴らからの報復。
それを返り討ちにできたとしたら、もうそれは自分がいいように弄ばれるだけの人間ではなくなる証明たり得ることに違いない。
「わからせる必要も、あるんじゃないかなぁ……」
フリオは、あの三人の表情が苦悶に歪む光景を頭の中で思い描くと、背筋にぞくりと考えもしなかった感情がよぎった。
今まで好き放題に人を苦しめてきた奴らが、恐怖に怯え許しを請う、それを一蹴しさらなる苦痛を与える。
同じ人間だなどと考えず、無情に無慈悲に惨たらしく、ただただ虫を殺すように……。
「君は良くても、君が一生懸命育てた花たちは何もできない」
ユリウスの言葉は、内心で抱く不安を的確に突いてくる。
言われてみればその通りで、植物には目も耳もなく、動くこともできない。
フリオ自身は抵抗する術を手に入れても、草花たちはそうはいかないのだ。
「彼らも強くなれれば、いいのかもしれないね。例えば魔降術のような……」
「先生も、知っているんですか?」
「はははっ、私も教師の端くれだ♪ 知識くらいは持っているよ」
自分自身を高めるために、フリオはディーノについて行きたいと思いたった。
だが、モンテ達は絶対に反省などしないという事実が、今まで目をそらしてきた現実に直面した気がした。
「僕は強くなります。ディーノくんのように」
「そうか。それなら先生も君を応援しなくちゃいけないね。けど何かあったら相談に乗るから覚えておいてくれよ?」
頑張れ、と言い残してユリウスは踵を返し、それについていくようにフリオも旧校舎を後にした。
期末に訪れる進級試験から先、あの花壇が三年の初めで花が咲き乱れるくらいになるのを目指していこうと黄昏時に一人、未来へのビジョンを描いてフリオは帰路についた。
その未来を実現させるために必要なことを頭に思い描きながら。
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