七星が落ちるとき

「……見える」

 元に戻った視界にカルロが最初に収めたのは、元の人間の姿に戻って倒れているテレーザの姿だった。

 そして、もう一つは爆炎でボロボロに成り果てた、見るも無惨な右手だった。

 感覚がマヒしてしまっているのか、焼かれた熱だけは伝わってくるものの、ろくに動きそうにない。

 宝石を砕いたのだから、元の空間に戻っても良さそうだが、まだその兆候ちょうこうは見えない。

「ほら、カルロ。右手出して」

『「ライト」「ウォーター」「治癒キュア」”癒しの水ヒーリングウォーター”』

 三度目の回復魔術、光を放つ水の雫が右腕にかかり、焼けただれた肌を復元していく。

 一見するときれいに完治しているが、魔術は決して万能ではない。

「どう? 動かせる?」

「もう全然オッケー♪ どーんとまかせなさいって♪」

 シエルの質問に対して、カルロは大げさに右手をぐるぐると回しながらおどけてみせた。

(果たして、どこまで戻るかな……)

 むしろ、さっきの爆発はひじから先を失ってもおかしくはなかった。

 少なくとも、この後の戦闘で自分がどこまでディーノたちの力になれるかはわからないだろう。

「そしたら、本当に……その」

「僕は、女の子との約束は守る主義だよ?」

「あんまりそういうこと言ってると、この後カルロくん死んじゃうんじゃない?」

 耳に入ったテレーザの声に反応して、カルロの顔色が変わり、左手でショートソードを構える。

「まぁ、結婚の約束よりはマシかな?」

「とりあえず、記憶は消えてないみたいだね」

 マクシミリアンや三人組のように、ディロワール化した人間は宝石を砕かれれば記憶が消えると思っていたが、目の前のテレーザは違う。

 まさか、まだ何か奥の手を隠し持っているのか、そうなった即座に首を切り落としてでもシエルを守る。

 漆黒の決意とともに、カルロはテレーザを刺すような目でにらみつけた。

「落ち着いてって、わたしにはもう打つ手ないから、それどころか……」

 テレーザは今までの毒気が嘘のように穏やかな口調で自分の左腕を見せると、見る見るうちに灰となって崩れていく。

「これが、悪魔に魂を売った人間の末路だよ。黒い宝石を体に埋め込んで、最初のうちは大して変わらない。でも、だんだんわかってくるの」

 その様子は、決して口から出まかせを言っているものではないと、カルロもシエルも直感的に察した。

「まず、自分のやろうとすることに、ためらいがなくなっていく。どんどんディロワールに心を侵されていくの。そして最後は体さえも人間じゃなくなって、こうなったわけ」

「じゃあ、テレーザ先輩はなぜ!!」

 その事情どころか、テレーザが敵であった事など想像もできなかったシエルは、思わず叫んでいた。

「知らないほうが幸せな真実だってあるんだよ? 少なくともカルロくんはそれを知っている」

 テレーザの言葉に、カルロは唾を飲み込んで顔色が変わる。

「ずいぶんと口が軽くなったもんだねテレーザちゃん。今までが今までだったのに」

「もう長くないからだろうね。お父さんは立派な新聞記者だったけど、ディロワールのことを知ってしまった」

 話を続けるテレーザは続いて両足の先が崩壊していく。

「だからディロワールに始末されて、私は従うことを選んだ。立派な目的なんかじゃなくて、ただ生き延びたかった」

 その言葉が真実だというのなら、テレーザはディロワールとなることに選択の余地がなく、生死を天秤にかけられて、死を選ぶことができる人間など、ほんの一握りに過ぎないということを思い知らされるようだった。

「シエルさん、本当のことを知るってそういうことだよ? もし全てから手を引いて学園を去っても、誰も責めたりはしない。少なくとも、カルロ君は死に物狂いであなたとあなたの家族を守るから」

「僕もそう言いたいのは、山々なんだけどねぇ」

 半分は呆れたように、もう半分はわかっているというように、カルロはため息混じりの言葉を返した。

「でも、シエルちゃんにその持ちかけはきっと無駄だよ」

「そうみたいね。そろそろ終わりみたい……。戦う意思が残っているなら私の部屋を漁ってみることね」

 そこまで言って、テレーザの体は完全に灰となって崩れ落ちて行った。

「テレーザ先輩、どうしてあんなことを?」

「僕だって全部知ってるわけじゃないよ。それに、降りる気はないんだろ?」

「あったりまえじゃん! あたしがみんなを巻き込んだんだから、いの一番にいなくなるなんて、ただの卑怯者だよ!」

 シエルは改めて宣言する。

 カルロだけではなく、ディーノも、アウローラも、フリオも、イザベラも、アンジェラも誰一人として、戦いから手を引く者はいないだろう。

「わかった。なら僕の命はシエルちゃんに預ける。裏切ると思ったなら、遠慮なく僕を背中から撃っちゃいな」

「はぁ? なに物騒なこと言ってんの! ディーノみたいなこと言ったってちっとも似合わない! あんたのことなんてちっとも怖くないんだから!」

 シエルの啖呵たんかに、何度目かわからないため息をカルロはつく。

 そして同時に、こうでなくては今まで一緒にいなかっただろう。

 一言では説明しきれない感情と事情が、カルロの心中にはぐるぐるとかき混ぜられすぎているのだから。

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