裏切り者の奏でる葬送曲 −3−

 カルロが氷の刃で受けた傷は、シエルの荒療治あらりょうじで持ち直したが、状況はさほど良くなっていなかった。

 両目の視界は相変わらず黒一色に塗りつぶされており、やはり倒さなければ元に戻らないのか、あるいは目を潰せばいいのか。

 どのみち目が見えていたとしても、あの無数の目の中でピンポイントに狙いをつけるのは難しいだろう。

 カルロは可能な限り力を抜いて、動かずにただ立ち尽くしていた。

『あきらめちゃったのかなぁ? それもいいんじゃない? 苦しみの生よりも、希望の死を……なーんてねっ!』

 勝ち誇るウェパールの声を聞き流し、封じられた視覚以外の感覚を探す。

 声が聞こえると言うことは、聴覚は生きている。

 アルマをにぎっている手応えから、触覚も生きている。

 むせ返るほどの血の臭いと魔衣ストゥーガの焼け焦げた臭いから、嗅覚も健在だ。

 背中から自分へと向かってくる、空気を裂く微細な音が耳に入り込む。

 カルロは左側へと大きく飛びのくと、魔衣を何かがかすめて裂いた。

 完全に避けきるのは難しいが、できなくはない。

 あとはウェパールの正確な位置を把握して、急所に一撃を打ち込む。

 目さえ見えていれば、そこまで難しいことではないだろうが、自分がこのハンデをくつがえせるほどの達人でないことは分かり切っていた。

 水の刃はなおもカルロに迫る。

 動き回りながら的をしぼらせないことで、かろうじて直撃を避けているが、いつまでも続くはずもない。

 乱れ飛ぶ刃が足を切り裂き、痛みとともにバランスを崩した体が転げまわり、いたるところを打ち付ける。

 あるはずの物を感じ取ることのできない無の空間続いていくと思った中で、自分の腕が何かにつかまれた。

 ウェパールにとうとう捕らえられたかと思ったが、遠くから延々といたぶってきた相手が、わざわざこんな至近距離に近づくとは思えない。

「ほら、しっかり立つ!」

『「ライト」「ウォーター」「治癒キュア」”癒しの水ヒーリングウォーター”』

 再びシエルの声とともに、回復魔術がカルロの足にできた傷を癒し、つかまれた腕を引っ張って立たされた。

「ははっ……散々アホなことやって見栄張っといて、このザマか……」

「ちょっと! いつもの元気はどこ行ったのよ!? 『あーあ、せっかくこんな状況なのにシエルちゃんのおっぱいもお尻も堪能できないな~』なんてアホなこと言うのがいつものあんたでしょ!!」

 普段のカルロを真似しながらシエルは奮い立たせるように言葉をかけた。

(そうだ、シエルちゃん。服の……に……れて……い?)

 カルロは小声で耳打ちする。

(確かに、あるけどあんたが持ってたって)

「借りるよ」

 カルロは手先の感覚だけで探り当てるように、シエルのあちこちを撫で回し始めた

「ちょ! あんたどこ触ってんのよ! 見えてないフリしてんじゃないよね!?」

「違うって大マジ! えーと、この辺が腰だからその下はスカート『めくるなぁっ! 』でごふぁっ!!」

 シエルからのアッパーカットで顎を跳ねあげられた。

(ほら、これでいいんでしょこれで!)

 スカートに伸びていた手に、中身が入った布袋の感触で確かにとカルロは理解した。

(それじゃあ後は、できるだけ引きつけて……)

(まだ見えてないんでしょ、あたしもサポートする!)

 そして、カルロの腕をつかんでいたシエルの手が離れた。

『お別れの挨拶はすんだ?』

「お生憎様、それはこれからだよっ!」

 ウェパールの声がした方向へカルロは左手だけにショートソードを構えて疾駆しっくする。

「二時の方向、だいたい三メートルぐらい!」

 シエルの声にカルロは従って、方向を切り替えた。

『くっ、こしゃくな!』

 破裂音が響いた瞬間、カルロの周囲を冷気がおおう。

「炎の矢! 前にまっすぐ!」

 カルロからは見えないが、即座に構成できた三発をそのまま発射する。

「そのまま伏せて!」

「わかった」

 今度は空気の荒れ狂う音が耳に飛び込んだと思った瞬間、すぐ前で爆音と高熱が上がったのがわかった。

『あぎゃあああああ!!』

 悲鳴をあげたのはウェパールの方だった。

 何が起きたかはわからないが、おそらく自分が今撃った炎の矢を火種にして、何らかの方法で爆発を起こさせたことはわかった。

『骨董品ごときで、よくも私に傷をぉぉぉっ!』

 口ぶりからして、竜火銃ドレイガの弾丸が今の爆発の原因のようだ。

「今! そのままお腹のあたりに構えてまっすぐ突き刺す!」

 シエルの声だけを頼りに、カルロはただ一直線に突っ込んでいく。

 ウェパールが水の刃を大量に放って魔衣を切り刻み、激痛が体を走るが、カルロはさらに速度を上げた。

(あいつなら、ディーノならこんなもので怯んだりしないっ!)

 左手に構えたショートソードに、肉をつらぬく感触が伝わってくる。

『ざぁんねん……惜しかったけどねぇ』

 刃先が石のように硬い何かをかすめたような手応えをわずかに感じたが、体の黒い宝石をくだくには至らなかったようだ。

『さぁ、永遠の孤独を祝う、葬送曲レクイエムおくってあげる!』

 勝利を確信したウェパールに対して、カルロはさらに次の一手を打つ。

 残っていた右手に握っていたのは、対となるショートソードではなかった。

『それは!?』

「つまらないものだけど、受け取ってよ♪」

 カルロはショートソードを突き立てた場所に向かって右手を突っ込む。

 握り込んでいたのは、シエルから分けてもらった”あるもの”が入った小さな布袋だ。

 それと同時にショートソードを引き抜いた。

「今の一撃はただの道しるべさ。こっちを確実に体の中に突っ込むためのね!」

『何が入ってるかは知らないけど、そんなチンケな袋で何ができるっていうの!」

 ウェパールに向けて、カルロは不敵に笑った。

「決まってんだろ? 君を倒せる!」

 その瞬間、カルロは自分に眠る火のマナを振り絞り、ウェパールの体に突っ込んで右手の先へと集中させていくと同時に、ウェパールの体内で肉を焼き、血を泡立たせるほどの高熱が発せられる。

『まさか、この袋の中身は!!』

「悪いけど、葬送曲を奏でるのは、君でも僕でもない……シエルちゃんの弾丸さっ!!」

 同時に、ウェパールの胸元が鼓膜こまくを破らんばかりの音と共に爆炎が上がった!

 カルロがシエルから受け取り、ウェパールの体内にねじ込んだのは、火のマナを秘めた竜火銃の弾丸。

 それがカルロの発する火のマナで引火させて爆発を起こしたのだ。

 その爆発はウェパールの胸元から鮮血と肉片を飛び散らせ、体に埋まっていた黒い宝石が砕け散った……。

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