裏切り者の奏でる葬送曲 −2−

 無数の目玉が浮かんだ壁らしきもののない紫色の世界、それがウェパールの作り出した亜空間だった。

「二人が限界だったけど、今のディーノ君なら残しておいても問題はないか」

 カルロとシエルの目の前にいたのは、ディロワールへの変化が解けた新聞部部長のテレーザ・フォリエで間違いなかった。

「本当にテレーザ先輩なの?」

 姿を見せられてもなお、シエルはその現実をフラットな感覚で受け入れることは困難だった。

 両腕はカルロが切り落とした事実など最初からなかったように、元に戻っている。

「ディロワール化した時にできた傷は、人間に戻る時に復元される。細かい理屈はともかく、ほんとに厄介だよ」

 カルロはぼやきつつも構える。

「でも、先輩がどうして? そりゃあ、先輩は誰彼ところ構わず写真撮ってすぐ新聞に載せちゃうのがイラっとくるときあるけど、こんな大それたことする人には」

「あはは~、ありがとねシエルさん。でもこれがね……」

 言葉を発するテレーザの声色が次第に鈍くざらついた雰囲気に変わっていくと同時に、その姿もまたウェパールのものへと変貌へんぼうげた。

『本当の私なんだよ?』

 姿が変化して無防備になるその一瞬を狙って、カルロは炎の矢を五本放つ。

 矢と呼ぶのもためらわれるほど、小さく凝縮ぎょうしゅくされた矢であったがウェパールは宙を泳ぎ、浮かび上がる目玉を盾にしながらかわす。

 そして、シエルは竜火銃ドレイガを向けるが、そばにいたカルロが銃口の上に手を置き、首を横に振る。

「悪いけど、手を出さないでくれるかい? オレがやる……」

 シエルはカルロの声を聞いた瞬間、ぞくりと背筋が凍る感覚を味わった。

 いつものふざけた態度は姿を消しただけではなく、テレーザを見据みすえる視線さえも相手を射殺いころすような殺気を放っている。

 似たようなものでは、初めて会った時のディーノを思わせたが、ディーノの場合はその内に燃える激情をひしひしと感じられた。

 だが、これは全く種類が違う。

 こんなカルロの姿など、今まで一緒にいたのに、一度として見たことはなかった。

「ことが終わったら全部話す。だから、込めてある弾はとっときな……オレを裁くためにさ」

 シエルはどう返していいのかすらもわからずに、ただ銃を下ろすことで言葉に応えた。

『あら、二人で一緒に来ないんだ。とうとう腐れ縁の切れ目かな?』

 ウェパールが放つ挑発の言葉が、戦いの合図となってカルロは踏み切った。

 その瞬間、カルロの姿が五人に増え、上左右正面背後に分かれて同時にショートソードで切りかかった。

 他の四つはあくまでも残像だが、カルロのスピードもあいまって見切ることは難しい。

 テレーザの魔術は未知数だが、接近戦が得意なタイプには見えなかった。

 五人のカルロが同時にショートソードを振り切った瞬間、水の刃は左から攻めてくるカルロだけを狙って放たれる。

 鮮血が空気を赤く染め、残りのカルロが全て消え、攻撃を食らったカルロの顔色が信じられないと言った表情に変わる。

『なぜって顔してるねぇ。教えてあげようか? この目はただの飾りじゃないんだよ?』

 ウェパールの言葉に合わせて、浮遊する目玉がカルロにギョロリと視線を向ける。

『写真を撮るなら、被写体をキチンと見極めなくっちゃ。チャチな幻影程度に惑わされるようじゃ、記者としての沽券こけんに関わると思わない?』

「んじゃぁ……こういうのはどうだい!!」

 カルロの剣から、炎の燃焼によって作り出された強烈なオレンジ色の閃光が放たれる。

『これはっ!! くっ!』

 ウェパールの反応から、カルロは目算が当たったと確信し、一気に距離を詰める。

 なに一つ見逃さない優れた目なら、人間が目をふさぎたくなるものまでもきっちり見えすぎると言うことだ。

 太陽を直視した人間のように、目玉へのダメージは計り知れない。

 ディーノと違ってカルロには、一撃で相手を叩き伏せるほどのパワーはなく、だからこそ隙をついて一瞬で急所を狙う。

 ウェパールと戦うのなら、その胸に埋まっている黒い宝石を背後から貫こうとした瞬間だった。

「なっ!?」

 カルロの眼前に、他の目玉とは明らかに違う眼球が姿を見せる。

 今まで見たことのないその目を直視してしまった瞬間、カルロの視界は黒一色に染まった。

「これは!?」

『ざぁんねん♪ 目の能力は一つじゃないんだよ?』

 自分がやろうとしたように、背後からウェパールの声が聞こえる。

 一拍遅れて、右足に何かで貫かれる激痛が走った。

『ふふふ、あんまり派手に動き回られるのも厄介だからね♪ まずはそこから封じさせてもらいましょうか』

 痛みの次にやってくるのは文字通り身を凍らせるほどの低音。

 それが傷口から右足全体に広がって動かせなくなっていく。

 ウェパールの姿どころか、自分の姿さえも見えない。

 死を体感するとしたら、それはこんな感じなのだろうかと思わされる永遠の闇にカルロは閉じ込められていた。

「ぐあぁぁぁっ!!」

 ずぶりと言う音と同時に、今度はわき腹に同じ突き刺される痛みと冷気が体をむしばんでいく。

 ウェパールの狙いは、感覚を奪ってからじわじわと苦しめていくことだった。

 カルロが死ねば、次はシエルの番になるだけだ。

 足、胴とくるなら、次はおそらく心臓か頭を狙ってくるだろうが、今の状態でかわすことはできない。

 死神の足音が背後から忍び寄ってくるかと思った瞬間だった。

「カルロ! そのまま動かないでよ!!」

 シエルの声が耳に届いたと思った次の瞬間、爆音が同時に響いたとたんに激しい熱が体を包み込み始める。

「え、あ……あ、あ、あ! 熱い熱い熱い!」

 間違いなく今、カルロの体は炎で燃やされ、その強烈な暑さに見まわれ、思わず走り出していた。

「って、走れる!?」

 シエルはおそらく、火のマナを帯びた弾丸をカルロに撃ち込んだのだ。

「これもついでだよ!」

『「ライト」「ウォーター」「治癒キュア」”癒しの水ヒーリングウォーター”』

「回復魔術……どうして?」

「死んだら元も子もないじゃない! 今はどうにかして生き残るの!」

 目が見えない今だからこそ、シエルの言葉には裏表がない真実だと言うことが、カルロにははっきりと伝わっていた。

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