裏切り者の奏でる葬送曲

「げふっ!!」

 胸を大きく切り裂かれ、盛大に口から血を吐き散らした人物に、アウローラたちはあっけに取られるしかなかった。

「カルロ!?」

 ディーノは思わずその名を呼ぶと、血を流しながらも、口の端に笑みを浮かべていた。

「……へへっ、はっずれー♪」

 水の刃が届くよりも早くカルロは動き、シエルを突き飛ばしつつ彼女が持っていたアルマのデッキケースをふところから取り戻し、魔衣ストゥーガを展開した。

 一瞬でも判断が遅ければ、カルロの体は真っ二つになっていたかもしれない。

 誰もがバレフォルと合成ディロワールに注意が行っていた中で、カルロだけが警戒の外からくる奇襲に反応していた。

「な、なんであんたが助けんのよ!」

 突き飛ばされて尻もちをついていたシエルの思考が、ようやく現実に追いついてきた。

「あんまり、大きな声出さないでよ……。頭……クラクラする」

 ふらつきながらもカルロは二振ふたふりのショートソードを具現化させて、臨戦体制を整える。

『あらあら、今更になって正義に目覚めちゃった?』

 目の前にはウェパールが姿を表す。

 現状でわかっている限りの総力戦をディロワールは挑んできたということだ。

「そんなカッコイイもんじゃないよ。今ここで君を倒せば七星になれる確率が上がるってわけだ。そいつにはまり込んでるやつを適当に見繕みつくろってさ!」

 ゆったりとした口調でしゃべりながら、カルロの体は加速して一気に間合いを詰めて、ウェパールの首をはねんばかりの速度でショートソードが振り切られた。

『そりゃ怒ってるに決まってるよねぇ……。シエルさんまで自分のせいで死んだら合わせる顔がないものね♪』

 再び水の刃が空を裂きながらカルロに迫り、その体を真っ二つにしたようにディーノたちには見えた。

「どういうこと!? あたしまでって」

 ウェパールの言葉に、シエルは思わず聞き返す。

 言葉の真偽しんぎはわからないが、やはりカルロは何かを知っていることなのかという焦りが芽生える。

『せっかくだから、教えてあげましょうか? あなたのお兄さんはっギャアアアアアッ!!』

 余裕を見せてウェパールが語り始めた瞬間、その右腕が黒い鮮血を散らしながら飛ぶ。

 自分が圧倒的優位に立っていたと油断し、警戒を解いた瞬間を狙って、カルロがその背後から渾身こんしんの一撃を見舞みまっていた。

「男の秘密をバラすのは、いい趣味じゃないよね~、テレーザちゃん?」

 カルロが口走った意外な名前に、その場にいた全員が驚きを隠せないでいた。

「テレーザ先輩が、ディロワール!?」

 ディーノたちにしてみれば、少しうっとうしい新聞部の上級生程度でしかない相手が、学園をおびやかす怪物の一人であるなどと結びつけようがなかった。

『そっちこそ、女の秘密を軽々しく明かすなんて、どうやら完全に裏切る気でいるみたいね!!』

 ウェパールが激昂げきこうしながら、水の刃をカルロのいる方向へ面制圧するかのような量で発射し、壁と天井からぶつ切りの瓦礫がれきが降り注ぐ。

「いやぁ、ディーノから裏切り者呼ばわりされちゃって、僕ってばけっこうショッキングだったんだよねーこれが、だからさぁ……」

 カルロの声がどこからとも判別がつかないほど反響する。

「本当に裏切ってやろうと思っただけさ、オレがお前らをな」

 ウェパールの残った左腕が細い何かに絡めとられ、ジュウジュウと肉を焼き始める。

『正気なの! “あの子たち”がどうなってもいいっていうわけ!? そもそも彼らが今更君を許すとでも思うの!!』

 その答えは、もう片方の腕が超高熱の糸に切り裂かれることで返された。

「虫のいい話なんざ期待してない。シエルちゃんが僕を殺すって言うなら、それを受け入れるのがスジってもんだ」

 カルロの姿はまるで見えない、イザベラのような人間を超えたスピードで動いているわけではなく、これがカルロ本来の戦い方だ。

 アルマとカードによる詠唱をどうやって聞こえないようにしているか、ディーノにはわからないが、シエルのように音を増幅させる魔術があるなら、その逆に音を消す魔術があってもおかしくはない。

『気に入らないねぇ。希望なんてどこにもないくせに、まるで絶望してない。だったら、絶望の世界へ連れて行ってあげようじゃない!』

 ウェパールの姿が消えるとともに、カルロとシエルが姿を消していた。

「亜空間か……」

 これまで使うそぶりを見せなかったことで、ディーノの頭からは完璧に失念していた。

 なぜ今まで使ってこなかったかわからないが、片方が使ったと言うことは。

『ようやく整ったよ。第三幕が』

 バレフォルの姿も消えたと同時に、戦っていたイザベラだけでなく、フリオ、アンジェラ、そしてアウローラの姿も消えた。

 この場に残されたのは、いまだに魔降術を使えないままのディーノ一人。

 目の前にはフリオが動きを封じたとはいえ、ただの鋼鉄の剣だけで勝つことは望み薄の存在が鎮座ちんざしている。

 それでも、ここで逃げるわけにはいかない。

 バスタードソードを構えて、ディーノは向かっていく。

 自分だけで満足に戦うことができなくても、終わったわけじゃない。

 合成ディロワールは咆哮ほうこうをあげながら、その口から巨大な火球かきゅうを吐き出す。

 迫り来る炎の塊は威力と攻撃範囲こそあれど、速度そのものは鈍重だった。

 ディーノはギリギリまで身をかがめながら地面を転がって爆風をやり過ごしてさらに前に出る。

 今のディーノにできることは、カルロとシエルが、そしてアウローラたちが、敵を倒して戻ってくるまで持ちこたえて時間を稼ぐ事だ。

 こんなにも戦いにおいて他人を信じようとしたことは、ディーノにとっては初めてだった。

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