二人目の七星 −3−

『くっ! 実験台の分際でよくもやってくれたねぇ』

 今のイザベラの一撃から立ち上がったウェパールに、もう今までの相手を舐めた態度は見受けられない。

 今度こそ本気でくる。

 その両肩から刃とも羽とも取れる突起が抜け落ち、それを両手に持って無造作に投げる。

 突き刺さった突起に周囲に浮かぶ無数の目が不気味な光を照射すると、それらは液状となって別の形を作っていく。

 現れたのはフリオにとってもイザベラにとっても見覚えのある姿だった。

 両肩に砲門をつけた馬面、鉄球を振り回す鳥、大鎌を持ったエイ、そして今のイザベラに酷似した猫。

 それは、これまでに遭遇したディロワールの姿だった。

『サブナック、ブエル、アンドラス、そしてオセ。さぁ、第二幕を開けようか』

 フリオもイザベラもこれだけで敵の思惑を察知した。

 今の自分たちにとって最も嫌悪する姿をぶつけて、精神的に揺さぶってくる気でいるのだ。

『また会えて嬉しいぜぇフリオぉ』

『けけけけけ。また前みたいに楽しもうぜぇ』

『二度と俺らに逆らえないようにしてやるよぉ』

 三匹のディロワールがフリオに迫ってくる。

 サブナックが両肩の砲門から水を圧縮した砲弾を撃ち出し、それに合わせてブエルとアンドラスが接近してくる。

 フリオの杖からしげる若葉が再び三匹のディロワールに襲いかかるが、ブエルが立ちふさがって目の前で鉄球を振り回すと、起こした風圧が盾となって若葉を吹き飛ばしてしまう。

 そこからブエルとアンドラスが鉄球と大鎌で波状攻撃を仕掛けてくるのを、フリオは種から木の障壁しょうへきを作り出してやり過ごす。

 壁が変形したところへ水の砲弾が直撃して砕かれる、

「あれっ?」

 それにフリオは違和感を覚えた。

 ウェパールの放った水刃にたやすく切り落とされた壁を、あの三匹は全員の攻撃を合わせて砕いた。

 自分の作っている障壁が急激に強くなったわけではない。

 そもそも、以前のサブナックは大火球を飛ばしてきたはずだったが、このサブナックは水を操っている。

 フリオは今までの事実を一つの解へと結びつけて、再び杖を構えた。

『生意気な顔しやがって、今度こそくたばれぇっ!!』

 再び波状攻撃の体制に入った三匹に向けて、若葉の嵐が吹き荒れる。

 そして、同じ攻撃に対して同じ防御をとってくる瞬間、フリオは三匹の足元に向かって種を投げる。

 マナを送り込んだ種が瞬時に成長して行き、無数に伸びた蔓がその体をからめ取った。

 若葉は目をくらませて気をそらすため放ったに過ぎず、本命は三匹の動きを封じることだった。

「君たちはただ作られた偽物だ。悪いけど、本物にだってもう僕は負ける気はないよ」

 さらにフリオはイメージを膨らませたマナを送り込むと絡め取った蔓は三匹の体に根を張って成長していく。

 本当ならあまり思い出したくはないことだが、ただ疑似的な意思を持っただけの相手ならば、ためらう必要はどこにもなかった。

 与えられたかりそめの命、その最後の一滴までも吸い尽くした蔓は一本の樹木へと成長し、そのままマナの光となって消滅していった。

『くっ、まさか時間稼ぎにもなりはしないなんてねぇ!』

 フリオは再びウェパールと相対する脇で、もう一つの戦いが繰り広げられる。

『フシャーッ!』

「にゃぁーっ!」

 人間を超えるスピードで空間を縦横無尽に駆け回る二つの影が、研ぎ澄まされた爪の一撃を撃ち合っている。

 魔降術に覚醒し、獣人じゅうじんの姿となったイザベラと、かつて彼女に取り付いたディロワールのオセ。

 この組み合わせもまた当人たちにとって強い因縁を持った仲だった。

 イザベラが地をうほどの低い姿勢で滑るように走り、オセに向かって猫パンチの連打を浴びせかける。

 オセはそれを同等の速度で受け止めながら、空間に浮かぶ目玉を足場にして飛び回り、背後の死角に回って飛びかかってきた。

 イザベラは迫り来るオセを避けるどころか、後ろ向きのままオセに飛び込んで行き打点をずらす。

「痛ったいですわね!」

 ジャストミートを避けたとしても、背中の肉は爪によって引き裂かれる痛みが走った。

 だが、イザベラはそれを物ともせずに、人間でいう肩口かたぐちの部分にためらうことなく、口を大きく開いて牙を突き立てた。

『うぐううっ! このガキがぁ!』

 噛み付くイザベラを強引に引き剥がして離れた顔面へ、オセは容赦なく拳を叩き込んで両者の体が再び離れる。

 フリオが植物の生態を利用した知略をめぐらせる戦いなら、イザベラはもはや人間ではなく野生の本能を呼び起こしながら戦っていた。

 猫が持ちうる柔軟性じゅうなんせい跳躍力ちょうやくりょく、そして瞬発力しゅんぱつりょくが、ただの人間ではありえない動きを実現させる。

 身体能力が物を言うこの戦いにフリオが割って入ることは不可能に近かった。

 常人ならば、目で追うこともままならないほどのスピードで繰り出される連打の応酬おうしゅうは一見拮抗きっこうしているかのように見えた。

 イザベラには格闘術の心得などありはしない。

 だが、打ち込む拳のことごとくが顔面を的確にとらえて、その度にオセの体が起き上がりこぼしのようにのけぞらされる。

『調子に乗ってんじゃ』

「うにゃぁーーーーっ!!」

 反撃に出ようとオセがやぶれかぶれで大振りの一撃を見舞みまおうとした瞬間、人間なら急所であるアゴががら空きとなり、そこへイザベラの吸い込まれるようなアッパーカットが天へ向かって振り抜かれた。

 宙に浮き上がったオセに向かってイザベラも高くび上がる。

 そのまま体を高速で縦回転させた蹴りが、オセの顔面に入っただけでなく速度を保ったまま地面に叩きつける。

 地響じひびきのような振動と共に地面には亀裂が入って頭部が埋まり込んだオセはそのまま動かなくなった……。

「茶番はこれでおしまいにしてくれますこと! まがい物ごときにやられるほど、わたくしは安い女じゃありませんわ!」

 ウェパールが過去をえぐるために用意したはずの一手は、イザベラの強烈なプライドを刺激してより大きな炎を燃え上がらせるだけに過ぎなかった……。

『ふぅん、思ってたよりやるじゃない。残念だけど、私のも事情があってね。勝負は預けておくわ』

 気がつけば周囲には霧のようなものが立ち込め始め、次の瞬間には耳をつんざくような爆音と衝撃が二人の体を貫く。

 フリオもイザベラもそこからの記憶がとぎれ、意識が戻ったときには元の通路にいた……。

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