アウローラの秘密

 アウローラとアンジェラの二人もまた、暗闇の通路をアウローラのアルマブリュンヒルデ穂先ほさきに光のマナを集めた照明を頼りに歩を進めていた。

「それにしても、学園の下にこんな規模きぼ遺跡いせきが二つも埋まってるなんて、学生の頃には全然気づかなかった」

 アンジェラも長杖のアルマシェリアニアをすでに起動させて、いつ敵が襲ってきても対応できるようにそなえている。

「アウローラさんは初めてじゃないんだよね?」

「そう言われましても、わたしはマクシミリアンにさらわれて、ほとんど記憶がありませんでしたから。それよりも、早くあのバレフォルを探し出さないと」

 苦い記憶を強引にかき消して、アウローラは急ぎ足になる。

「焦るのはわかるけど、かえって危険よ。先生がちゃんと守るから」

「でも、アンジェラ先生は前に出て戦うタイプじゃないですよね。だったらわたしが先行した方がいいはずです」

 アンジェラの腕は以前の授業でよく知っていたが、あれはあくまで相手がディーノだとわかっている前提で戦術を組み立てられたのが大きい。

 不特定多数の敵との戦いを想定すれば、アンジェラの戦闘スタイルは接近戦に持ち込まれれば絶対的な不利をくつがえすことは難しいだろう。

 ただ、アウローラも槍の心得はあるが、あくまでも貴族が最低限の教育として習う儀礼ぎれいの型であり、ディーノやカルロのような実戦を通して鍛え上げられたものとは違う。

 アンジェラよりは比較的マシだと言うだけの話だった。

「やっぱり、わたしは守られなければいけないんですか? わたしの本当の地位がそうさせるんですか?」

 アウローラはアンジェラに問いかける。

 問いかけの本当の意味が、今の状況だけを指したものではないことを、アンジェラも悟った。

「それとこれとは別の話、あくまで私には生徒を守る責任がある。アウローラさんだけじゃなくて、今ははぐれたみんなのことも、初等部の子たちのこともね」

 アンジェラが授業の内容だけにとどまらず、普段から生徒ことを第一に考えて行動しているのはアウローラも良く知っている。

「あなたの立場だけを見て特別扱いしたがる人もいるのは確かだけど、何かあったの? なんでも言ってみて、そのための先生なんだから♪」

 アンジェラが明るい調子で任せなさいと言わんばかりに、腕に力こぶを作るようなポーズをとる。

「わたし、本当の自分を打ち明けたいんです」

「ディーノ君に?」

「え、ええっともちろんそうなんですけど! ディーノさんだけじゃなくて、み、みなさんもです。七不思議研究会の! でもイザベラさんは気付いたみたいで」

 アウローラは顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら、慌てて取りつくろう。

「今までずっと隠し通して来たのに、どう言う風の吹き回しなのか、先生も気になるところだけど」

「学園長先生の魔術で、イザベラさんと一緒に記憶をのぞいてしまいました」

 再会した時からずっと、ディーノがそれまで歩んで来た道を知りたいと思って来た。

 それまでも、決して平穏とは言えない時を過ごして来たことを示すものを、断片的ながらもこの目にして来た。

 だが、その真実をいざ知った時、アウローラは自分自身をかえりみて、身勝手だと思うようになった。

「わたしだけは肝心なことをなにも話せてないのに、一方的に知ってしまって、力になりたいはずなのに……ディーノさんはきっと、他にもなにかを抱え込んでるって顔をしてるのはわかるんです」

「自分が何もできない、って思ってるのね」

 新しいアルマを手にしても、心の世界へ入っても、アウローラの心には自責の念という名の暗雲ばかりがかかっていた。

「シエルさんやイザベラさんなら、もっと違うと思うんです。あんな風に歩み寄れたらって、わたしは臆病でずるいままなんです」

 あの二人は自分の感情に対して素直で、誰を相手にしてもまっすぐに飛び込んでいける。

 それが、自分との大きな違いだと。

 ふとしたことでも、足を踏み出すことをためらってしまう。

「うーん。先生は十分無茶してると思うけどなー」

 アンジェラの回答に、アウローラは困惑している。

「だって、ディーノ君の記憶に入り込むって学園長が言った時、なんのためらいもなく自分が行くって言い出したじゃない。もう忘れちゃったの?」

 アウローラは小さく首を横にふるが、それを言うならイザベラだってほぼ大差ない。

「そんなに気にしなくても大丈夫よ。思い悩むってことは、それだけ誠実でいたいってことの現れなんだから。心の底からそんな人だったら、ディーノ君だけじゃなくて、他の誰もアウローラさんと一緒にはいないわ」

 アンジェラにとってのアウローラは、生真面目で誰にでも分けへだてない接し方ができる数少ない生徒だった。

 学園でも生徒同士の身分や実力で生まれる差別は決して少なくない。

「それに、大人になったらわかるんだけどね。打算まみれの誠意ってどこにでもあるのよ。ってこれはアウローラさんも子供のころから触れて来ちゃってるか。それで自分も無意識にそうなんじゃないかって思ってるわけだ」

 それを聞いてアウローラは深刻な顔で黙りこくってしまう。

「ほら、そんな顔しない。落ちこぼれの先生が一つアドバイスをしてあげましょう♪」

 アンジェラはアウローラの口元を指で押し広げて、笑顔を作らせる。

「悪いことばかり考えて怖がってばかりいたら、本当は違ったとしてもいつかそれが現実になってしまうの。大切なのは信じること。なりたい自分があるのなら、きっとそうなれるって。それが前に進む力になる」

 アンジェラは才能に恵まれていたわけではない。

 本人いわく落ちこぼれだった頃には、今自分が言っていたように、毎日のように恐れを抱いて過ごしていたのだろう。

「今すぐは無理なら条件をつけて、できそうな事から始めるの。そうねー、まずはこの先まで行ってディーノ君を見つける事から。あとのことはそれから考えてみてもいいんじゃない?」

 アンジェラは笑顔でウインクする。

「本当にありがとうございます。こんな時に関係ないことで悩んでしまってるのに」

「ノンノン♪ 女の子にとって恋は戦いじゃない♪ それに、冒険同好会のあの子を思い出しちゃってね。フィノーライア王国に嫁いでから、元気してるのかなって」

 フィノーライアと言うのは北部山脈地帯を超えてはるか北に位置する、一年の半分近くを冬が占める国だ。

「それって」

「そっ、あなたのお姉さん♪ その金髪といい生真面目さといいそっくり。私が受け持ちになったのも、運命だったりしてねー」

 アンジェラはアウローラの知らない思い出に、感慨深かんがいぶかげな笑顔を浮かべていた。

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