なぜ君は、悪魔に魂を売ったのか?

 以前の地下教会も同様だったが、一本道の通路に罠のたぐいは設置されていない。

 ディーノとシエルは警戒をおこたらずに進んではいたが、逆に拍子抜ひょうしぬけもしていた。

 なんらかの仕組みがあって、後から手を加えることができないのか、あるいはディロワールたちにとっては罠などに頼らずとも力で排除はいじょできる虫ケラ程度にしか見られていないか。

 実際、あの亜空間に引きずり込まれれば、並の魔符術士まふじゅつしでは、生身の人間と大差ないほどに戦闘能力を発揮することはできない。

 あの新しいアルマがどこまで効力を維持できるのか、シエル曰く竜火銃ドレイガはその影響をほとんど受けないらしいが、不安材料は未だ多いままだった。

「ねぇディーノ……ちょっと思ったんだけどさ」

 本人には珍しく、自身のなさそうな声でシエルが問いかけてくる。

「なんだよ?」

 一方のディーノも、あまり踏み込まれたくないと言う本音が、そのまま聞き返す声の調子にも出てしまっていた。

「なんか、ここんとこ変じゃない? えっとさ、バレフォルと最初に戦った時から」

 それを聞いてディーノは何も言わずに歩くスピードを上げる。

「くだらねぇことくっちゃべってんじゃねぇ、一秒でも惜しいんだよ」

「あ、まただ! 初めての時と一緒! ディーノって面倒なことを聞かれるとすぐそれだよね?」

 シエルも足を早めながら食い下がってくる。

 だが、いくら突き詰められてもディーノはその態度を変えることはできなかった。

「ちょっとは言ってくれてもいいじゃない! みんなディーノのこと心配してるのに、いっつも突き放してばっかりで!」

「言ってどうにかなった試しなんかねぇよ……現実ってやつはどこまでも残酷だからな」

「なにそれ! 自分だけが不幸な経験してるんですーって言いたいわけ!? 誰だって悲しいことの一つや二つ抱えてるに決まってるじゃん!」

 ここが敵の根城かもしれないと言う認識も忘れて、大声の口論にまで発展してしまう。

 そうして足を進めていくうちに視線の先に光が見えた。

 一本道の果てに差し掛かり、同じく七角形の大広間へと二人は出てきた。

 頂点の柱には炎がかれており、周囲の様子もよく見える。

 自分たちが入ってきたのは正七角形の下の編部分に入り口があり、両隣には同様に入り口がある。

 もしかすれば、分断されたアウローラたちはバラバラの通路に飛ばされたと言うことか?

 ここが終点のなのか、それともさらに先があるのかわからないが、視線の先にはそんなことがどうでもよくなる存在がたたずんでいた。

『やぁ、我が城へようこそ♪ 歓迎しようじゃないか、学園を守る六人の英雄諸君!』

 もう何度も見た黒と赤のディロワールが、明らかに相手をおちょくるように丁寧なお辞儀をしてくる。

「てめぇの面をおがむのも、これで最後にしたいもんだな」

 ディーノはバスタードソードを抜きはなち、その刃が炎の光を鈍く反射させる。

「シエル、てめぇはすっこんでろ。つーかこの先を見るな全速力で後ろに戻れ」

「なに言ってんのよ! 一人で勝てなかったんじゃない!」

「あの時は人質がいたからな。一人の方が戦いやすい」

 シエルはあの場に居合わせたわけでも、直に戦いを見ていたわけでもなく、それを利用してやり込めようと、強引に前に踏み出した。

 たどり着くまでの口論で生じた亀裂きれつは、未だ修復するきざしもない。

『おやおや、仲間割れかい? レディーの扱いがなってないねぇ♪』

「バカルロみたいなこと言わないでよ!」

 シエルは片手に竜火銃、もう片方に起動させた短杖のアルマシレーヌを構えてバレフォルに狙いをつける。

 学生服が変化した魔衣ストゥーガは、西方の大陸で開拓民の秩序を守るあいかわらずの保安官シェリフの姿だ。

『ははははは、これは傑作だ。ディーノはまだ話してなかったのかい?』

 バレフォルは笑っていた。

 そして、その体が炎と同じオレンジ色の光を放ちながら、次第に人間の姿をさらけ出し始める。

「やめろ……やめろォォォォォッ!!」

 ディーノは獣じみた叫び声を張り上げながら、バレフォルへ突進し斬りかかった。

 激情にかられたフォローを全く考えない大ぶりの一撃は、不意打ちでもしない限りよけるのはたやすい。

 バレフォルは後ろへと大きく跳びのきながら、その姿が人間のものになっていく。

 それは、ディーノが抱いていた懸念が真実であると声高こわだかに主張していた。

 できることなら信じたくはなかったことが、とうとう現実に、それもシエルの前で明らかとなってしまった瞬間だった……。

「え? ちょっと、なにやってんのよ……冗談だよね?」

 シエルは目の前で起こったことを、フラットに解釈して飲み込むことなど到底できないでいた。

 その手足はふるえ、スカイブルーの瞳孔どうこうは大きく開き、口元には入り混じる感情が苦い笑みを浮かばせていた。

「冗談で済ませられれば、お互い幸せなんだけどねぇ♪ 残念なことにさぁ……」

 いつもの調子のいいおどけた声で語りかける口調がそこで途切れる。

「大マジなんだよねぇこれが」

 そして、凍りつくような冷たい口調で、カルロはシエルとディーノに向けて言い放った。

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