なぜ君は、悪魔に魂を売ったのか? −2−

 ディーノもシエルも、突きつけられた真実を未だ受け止めきれずにいる。

 目の前にいるのが本当にカルロなのか?

 たとえば、他人に化ける能力を持っているか、魔符術まふじゅつを用いて、カルロの姿を借り、自分たちの混乱こんらんを狙っている。

 今までディーノたちにも知らせず、ひそかに一人で探りを入れていた。

 そうでない可能性を頭の中で羅列られつさせながらも、希望的観測にすぎない。

 こんな時こそ冷静にならなければ、敵の思う壺だ。

「あーあー、わかるよ。二人ともできることなら信じたくないって顔に書いてある。なんだったら、僕が本物だって証明しようか?」

 カルロは言葉遣いこそ普段とさほど変わっていないが、その表情にいつもの軽い笑顔はない。

「中等部に入学して一ヶ月ぐらいだったっけ。シエルちゃんが旧校舎で小窓にはまっててさぁ。確か水色のちょっとおしゃれなパンツはいてたよね?」

 ディーノでは知るよしもないことだったが、シエルの方にちらりと視線を向けると、カルロの言ったことは間違いではないのだと言うことは分かった。

「そんで僕が引っ張り出したら、思いっきり顔を蹴っ飛ばされて、それからシエルちゃんがスパッツはくようになったっけなぁ」

 懐かしさにふけった思い出話のように語るカルロを見ていると、本当にここが敵の根城であり、同時にバレフォルの正体なのか疑いたくなってくる。

 シエルの手は震えたままで竜火銃ドレイガの銃口をカルロに向ける。

「いくらなんでも、そんなに震えてちゃ当たらないよ。いっその事もっと撃ちやすくしてあげようか?」

 カルロは学生服の内側からアルマとは違う何かを、ディーノが視認できないほどの速さで抜き放ち、なにかが破裂したような音が響く。

 凝縮ぎょうしゅくされた炎がディーノの横をすり抜け、シエルが左手に持っていたシレーヌをはじき飛ばしていた。

 カルロの右手に握られていたのは、銃口から撃った後の煙を吐き出す、一挺いっちょうの竜火銃だった。

 六連発の機構きこうを備えたそれは、シエルが持っている竜火銃と全く同じものだ。

「これで分かっただろ? シエルちゃんが長年探し求めた人が、今どこにいるのかさ」

「まさか……そんな、あんたが……兄さんを?」

 シエルの足は力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。

 カルロによって突きつけられた真実は、シエルの戦意を奪ってしまうには充分すぎた……。

「カぁぁぁルロぉぉぉッッ!!」

 ディーノが動く。

 バスタードソードの刃が一撃でカルロの首を落としに、横一文字の軌道きどうを描いた。

 カルロはそれを難なくかわしながら竜火銃をあっさりと手放し、アルマを起動させた。

 学生服が赤いローブ状の魔衣ストゥーガに変化し、両手に握られた二振りのショートソードを交差させて一撃を受け止めた。

「うっわぁ、いつにないぐらいの激おこっぷりだねぇ♪」

「てめぇ、いつから裏切ってた!」

 バスタードソードの連撃を怒りと力任せに叩き込むが、カルロはそれを難なくいなしてしまう。

「裏切ったなんて、人聞きが悪いなぁもう。僕はもともとこっち側、誰も裏切ってなんかないよっ!」

 上半身を狙って攻撃が集中しているディーノに、カルロは隙だらけになった胴に蹴りを入れる。

『「ファイア」「射撃シュート」「拡散ディフュージョン」 ”炎の散矢フレイムショット”』

 両者の感覚が開き、カルロが炎の魔術を発動させた。

 炎をり上げた無数の矢が、ディーノに向かって放たれる。

 ディーノはバスタードソードを盾のように体の前に出しながら、加速を止めずまっすぐに前進する。

 頭と心臓だけを刃で隠し、そのほかの急所に当たりそうな矢は体のひねりだけで致命傷をギリギリでずらす。

 今のディーノは魔衣さえも展開することはできない。

 ただの学生服が炎の矢に引き裂かれ、穴が開き、それでもディーノはカルロを一撃で斬り殺すためだけに、決して退く事はない。

 魔降術による稲妻も、身体能力の強化もない、ただの剣士の一撃はカルロにとってかわす事は造作ぞうさもなかった。

 熱で焼かれる熱さも、体を走る痛みも、ただの人間と大差ない今のディーノなら耐えきれなくてもおかしくはない。

 だと言うのに、ディーノの目は死んでいなかった。

 むしろ、内に秘めた激情げきじょうはカルロに向けられたままだ。

『「高熱ヒート」「三倍化トリプル」「駿足ファスト」”真紅の連刃スカーレットエッジ"』

 カルロが魔術を発動させ、炎とまとう高速の六連撃がディーノに襲いかかる。

 ディーノは一撃目が肩に入るギリギリのタイミングでバスタードソードのつばを当てていなし、バックステップで二撃目をかわし、三撃目、四撃目が右腕と左脚をかすめながらも、心臓と首を狙った五撃目と六撃目は、バスタードソードから手を放して石畳いしだたみのすき間に突き立て、素手で刃の根元をつかんで受け止めた。

 両手の平から鮮血がしたたり落ち、ジュウジュウと刃の熱で肉が焼け焦げていく。

 ディーノはうめき声すら上げずに歯をくいしばり、カルロをにらみつけた。

「なんで……。そんな目ができるんだよ」

 魔降術を失い、ただの人間の剣士でしかないにも関わらず、ディーノは戦うことを決してあきらめていない。

 ディーノは上半身に反動をつける。

 両手がふさがってなおできる攻撃の選択肢はせまく、普通に考えればまずやる事はない。

 だからこそカルロはその発想がなかった……。

 鈍い衝撃がディーノのひたいとカルロのあごへ同時に走っていた。

 ディーノはカルロの顎に向けて、ためらう事なく頭突きを入れたのだ。

 たとえ、決定的なダメージが行かなくても、突然の奇策きさくはカルロをひるませるには十分だ。

 ディーノは両手を放して左手はカルロの袖口をつかみ、もう片方の手でバスタードソードを再び握りしめて、一撃を振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る