なぜ君は、悪魔に魂を売ったのか? −3−

 決まったと思った瞬間だった。

 そでをつかまれてよけきれないと悟ったカルロは、そのまま前に踏み込み、バック宙の要領ようりょうでディーノのあごり上げていた。

 両手がふさがっていたディーノは、無防備な状態でもらって天をあおがされ、袖から手がはなれてしまう。

 脳をタテにらされたせいで、平衡感覚へいこうかんかくがおぼつかなくなり、かろうじて両の足で立っているが、カルロは容赦ようしゃなく追撃ついげきねらってくる。

『「ライト」「シャドウ」「分裂スプリット」”幻影雑技ファントムトリック”』

『「高熱ヒート」「三倍化トリプル」「駿足ファスト」”真紅の連刃スカーレットエッジ"』

 二つの魔術を同時に使用した瞬間、カルロの姿が三人に増える。

 バスタードソードだけは手放さずに防御に移ろうとするが、反応が遅すぎた。

 放たれた炎の剣による十八連撃は、その三分の二が幻影、本命の六連撃全てが防御も回避もできない死角からディーノの急所めがけて襲いかかった。

「ぐああああっ!!」

 切り裂かれた傷口は同時に炎で焼かれ、飛び散る鮮血の雨が周囲を赤く染めあげる。

 だが、ディーノはそれでもまだバスタードソードを杖代わりに立っていた……。

 ゲホゲホと咳込せきこんで血を吐きながらも、紫の瞳はなお戦意を失うことなく、カルロをギロリとにらみつける。

 圧倒的優位は動かないはずのカルロが、その目に射抜かれた瞬間、人でない何かを見たかのように後ろへと下がる。

 ガクガクと震えながらも、ディーノはバスタードソードを再び構えてじりじりと下がるカルロを追う。

「く、来るなぁっ!!」

 おくしたカルロはめちゃくちゃに剣でディーノを切りつける。

 それは今までの流麗りゅうれいな型が見る影もないほどだった。

 魔降術まこうじゅつも使えない、学生服は魔衣ストゥーガにもならない、致命傷ちめいしょうになるほどの攻撃を食らっているのに、カルロはディーノを殺せる気がまるでしなかった。

 まるで、不死身の怪物や亡者もうじゃでも相手にしているような錯覚さっかくを覚えるほどだった。

 ディーノは攻撃をもらいながらも前進を止めず、バスタードソードは渾身こんしんの力で振り回される。

「ごふっ!!」

 横薙よこなぎの一撃が、カルロの左わき腹に向かって初めてまともに入り、口から唾液だえきを吐きながら悶絶もんぜつする。

 魔衣ストゥーガの防御力を貫通かんつうするにはいたらなかったが、それでも打撃による衝撃はカルロの動きを鈍らせる。

 攻守が入れ替わったように、ディーノはこの機を逃さずに追撃をみまう。

 右の肩口に向かって刃を振り下ろし、鈍い音が響くと、カルロの手が握り込む力を失ってショートソードが落ちる。

「お前は……お前はぁっ!」

 力任せのがむしゃらな連撃は残ったもう片方のショートソードだけでは到底とうてい止めることなどできはしない。

 カルロの胴に向かって叩き込まれ、踏ん張る力もなくなったカルロはそのまま壁にまで押し込まれて行く。

「違うと思っていたのに! 本物だと思っていたのに!」

 カルロの体が石壁に背中から叩きつけられながらも、ディーノは攻撃の手をゆるめることはない。

 これでディーノが魔術を使えていれば、カルロは今ごろ人間の原型を留めていない肉片となっていてもおかしくはなかった。

 もう何度目かもわからない剣撃で、カルロの口から血反吐ちへどがまき散らされ、炎のような赤の魔衣は見る影もなく汚れていく。

 もはや、ディーノがバスタードソードでその頭を叩き割るのは時間の問題だと思われたその時、突然握りしめていた剣を手放した。

 困惑するカルロだったが、反撃に転ずる余裕などディーノは与えない。

 ディーノは左手で胸ぐらをつかんで引き寄せ、今度は拳を顔面に叩き込んだ。

 一発、二発、三発、四発、拳が振り抜かれるが、その途中でディーノは力が抜けて血を吐き出す。

 ディーノもまた、カルロから受けたダメージによる限界をとうに超えてしまっていた。

 それでも今まで耐えていたのは、精神が肉体を支えていたからだ。

 時間が止まってしまったように、戦闘が硬直したのは一瞬で、再びディーノがゆっくりと拳を振り上げる。

「僕が憎いだろ? 打ってこいよ……っ!」

 かろうじて出た言葉をさえぎるように、ディーノの拳が叩き込まれる。

「俺の、ことなんか、どうでもいいんだよっ!」

 さらに拳を入れながら、ディーノの口は言葉を紡ぎ出す。

「許せねぇのは!」

 鈍い音がまた響き、一発入れるたびにディーノの拳にも痛みが走る。

「お前が! シエルを、踏みにじってたことだっ!」

 すっかり頭の外に追いやってしまっていた名前を出されて、カルロの表情がゆがむ。

 ディーノの後ろにいるシエルは、ただ呆然と戦いを見ていた。

 いや、視界に収めていたとしても、それを認識できているかも怪しかった。

「なんだよ? まさかの…シエルちゃん狙い? それともウハウハ…ハーレムに…目覚めちゃった?」

 限界を超えていたカルロは、薄笑いの表情すら浮かべられたのかもわからないまま、いつもディーノをからかう軽口を叩く。

「お前は、なに背負ってんだよっ!」

 もう何発目かも忘れた拳を入れながら、ディーノはむき出しの感情をぶつける。

「なんで、そんな目、してんだよっ! 答えろ! お前の、本当の、心を! 教えろよっ!」

 殴り続けるディーノの顔もおぼろげになったカルロは、信じられないものを見た。

 それは、ディーノの目からうっすらと浮かぶ涙だった。

(……怒りでも憎しみでもなかった。ディーノは、悲しいから戦ってるんだ)

 今まで見えていなかったものに気づき、カルロは殴られながらも、抵抗する意思さえも失っていた。

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