なぜ君は、悪魔に魂を売ったのか? −4−

「どうして……どうして……」

 ディーノとカルロが、闘技祭とうぎさいの時とは比べ物にならない、本気の殺し合いを初めてしまったという現実を、シエルはただ唖然あぜんとして見ていることしかできなかった。

 あの時のような、見ている者がせられるような戦いとはまるで違う。

 目をそむけたくなるほどのおぞましさだけが存在する、血で血を洗うような地獄の光景がそこにあった……。

 だが、ディーノは魔術を全く使わずに、カルロを圧倒し始めた。

 攻撃を食らっているのに、まるで効いているとは思えないほどで、最後には剣さえも使わず拳だけで一方的に殴りつけていた。

 そこまで見ていて、シエルは停止しかけていた思考が元に戻り始める。

 このまま傍観していていいのか?

 放っておけば、ディーノは間違いなくカルロを殺してしまう。

 言葉をそのまま信じるなら、カルロこそが大切な兄の仇、その事実は同じ竜火銃ドレイガをカルロが持っていることから明らかなはずだ。

 しかし今、シエルの頭の中には本当にそうなのか? と言う疑問が湧いている。

 わざわざそんな宣言をする必要があるのか?

 合理的に行くなら、自分が敵だなど声高に歌いあげるよりも、適当な理由をつけて人気のない場所へ誘導ゆうどうし、油断しているすきを狙って始末した方がよっぽど効率的だ。

 現に当のカルロは、ディーノの感情に火をつけて自分が追い詰められる結果になっている。

 しかも、ディーノは魔降術を使っていないのも不可解だが、カルロがバレフォルならさっさとあの亜空間に自分たちを引きずり込んでしまえばいい。

 わざわざ、生身で魔術の打ち合いをする必要すらもないはずだ。

 裏の裏まで考え出せばきりがないのだが、少なくとも今の段階ではに落ちない点が多すぎる。

「止めなきゃ……」

 それが、シエルの出した結論だったが、自分一人でどうやって?

 可能な限りの知恵を振りしぼらなければならない。

(竜火銃で威嚇射撃いかくしゃげきする?)

 いや、中途半端な方向を狙っても、光と音だけで今の頭に血がのぼったディーノが止まるとは思えない。

 かと言って当てるか外すかのギリギリを狙えば、両者が近づきすぎていて、しくじればどちらかに当たる危険性がある。

 攻撃して強引に止めるのは却下だ。

(そうだ、あたしのアルマ)

 カルロの射撃で取り落とした短杖シレーヌを拾いに行く。

 自分が持っている魔術はサポート用に特化させてあるが、そのうち使えそうなものはあったかを洗い出す。

 一つは、授業で構成した”戦いの歌ファイティングソング”、これは一緒に戦っている仲間の戦意をメロディーで高揚こうようさせる魔術、今の状況では逆効果だ。

 二つ目は、以前から使っていた、声を爆音に変えて衝撃波で攻撃する魔術、だが耳をふさぐ余裕などあるはずもない二人の耳を潰す、これも却下だ。

 三つ目の魔術は……。

「これだっ! 行くよ、シレーヌ!」

 シエルの隣に小さな人魚の製霊せいれいが現れる。

『「ウォーター」「音楽ミュージック」「睡眠スリープ」”癒しの子守唄ヒーリングララバイ”』

 シエルとシレーヌが自らのマナでその歌声に魔術の効果を乗せて、歌い始める。

 魔術がなくても、もともと歌は得意分野だった。

 歌声は広間全てをまたたく間に包み込み、そこが学園の地下でなく、この場に第三者の聴衆ちょうしゅうがいれば、人魚の住まう母なる海のどこかへ変わって行くと錯覚したことだろう。

 単に魔術の効果だけの話ではなく、シエル自身が持っている歌の力が、この空間そのものに影響を与えている。

 その影響を最も受けるのは、視認することのできる同じ空間にいるディーノとカルロであることに間違いはない。

 抵抗しようと思えばいくらでも手はあったが、戦うことに意識が集中していた二人は、精神的にも無防備むぼうびな状態でシエルの魔術は通る。

 ディーノがカルロを殴る手の動きはピタリと止まってカルロに覆いかぶさるように倒れこみ、そして殴られ続けていたカルロもそのまま寝息を立て始めた。

 万全の状態で一対一で戦うとすれば、こんな魔術を組み込む意味はない。

 あくまで乱戦になった時に戦況せんきょうをかき乱すために作っておいたものだが、意外なところで役に立ったと、シエルは胸をなで下ろしていた。

「シエルさん!」

 自分が入ってきた入り口の向かって左にある通路から聞こえてきたのは、よく知っている相手の声だった。

「アウローラ! アンジェラ先生! 無事だったんだね!」

 見知った顔に安心しきったシエルは今度こそ足の力が抜けてへたり込んだ。

「歌が聞こえたから、急いで走ってきたのよ。怪我はない?」

「あたしは大丈夫、それよりも……」

ひらけた場所に出ましたわね」

 最後の出口から、フリオとイザベラが姿を現した。

「ディーノ君と、カルロ君!? 一体何があったの?」

「と言うより、なんで二人そろって寝てますの!」

 フリオとイザベラは今までの状況を全く知らない。

 二人でそれぞれの体を担いで、シエルたちの近くで仰向あおむけに寝かせる。

「それは、いろいろとワケがあるんだよ。ねぇ誰かロープ持ってない? あったらそれでバカルロをしばって」

 四人とも訳がわからないと言う顔をしていたが、シエルの様子を見る限り冗談でないことはわかったようだった。

『それじゃあ、あたしにおっまかせ♪』

 ドリアルデとフリオが持っていた種を急成長させてつたを適当な長さまで伸ばすと、カルロの体に巻きつける。

 そして、シエルはカルロの腰に固定してあったアルマのデッキケースを抜き取った。

「とりあえず、アウローラはディーノたちの傷を治して。そしたら起こそう。聞きたいこといっぱいあるから……」

 シエルは、疑いの目を向けられながらも指示を出すも、その表情は沈んだままだった。

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