なぜ君は、悪魔に魂を売ったのか? −5−

 拳をカルロの顔面に入れるたび、痛みが一つ増えていく。

 殴りつけている手の痛みではなく、胸の奥がズキズキと、これまで感じたことのない痛みだった。

「カルロぉっ!!」

「きゃあっ!」

 シエルの魔術から目を覚ましたディーノが耳にした第一声は、起き上がった自分に驚くアウローラの悲鳴だった。

「アウローラ!? どうしてここに? カルロはどうした?」

 周りを見回せば、自分の隣でつたしばられたまま眠っているカルロと、フリオとイザベラとアンジェラが周囲を見張り、アウローラが傷の治療をほどこしてくれていた。

 シエルはカルロが持っていたものだろう、もう一挺いっちょう竜火銃ドレイガを自分のものと見比べている。

「やっと起きたねディーノ」

「一体何があった……俺に何をした?」

「あたしが眠らせたんだよ。あのままだったらカルロのこと殺しちゃいそうだったから」

 シエルの一言に、ディーノ以外の全員に衝撃が走る。

「ディーノさん、どうしてそんなことを?」

「裏切り者を許す気なんか最初からねぇよ。それ以外に何かあると思うか?」

 アウローラの問いに対して、ディーノはいつもの態度で突き放す。

 本当のことを話したとしても、それは別の悲しみを生むことしかできないことがわかりきっているからだ。

「ほんと面倒だよねー♪」

 いきなりかけられた声に、その場にいた全員が驚く。

「カルロ君、いつから起きてたの!?」

「ロープで縛ってのあたりから♪」

「ほぼ最初からじゃないですか!!」

 しれっと言い放つカルロに、フリオとアウローラが思わず叫んだ。

「まぁいい。てめぇには聞きたいことが山ほどあるからな」

 ディーノは無造作に落ちていた自分のバスタードソードを拾ってきて、刃をカルロの首筋に当てる。

「ディーノさん、あまり手荒てあらな方法は」

「だから全員後ろ向いて耳ふさいでろ。質問は拷問ごうもんに変わるかもしれないからな」

「はいストップ」

 アウローラの制止も聞かず、誰も彼もを威圧いあつするような口調ですごむディーノに、アンジェラが横槍を入れた。

「先生は、生徒同士でそう言うことをするのは見逃せないからね。それに、一番聞きたいことがあるのはシエルさんじゃない?」

 どうやら、大まかな事情はディーノが眠っている間に話していたようだ。

「妙なマネをしたら、即斬る」

 ディーノは渋々と吐き捨てて、バスタードソードを首筋から遠ざけた。

 そして、シエルは改めてカルロと対峙するが、言葉が見つからないのか、視線をチラチラと泳がせながら、言い出せずにいる。

「聞きたいことはわかってるよ。君の兄さんを本当に僕が殺したか」

 ごうやしたのか、カルロが先に口を開いた。

「さっき本当のことは言ったはずなんだけどなぁ」

「それが嘘くさいから聞いてるの! そもそも、あんたバレフォルじゃないでしょ?」

 シエルの返しに、今度はディーノの顔色が変わる番だった。

「ちょっと待て、俺は何度も戦ってる。炎の魔術といい戦い方といい、こいつ以外に誰がいるんだよ?」

「じゃあ、なんでさっきあたしたちをあの不思議空間に引きずりこまなかったの?」

 ディロワールが魔術を阻害そがいする亜空間を作り出し、そこに人間を引きずりこむことは常套手段じょうとうしゅだんだ。

「そっちの方が手っ取り早いし、わざわざ戦うより味方のフリして後ろからバッサリやる方が楽じゃない。ディーノみたいに実戦慣じっせんなれしてなくても、これくらい想像つくよ?」

 シエルの指摘にディーノは黙った。

 感情的になりすぎていて、視野がせまくなっていたことを、今さらになって思い知らされた気分だった。

 もしも、シエルが正しいのなら、カルロは自分からぎぬを着ていることになる。

「ディーノだって、本当は薄々感じてたんじゃないの?」

「だから殺せないってのはただの理想だ。ほっとけば他の奴に被害が及ぶ」

 少なくとも、世界はそんな生易しいものでもないし、人間はどこまでも残酷だ。

「こう言うのは、そっとしといてあげるのも優しさってもんだよ。僕を殺せるのは自分だけだって必死に耐えてたみたいだべふぁっ!!」

 皮肉混じりに口を挟んでくるカルロの顔面をディーノは躊躇ちゅうちょなくり飛ばした。

「てめぇ、それ以上人を茶化すんだったらもう一回ぶっ潰す……」

「ディーノさんはしばらく口を閉じていてください! イザベラさん、鞭があるならそれでしばってもらえませんか?」

「それなんですけど、わたくしさきほど契約したのでアルマは使えませんわよ?」

『ええっ!?』『何だとっ!?』

 イザベラの一言がさらに事態を混乱におとしいれる。

「お前正気か! この間のこと忘れたのか! 一歩まちがえば今度こそ後戻りできなくなるんだぞ!」

「わかってますわよ! わたくしはあなたの力になりたい! それに、そうなったらあなたは放っておくんですの?」

 イザベラはディーノに向かって堂々と言い放つ。

 契約はシュレントに対してだけでなく、ディーノに対する信頼を証明するためのものだと言い聞かせるように。

「ちょっとイザベラもディーノもうるさい! 続き聞けないじゃん!」

「僕としてはこの三角関係は見てるだけで面白いんだけ『あんたも黙れっ!』どぐはぁっ!」

 二人のやりとりで集中力をかき乱されたシエルが叫び、それを茶化すカルロを蹴り飛ばしていた。

「はぁ……」

 そして、その場の流れを傍観ぼうかんしてため息を付いていたのは……。

「全員頭を冷やしなさーいっ!!』

『「ウォーター」「落下フォーリング」「圧力プレッシャー」”鎮圧の瀑布サプレッションウォーターフォール”』

 アンジェラが魔術を発動させ、その場の全員の頭に大滝のような水が降り注いだ。

「なんで僕まで……」

 そして巻きぞえを食らったフリオは、その理不尽さをぼやいていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る