アンジェラの決断

「旧校舎の教室かぁ、懐かしー。先生も学生の頃ここを部室って言うか同好会で使ってたなぁ」

 シエルとフリオは学園七不思議研究会で使っている教室にアンジェラを連れてきた。

 彼女の学生時代はまだこの後者しか存在していなかったと聞いている。

「けど、実際に七不思議なんてあったのかは先生もわからないんだけどね」

 アンジェラなら自分たちの知らない学園の秘密にせまれる情報を持っているかもしれないと思ったが、やはり七不思議自体は眉唾物まゆつばもの噂話うわさばなしの域を出ないもののようだ。

「さて、思い出にひたるのもほどほどにして、きっちりと話してもらうからね」

「……先生は誰にも話さないって約束してくれる?」

 シエルの口調はいつもの明るさがなりを潜める。

 それが尋常じんじょうでない事態だとアンジェラも察したようだ。

「わかった……あなたたちに先生を信じてもらうにはそこからね。でも学園長にはさすがに話すよ」

 聞けばアンジェラはマクシミリアンの一件から、学園長直々じきじきに頼まれ黒い宝石を調べていたようだ。

「シエルさん。話した方がいいと思うんだ。僕たちだけじゃ限界があるよ」

 フリオの言うことにも一理ある。

 観念したシエルはこれまでの戦いをかいつまんで説明しなければならなかった。

「まさか、そんなことになってるなんて……」

 マクシミリアンだけでなく、フリオをいじめていたモンテ、レノバ、アルベの三人組、さらにイザベラ。

 ここまで五人の生徒がバレフォルと名乗ったディロワールという怪人に、黒い宝石を埋め込まれ、同族にされようとしている。

「ディロワールって帝国時代の異民族だと思ってたんだけど」

 マクシミリアンに取り憑いていた敵の言い分にすぎず、信憑性しんぴょうせいは定かではないが、現に魔獣とも人間ともつかず狡猾こうかつな知恵を有する怪物は実在している。

「とにかく、そいつらが初等部の子たちをさらったってことは間違いないのね」

「あたしたちは別の教室だったから、アウローラとイザベラ経由で聞いただけだけど、もしかしたら、マクシミリアンのときみたいに、学園のどこかで監禁してるとか?」

 マクシミリアンがアウローラを誘拐した地下教会は七不思議の一つに関係していた。

 今のところ、他に直結しているような事件は思い当たらないが、アンジェラの時代にもなんらかの事件があった可能性はゼロではなかった。

「どんな七不思議があったんだっけ?」

 アンジェラの質問に答えるために、シエルは奥の本棚からノートを取り出そうとしたのだが、いっしょに別の本が出てきてしまいそのまま落ちてきた。

「あれ、なんだろこれ、アルバム? えーと”冒険同好会の思い出”だって」

 シエルがタイトルを読み上げて表紙を開いてみる。

「先輩で使ってた人がいたのかな?」

 フリオも興味深そうにのぞいてくる。

 貼ってあった写真には、男女それぞれ三人ずつ、計六人の学生が楽しげに笑い合っている写真だ。

 人数的にはしくも今のシエルたち七不思議研究会と一致している。

 写真はセピア色で何年前のものかもわからないが、仏頂面の男子と軽そうな男子が今のディーノとカルロのような雰囲気を思わせるし、女子にもアウローラのような清楚な雰囲気の女子がいるのだが……。

 さらに見覚えのある、と言うよりもまさに今身近にいるのではないかと思わせる女子が一人。

 写っているのは全員おそらく魔衣ストゥーガを身にまとっているのだろう。

 色までわからないが、その少女はハイレグのレオタード姿で美脚を大胆に露出しており、人並み以上に胸もあるわがままな体系、ウェーブがかった長い髪とつり目がアクセントになった美少女なのだが……。

「ねぇ、ここに写ってるのってアンジェラ先生?」

 写真を見せたシエルの無邪気な質問に、アンジェラの顔は一気に青ざめていく。

「いやあああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」

 金切り声に近い悲鳴が教室に響き、アンジェラは今までに見ないほどの俊敏しゅんびんな動きでアルバムを取り上げた。

「み、見るの禁止ーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 アルバムを抱きしめてそのまましゃがみこみ震えながら、呪詛じゅそのような言葉をブツブツとつぶやき始める。

「だって、だってあの頃は先生だって若かったんだもん……。あいつに振り向いてほしくって色々と試行錯誤してたら、いつの間にかあんなになっちゃって引っ込みつかなくなっただけだもん……」

 どうやら、踏み込んではならない深淵しんえんに足を踏み込んでしまったらしく、シエルとフリオは複雑な気持ちだった……。

「い、いちおう、こっちが七不思議のノートなんだけど」

 強引にでも話を戻そうと、シエルは本来の目的だった七不思議をまとめたノートをアンジェラに見せた。

「おほん! いい、シエルさんにフリオ君? 女の子はいくつになっても秘密を抱えるものだってことを今後のために覚えておいてね。もし言いふらそうとした時は……わかるね?」

 アンジェラの笑顔は、見ているだけで背筋が凍りつくほどの殺気と威圧感いあつかんを二人に向けて放っていた。

『は、はいっ!』

 そのただならぬ空気に気圧けおされて、二人はビシッと姿勢を正して敬礼までして答えた。

「さて、マクシミリアンの一件で見つかった教会は除外して、残りは六つの不思議ね。ん?」

 ページをめくっていくうちに、アンジェラは不意にその手を止めた。

「この”開かずの教室”は昔、先生が通ってた教室ね」

「それ初耳、いつから開かなくなったの?」

 アンジェラは自分の記憶をさかのぼって答える。

「多分、先生が三年生になるあたりだったはずよ。二年生の終わりまで通ってて、その間に鍵が紛失したはず」

「夏休み中に用務員さんが持っててなくしたとかかな?」

 フリオがもっともな可能性を口に出すのだが、それだとしても予備の鍵までなくなってしまったらしく、不自然だ。

「それじゃあ、老朽化が進んで閉鎖されたとかは?」

「今の姿しか知らないならそう思うけど、あの時は改修工事もしたばかりだったはずよ」

「でも、今は入れないと思われてる場所なら、何か細工をしていてもおかしくはないんじゃないですか?」

 フリオの一言で、シエルの頭には雷鳴が走ったかのように表情が変わった。

「それだよ! 少なくとも何も調べないよりはいいよね。じゃあ早速」

「待って。生徒二人だけで行かせるわけにはいかないし、まだディーノ君たちの容体もわからないのよ? 今日のところは寮に戻りなさい」

 シエルは納得がいかないと言わんばかりの視線を向けているが、アンジェラも頑として譲らない。

「それに部活は顧問の先生がいないと認可されません」

「わかってるってば! まだ同好会なんだから別に許可なんかなくても」

「だから、私が顧問になる! 無茶をする生徒を放ってなんか置かないからね!」

『ええぇっ!?』

 想像だにしなかったアンジェラの一言に、シエルもフリオも驚かずにはいられなかった……。

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