黄昏に燃える黒い炎

 夕暮れが近づき、上がって来る生徒もいない新校舎の屋上に一人の影があった。

「バレフォルってばやってるやってる♪」

 ショートボブの茶髪にメガネ、首から下げた写真機カメラがトレードマークとして知られる新聞部の部長、テレーザ・フォリエだ。

「これが今回の作戦ってわけかい?」

 校舎内への出入り口からさらにもう一人の男子が顔を出す。

「今まで泳がせてたわけだけど、あいつの正体が君だと思っている間の方がつぶしやすそうだし。ねぇ、カルロ?」

 カルロの顔は女子を前にしているにもかかわらず、いつものうわついた表情は消え、向ける視線は冷ややかにテレーザを見つめていた。

「そんな手に引っかかると思ってる? ディーノは相手が僕でも殺せるよ。あの目を見れば、根本的に人間を憎んでるって嫌でもわかるもんさ」

 そう評するカルロに、テレーザはさも意外だと大げさに驚く仕草を見せる。

「ずいぶんな自信ね。でも、あたしとバレフォルはそう思ってないんだなぁこれが♪」

 勝ち誇るテレーザは言葉を続ける。

「どんなに強い力を持ってたって、あくまでも人間なんだもの、心と言うとてももろい弱点を抱えていることに変わりはない。フリオくんの憎しみを育てるために三人組をおとしいれて潰し合わせる予定だったのに、意外なところで持ち直しちゃった時はどうしようかと思ったよ。うまく行ってたら彼がディーノくんにおそいかかって面白そうだったのに」

 互いの憎しみをあおり立てることが、ディロワール化させるさいに効率がいい。

 憎しみが強くなればなるほど、闇の誘惑を振り切ることが難しくなっていく。

 カルロはディーノたちに善意だけで行動したわけではなく、テレーザの行動をサポートする事を余儀よぎなくされていた。

「ディーノくんは、今ごろバレフォル特製の呪法じゅほうで悪夢の世界をさまよっている。果たして目覚めるかどうか」

「ふーん、で、ソフィアちゃんとレオーネくんは万が一の時の人質ってわけ?」

「ふふふ♪ それはこれからのお楽しみ♪ どうしたのかなぁ? カルロってば浮かない顔しちゃって」

 カルロの手は、両手の爪が手の平の皮を破って血を流しそうになるほどに強くにぎり込まれる。

 これは闘技祭のようなルールのある正々堂々とした試合じゃない。

 敵の弱点を調べ上げて利用し、弱らせて弱らせて、合理的に仕留める。

 戦略的には正しく、そもそもカルロにとがめる権利はない。

「もしかして、頼まれたこと忘れちゃったの? いいのかなぁ? お仕事投げ出しちゃって」

 カルロがディーノやシエルに近づいたのは、決して偶然ぐうぜんでもなければ義理人情のたぐいではない。

「あの子たちを見て思い出しちゃった? この学園に通わせてもらえるぐらい何不自由ない子たちだよね。あの子達の家にある財産の半分どころか五分の一でもカルロの家にあれば、カルロの大事な人たちが冬の間にひもじい思いをしなくて済むと思うと、世の中って不公平だよねー♪」

「……まれ」

「どったの?」

「黙れ……っつったんだよっ!!」

 カルロはアルマを発動させ、炎のまとった二本のショートソードをテレーザに向かってためらいなく振り抜いた。

 それを先読みしていたのか、テレーザは体捌たいさばきだけで難なくかわし、大きく飛びのいて距離をとった。

 しかし、カルロはその方向へ向かって踏み込み一気に距離を縮める。

『「高熱ヒート」「三倍化トリプル」「駿足ファスト」”真紅の連刃スカーレットエッジ"』

 そのまま間髪かんぱつれずに、火のマナを帯びたショートソードによる高速の六連撃がテレーザに襲いかかり、テレーザを輪切りにした。

 だが、その姿は半透明の影となって消えてしまう。

「もう、レディーに向かって手荒だね〜。そう言うのって、カルロの信条には反するんじゃないの〜?」

『「ファイア」「射撃シュート」「拡散ディフュージョン」 ”炎の散矢フレイムショット”』

 カルロの返答はアルマから放たれた無数に拡散する炎の矢だった。

 しかし、テレーザに直撃したはずの矢はそのまま体をすり抜けてしまう。

「んもう、何をそんなに怒ってるのかなぁ〜。今のカルロ、ディーノくんにそっくりの、こ・わ・い・か・お♪ さすがにこれ以上続けられちゃうとさぁ……」

 とぼけたような口ぶりで、カルロの神経を逆なでするかのような返答をしつつも、その表情から次第に笑顔が消えていく。

「あたしも本気でやらなきゃ、いけなくなるんだけどなぁ?」

 テレーザは片手でブラウスのボタンを一つ一つ外して胸元をはだけると、そこには禍々まがまがしい輝きを放つ黒い宝石が鎮座ちんざしていた。

「これが欲しくって、今までがんばって点数稼ぎしてきたんじゃなかったっけ? 今さらになって正義の味方に目覚めちゃう?」

 ショートソードを握るカルロの両手が震えだす。

「それとも、その制服の下にあるものをいっそシエルちゃんにでも見せちゃって、本当のことを洗いざらい話しちゃったら、あの子はどんな顔をするのか、おねーさんワクワクしてきちゃう♪」

 その言葉でカルロは戦意を失い、何も言い返せないままアルマを解除していた……。

「やだなぁ! 僕がテレーザちゃんたちに敵うわけないじゃないの♪ わかってますってぇ、ちょっとくらい動かないと体なまっちゃうんじゃない?」

 そして、いつものような調子のいい笑顔がカルロの顔面に張り付いていた。

「さすがに僕だって、一時の感情で棒に振るほどバカじゃないよ。進んで苦労なんかしたくないし、長いものには巻かれて甘い汁吸った方がいいに決まってるって♪」

「うんうん♪ 故郷のみんなの笑顔を守るために、これからもがんばってもらわなきゃねー」

 うわつらの言葉だけは楽しげに聞こえるのカルロとテレーザの会話をはずませた空気は、完全に日が沈みきった世界のごとく、どす黒い闇にいろどられていた。

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