ラブラブ大作戦パート2
翌日の放課後、屋上に集まった四人を前にイザベラは事の詳細を話していた。
「まぁ、ある意味予想通りというか。ディーノ君がそう言う心の機微に敏感なタイプとも思えなかったし」
ファリンは分厚い小説本を開きながら、何やら考え込んでいるようだった。
確かに、二人でとはっきり意思を示さなかったことは確かだが、明かしていたとしてもディーノはそれを承諾しただろうか?
きっと即座に同じ返答をしたことだろうともイザベラは思う。
それでも、二人がいいと押し通して逆に自分の意図を勘ぐられても、うまい言い訳など思いつかなかったことだろう。
「けど、意外と義理堅いね。他の人なんかどうでもいいって思ってそうなのに」
ヒルダの感想ももっともだった。
『貴族の内輪揉めなら勝手にやってろ』
ディーノが編入してきた初日、実地訓練の授業で勝負を挑んだ時の言葉がイザベラの中で反芻する。
誰にも興味を持たず、歯牙にもかけず、自分以外が敵だと思っているような、それでいて諦めが混じっているような。
それ以来近くで見ていたわけじゃないが、闘技祭のあたりからそれが薄れていったようにも見えた。
理由はやはり、本人が否定しているアウローラとの婚約を視野に入れ始めたからだったのだろうか?
「しかしながら、一つだけ収穫もありましたわ」
ただ一人動じていなさそうなミネルバの言葉に全員耳を傾けた。
「その義理の対象にイザベラさんがきちんと入っているという事です。この先親しくなれる可能性が完全に途絶えたわけではない」
「次の作戦会議だね♪」
顔を突き合わせている四人に、テレーザがストロボの光を当てて写真に納める。
「一つ思った。ディーノ君と共通の話題は何かない?」
ファリンが開いていた本を閉じてイザベラへと問いかける。
だが、ひたすら修行に明け暮れているイメージしかないディーノに対して、そんな都合のいい事柄が簡単に転がっていれば苦労などしないだろう。
いつもあの場所にいて、ブチ猫を探しに行くことがなければ、そもそもの接点さえ……そこまで考えて思い出した。
「あ、あの……みなさんわたくしにはどんなイメージを持っていますの?」
意外な質問に驚いたのか、四人ともが考える仕草をする。
「きついお方」
「偉そう、いや家は間違いなく偉いんだけどさ」
「結構、思い込み……激しい」
「巨乳!」
ミネルバ、テレーザ、ファリン、ヒルダの順にそれぞれ感想が飛んできた。
初等部からの延長線上にある現在は誰も変えることはできないのだが、こうして面と向かって言われると、なかなか複雑な気分だった。
「最初の三つはともかく、胸は見た目だけじゃないですこと?」
「いやぁねぇ……」
ヒルダは苦笑いを浮かべながら、両手の人差し指をつんつんと合わせている。
そんな彼女の胸板は、イザベラに比べれば田園地帯の平野と言っても差し支えないだろう。
『堂々としてりゃいいだろ。お前気ぃ強ぇんだし』
ディーノの言葉を思い出した。
彼女達の言うような姿こそが自分自身を写す鏡、それとはかけ離れた姿を自分を出すことをどこかで怖がっている。
「わ、わたくし……」
でも、一歩を踏み出せば、何かが変わるかもしれない。
「じ、実は……」
『実は?』
声を合わせて四人が興味深げに顔を近づけてくる。
「実は……ね……ね……」
『ね!?』
「ネコちゃんが好きなんですのっ!!」
ディーノとフリオに知られるまで頑なに隠していた秘密を口にするイザベラの顔は、まるで世界の運命を左右する究極の選択を委ねられたかのようだった。
沈黙が屋上を支配する。
軽蔑されてしまうのではないか? 大きな笑い声が響くのではないか?
閉じていた目を開き、四人の表情を窺うように顔をあげた視線の先にあったもの、それは……。
「かわいらしいご趣味ではありませんか」
ミネルバが柔らかく微笑んで返した。
少なくともバカにされているような空気も感じない。
「も〜、どんな凄い事話されるかと思ったよ〜。魔獣の目玉を集めてますとかさ」
「そんな怖いことできると思ってたんですの!?」
ヒルダは肩透かしを食らったかのように冗談混じりに笑っている。
「ねぇ、次の学級新聞に載せていい? お部屋にぬいぐるみとかあったら、衝撃のお部屋公開って見出しに」
「断固拒否しますわっ!!」
すぐさま記事にしようと、楽しげに許可を求めてくるテレーザはある意味ぶれなかった。
「つまり、ディーノにそれを知られているってこと?」
「な、なぜそれを!?」
ファリンは、まるでその場を見ていたかのような反応だ。
「吊り橋効果だけが決定打とは言えない。そもそも期末テストの前から少なからず意識していないと、そう言う展開にはならないと思っただけ」
彼女は一体何者なのだ?
ただの文学少女? それは世を偲ぶ仮の姿? しかしてその実態は如何に?
「でも、これで次の作戦もとい、勝利の方程式は決まった!」
ファリンは妙なスイッチでも入ったのか、キリッ! と得意気な顔で立ち上がり、彼女の左右に膨大な数式が飛び交う幻覚が見える気がした。
「作戦コードは、ネコ大好き同盟!」
* * *
「やたらとここに来るな……。見てて楽しいもんでもあるのか?」
例によって例のごとく、いつもの場所で修練に励むディーノの元へと、イザベラはやってきていた。
だが、今回は趣向を変えて見た。
「わたくしではございませんわ! ただ、ブチちゃんがまたこちらの方にきてしまっただけで」
イザベラは抱きかかえたブチ猫を見せる。
それは、ディーノがイザベラの隠れた一面を最初に知った人間であると言う事実を利用して、イザベラと歩み寄れるきっかけにしようと言うものだ。
「飼えねぇのはわかるが、面倒見るの家に頼むなりした方がいいんじゃねぇのか?」
放し飼いにしているのは、ルール上あまり得策とは言えない。
ディーノの反応と言えばその事実を端的に指摘するくらいで、会話らしい会話に繋がらない……。
「い、意外と常識的な反応だね」
そして、そんなイザベラたちの様子を少しばかり離れた茂みに、両手で木の枝を持ってカモフラージュした四人が隠れて様子を伺っていた。
「こうなった以上、私たちには見ていることしかできない。だから、最後まで見ている」
そして、イザベラは続けて口を開いた。
「あ、あなたはお好きな動物とかはおりませんの? 飼ったこととかは?」
「……考えたこともねぇな。ガキの時もそんな余裕なかったし」
それは、ペットを飼うことができるほど恵まれた生活を送っていなかったと言うことだ。
今はともかく、幼少期には親が立てた生計だけでは余裕がなかったのだと、イザベラは察した。
「そ、そうですわよね……。あ、わわわたくしブチちゃんのご飯をまだあげておりませんでしたわ!!」
聞くものが聞けばわざとらしいと一発でわかってしまったことだろう。
失言を責められるのではないかと言う恐怖が沸いてしまったイザベラは、そそくさとブチネコを抱えて走り去っていくことしかできなかった。
「作戦失敗ですわっ!!」
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