ラブラブ大作戦パート1
作戦の方針は決まり、あとは行動に移すだけだと、意を決してイザベラはまだ日も登り切らない早朝に目を覚ました。
学園での授業が始まる前から、ディーノがフリオと共に走り込みや剣の修行に打ち込んでいるのは一部の生徒の間で知れ渡っている。
以前、ブチ猫を追って行った、寮の裏にある林へ行ってみると、目当ての人物はすぐに見つかった。
愛用のバスタードソードを黙々と振り回しながら、位置を変えては受ける動作と攻撃の動作を延々と繰り返す。
肉弾戦には不得手なイザベラでも、目の前に相手がいることを想定した上での動きだということは理解できた。
どんな相手を念頭に置いているかはわからないが、弛まぬ鍛錬に裏打ちされた二年生の間では別格の実力、ひたすらストイックに己を磨く姿が異質なものを感じさせるには十分だった。
魔術士はスタイルにもよるが、重い武装は極力身につけず、魔術によって華麗に敵を打ち倒すイメージで語られることも多い。
ディーノの
敵の攻撃をかわす時も受ける時も愚直に前進し続け、剣の一撃に全てを込める。
無骨で荒々しく泥臭い、それがディーノから受ける印象だった。
やがて、戦いの終わりを想像したのか、
「せ、精が出ますわね!」
緊張で少しばかりどもりながらも、気づかれるくらいの大きさで声をかける。
ディーノは意外な相手が来たことに、少し驚いているようだった。
「何か用か?」
いつものように、淡泊を通りこして無味乾燥な応対、毛嫌いされているわけではないと信じ、意を決して言葉に出した。
「きょ、今日の放課後、ご予定はありますか?」
「……別にねぇけど、どうかしたのか?」
「ご、ご一緒してほしいところがありますの! こ、この間のテストでお世話になったお礼をさせてくださいな!!」
授業が終わった後、校外へと遊びに誘う。
同性のクラスメイトには何度か経験があるものの、異性に対してはこれが初めてのことだ。
内側から太鼓のバチで叩かれるような錯覚を覚えるほど、心臓の鼓動は強く激しくなっていく。
「べつに、んなことの為に俺は戦ってねぇよ。いちいち気にすんな」
断るディーノだが、その素っ気ない返事は決してイザベラを疎ましく思っているわけではなかった。
しかし、特別なものを感じている節でもない、ただの社交辞令以上のことは感じていないのだろう。
「それではわたくしの気が治らないのですわ! もちろん費用はわたくしが持ちますから、お気になさらないでくださいまし」
半分は建前、半分は本音、イザベラは言葉を並べて食い下がる。
「……わかったよ。それで貸し借りなしでいいな?」
「も、もちろんですわ!! 放課後に正門で待ってます!」
しぶしぶと言った具合にディーノの承諾を聞いて、イザベラの顔はパッと明るくなって去っていく。
「おはよう、ディーノくん。どうしたの?」
入れ替わる形でフリオがやってくる。
「ちょっとな……。お前、放課後空いてるか?」
「うん。大丈夫だけど」
「そうか、あとは……」
* * *
アンティークの並ぶ、古いニスの匂いが情緒を感じさせる喫茶店。
普段は味わえないような高級スイーツを取り扱っているその店は、ミネルバが調べてくれた一押しの店。
コーヒー菓子の代名詞とも言えるティラミスを始め、ヒダを重ねたあるいは貝殻のような層で焼き上げられたパリパリした生地の中にクリームの入った焼き菓子スフォリアテッラ、苺を乗っけた赤と白のコントラストに彩られたパンナコッタ、レモンやオレンジのシロップを混ぜ合わせた氷菓のグラニータ、他にも多くのスイーツが並べられた丸テーブルに四人の学生が座っていた。
「イザベラちゃんが、こんないいとこ知ってるなんてねぇ♪」
「すごく美味しいです。今度、アウローラさんとシエルさんも一緒に来てもらおうよ」
カルロとフリオが同席して、やって来たスイーツを楽しんでいた。
「い、一体どういうことですの?」
イザベラは、理解できないと言わんばかりに感情を溜め込んだ言葉をディーノに吐き出した。
「一緒だったのは俺だけじゃねぇ。フリオとカルロにだって俺は助けられたんだ。俺だけじゃ不公平だろ」
期末テストの際のお礼という大義名分は決して間違ってはいなかった、ただ失念していたのは、ディーノ以外の当事者たちをどう捉えていたかだ。
「それと、俺らも金はちゃんと出す」
ディーノの手にはスズメが刻まれたパッセ銅貨があった。
ロムリアットの通貨は、それより上のヴォーネ銀貨、ファル金貨は一〇〇ごとに繰り上がる。
平民の一食がだいたいパッセ銅貨五枚で事足りる。
この喫茶店は四人分合わせてだいたい一ヴォーネと言ったところだ。
もっと値段の張るところもあるが、あまり高級すぎても嫌味になってしまうことを危惧して高望みはしないことにした。
「お、お金ありましたのね……」
「こっちにきた時、魔獣一匹倒してでた宝石を換えた金が残ってるんだよ」
あれだけの腕を持つのならば、傭兵まがいのことをやっていてもなんら不思議ではない。
魔獣の心臓と言える宝石は、魔動機械を動かす為の動力源として高値で取引され、魔獣退治の依頼は治安の維持だけでなく生活基盤を支える為にも行われている。
身分だけで、相手が金を持っていないと決めてかかっていたことも誤算であった。
「この間もアウローラ達と別の店行ったけど……その、悪くねぇよ」
その一言が、イザベラの思い違いを決定づけていた……。
ディーノにとって、金額にこだわりなどなく、ただ誰と時間を共有するに当たって、それが公平な条件のもとに行われていたかが大事なのだ。
「今日は楽しかったよ。ありがとねイザベラちゃん♪」
「ディーノくんも誘ってくれてありがとう」
「大したことしてねぇよ、礼ならイザベラに言っとけ。だから……ありがとよ」
各々がイザベラに謝礼の言葉を送って、高級喫茶でのお茶会は幕を閉じるのだった。
「作戦……失敗ですわ」
学園に戻って解散して一人になったイザベラは、夜空に向かってポツリと呟いた。
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