ラブラブ大作戦パート3
作戦失敗の翌日、イザベラの複雑な面持ちを見て四人ともが沈黙していた。
「考えてみればわたくし……彼のこと何も知りませんのね」
「でも、ちょっと諦め早かったんじゃないかな?」
ペットの話題を切り出してそこから歩み寄って行こうという試みだったが、当のディーノ本人が動物を飼うことに対して無頓着であったことを失念していた。
「でもきっと、わたくし達と違って苦しい生活をしてきたのではと思うと……」
あんな張り詰めた顔ばかりしてしまうのも無理はないのではないか?
全ての人は等しく生まれや家柄を自分で選ぶことなどできない、自分たちが上から見下ろしても目に入ることのない世界でディーノは生きてきた。
まぎれもない現実でありながらも、貴族と言う枠組みの外にある場所に住む人間を、本当の意味で理解しようとしたことなど今までありはしなかった。
「仮にこれが、わたくしでなくアウローラさんでしたら、やっぱり違う顔を見せたのでしょうか」
身分にこだわらない彼女ならとイザベラは考えてしまう。
少なくとも、ディーノが編入してきたときから、そんなこだわりなど関係なく相手を理解しようと歩み寄っていた。
同じ貴族だとしても、アウローラだけはディーノの見方が違うのは当然の帰結と言えた。
「てゆーかさ、深く考えすぎじゃないの?」
硬直しかけた場で口を開いたのはヒルダだった。
「今は置いとこうよ。うだうだ話してたっていいことないんだし、それより作戦考えよっ!」
胸を張って自信満々と言わんばかりなのだが、思索を巡らせることに長けているタイプとはお世辞にも言いがたく、イザベラはそこはかとない不安を同時に感じる……。
「だいたい、みんな肝心なことを見落としてるって」
『肝心なこと?』
ヒルダに対して四人は口を揃えて聞き返した。
「お礼がどうとか、趣味がどうとか、まどろっこしいことより分かりやすいことがあるでしょ」
「ほー、後輩ちゃんはどう動くのかな?」
テレーザの一言と同時にパシャリとストロボの光がヒルダを照らす。
「イザベラさんには、アウローラさんにない大きなアドバンテージがある」
「いったいそれはなんですの!?」
思いもよらないところから出てきた回答にイザベラは食いついていた。
ヒルダが見抜いている事柄が果たしてなんなのか?
「まずねぇ、ディーノ君は……ディーノ君”も”って言うべきだね。性格とか顔とか関係なしに、”男”だってことを頭に入れるの♪」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ヒルダはすり足でイザベラへとにじり寄って、そっと耳打ちするように隣に移動する。
「アウローラさんに優っている部分それは……」
「それは……」
イザベラがその答えに耳を傾けている間にも、ヒルダは彼女の背後に回り込んで手を伸ばす。
「これよっ!!」
「ひゃうぅぅっ!!」
小さな悲鳴をあげるイザベラの胸を、ヒルダは鷲づかみにして上へ持ち上げ左右に広げと、好き放題に揉みしだき始めた。
「この巨乳を利用しない手はないよね! おっぱいの嫌いな男子なんているはずがないんだから! ひたすら押し付けて触らせれば勝ったも同然だよ! 名付けて女の武器で押して押して押しまくれ作戦っ!! ってゆーかあたしにも半分ぐらいよこせこんちくしょーっ!!」
「い、いいかげんにし……はうぅっ!」
途中からは私情丸出しになりながら、ヒルダはひたすらイザベラの胸を揉むことをやめない。
性格と同じように強烈な自己主張をするメロンのような塊二つが、ヒルダの手の上でぐにぐにと転がされては弾みを繰り返していた。
「あなたたちも止めてくださいましっ!!」
「おーっ! いいねいいねー♪ もうちょっと目線こっちにちょうだい♪」
イザベラの呼びかけで、ただ呆然と見ていた三人は我に返ったのかミネルバとファリンの手でヒルダは引き剥がされ、テレーザはその様子を面白がって写真に残していた。
「はぁ……はぁ……、む、無駄な体力使った気がしますわ……」
肩で息をするイザベラは、呆れと疲れと他にも言い表せない感情が混ざった声を放り出しながらヒルダを睨みつける。
「あ……あはは、まぁちょっとやりすぎたかなぁ……」
「だいたい、こんなはしたない真似できるわけありませんわ!」
「そこだよ!」
イザベラの反論にテレーザが口を挟む。
「誰もやろうと思わないし、アウローラさんならできない。付け入る隙はそこにあるってこと! 試してみる価値はあるんじゃない?」
* * *
翌日、午前中の授業が終わって午後の実技に向けて、各自各々の昼食をとるためにクラスの面々も続々と席を立っている。
まだディーノは席を立っていないことを確認して、イザベラは行動に出た。
(ま、まずは平常心ですわ。あくまでも自然に……)
食堂での昼食の誘いを持ちかけるところがこの作戦の始まりだ。
「ちょっといいかしら?」
声をかけてきたのが意外だったのか、ディーノは少し警戒したような面持ちでイザベラを見る。
「そ、その……ちゅ、昼食をご一緒しませんこと?」
ちらちらと目線を動かしながら、こちらから誘うのは少し気恥ずかしかったが、かろうじて言葉は出てくる。
「別に当てはねぇけど……」
その後ろではアウローラが複雑な表情を浮かべているのだが、ディーノの位置からではイザベラの体で視界に収まらない。
「で、でしたら急ぎましょう! 時間がなくなってしまいますわ!」
(ここですわっ!)
ディーノの片腕をつかんで自分の体を密着させ、そのまま胸を押し付ける。
特に気を使っていたわけでもなく、不必要なほどたわわに実った禁断の果実がむにゅむにゅと形を変える。
そして、そのままの位置をキープしながら食堂まで、周囲の視線をもらいながら見せつけて直行する……はずであった。
「お前何があった?」
ディーノはいつも通りの仏頂面、と言うよりは少なからず何か違和感を持った目でイザベラを見てくる。
「え?」
「この間から思ってたんだが、なんか変だぞ?」
これまでに起こった出来事と照らし合わせた、端的でありながらあまりに身もふたもない指摘にイザベラは固まっていた。
「娼婦の真似事なんかするもんじゃねぇ……。誰かに脅されてるのか?」
(な、なんですの、そのかわいそうなものを見るような目は!?)
全く動じることなく、イザベラの腕をやんわりと引き剥がして、逆に気まで使われている。
どうしてこうなった……。
「話しにくかったら、部室にでも来るといい。アウローラとシエルがなんとかしてくれる」
それは、一番聞きたくない名前でもあった。
ディーノはきっと本気で心配してくれているのだろう、その原因が自分だとはかけらも知らずに……。
そして、真っ先に頼れる相手として認識されているのが名前を出す順からしてアウローラだということも……。
「か、勘違いしないでくださいな! 下民ごときに心配されるほど堕ちてはいませんわ!!」
イザベラは踵を返して教室から走り去っていってしまう。
どれだけアプローチを重ねても、当の本人にはかけらも伝わらない現実をありありと見せつけられる気分だった。
「なんなんだよ一体?」
残されたディーノはただただイザベラを見送っていた。
「乙女心を知るのが今後の課題かな~?」
横目で見ていたのか、カルロが馴れ馴れしく肩を叩き、茶々を入れて来る。
そして、カルロが目線を送った先には、アウローラが座ったまま無表情でこちらを見ていた。
「てめぇが言うと一気に胡散臭くなる」
「あらあら、そいつは手厳しい♪」
今のディーノがそれを理解するのはおそらく、高度な魔術あるいは剣技を身に付けることよりも困難だろう。
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