魔猫の目覚め −1−

「えっとさ、気を落とさないでよイザベラさん」

 作戦の言い出しっぺだったヒルダは、申し訳なさそうな表情と共につっかえながら言葉を出す。

 昼休みを経ての午後の授業は、調子も上がらずガタガタの結果に終わってしまった。

 作戦が失敗に終わって、恒例と化した放課後の反省会だったが、三度目の失敗となれば空気はどんよりと重かった。

「もういいですわ!! 何をやっても無駄に終わるだけじゃない!! それにわたくしだってこの気持ちがなんなのかわからないのに!!」

 直接口には出せない想い、果たしてそれが本当にディーノへの恋なのか?

 ファリンが”吊り橋効果”と言ったように、緊迫した状況での気の迷いが自分にこんな思い込みをさせているだけのかも知れない。

 そもそも、もう相手がいるのは分かり切っていると言うのに、どうしてこんな無謀で無意味な行動に出ようとしてしまったのか、自分でさえも理解できなかった。

「どうしてこんなになっても、わたくしを焚きつけますの? わたくしに取り入ったってなんの得もないことが、これでわかったのではありませんこと?」

「違うって! あたしたちイザベラさんの力になってあげたくって……」

 なにも上手くいかない惨めな自分をあざ笑っているのではないか?

 最初から疑いがあれば、信頼などふとしたきっかけでガラガラと崩れ落ちて行くのは無理もなかった。

「とにかく……もうわたくしには構わないでくださいな」

 イザベラは感情を吐き出すことさえも疲れたのか、消え入るような声を残して屋上から去って行く。

「追いますわよね?」

 ミネルバが立ち上がって切り出すと、ヒルダ、ファリンは迷うことなく無言で頷いて後に続いて階段を降りて行く。

 それをテレーザはただ一人見送っていた……。

『面白そうなことが起きているねぇ』

 それを見計らったかのように、黄昏時を黒く染めるような影が、テレーザの近くに現れて声をかけてきた。

 マントにも見えるほど大きく長い紅いマフラーをまとい、漆黒の鎧のような体、頭に生えた二本の角は片方が折れた骸骨の顔。

 人間とはかけ離れたシルエットを見ても、テレーザは全く動じない。

「あの三人が思ったよりもおかしな方向に舵切ってくれたからね♪ おかげで次の”候補”ができたんだから、結果オーライじゃない?」

 それどころか、まるで休日に遊びに行くためのプランが大成功したかのような笑顔を浮かべながら漆黒の影に話す。

「彼も自分が原因で誰かがディロワールになってしまうなんて知ったら、一体どんな顔をしてくれるんだろうって思うと……あははははっ♪」

『いやぁ、君もなかなかワルだねぇ』

「あなたほどじゃないんじゃない”バレフォル”? わたしはただ、秘密を暴いた先にある絶望の表情を撮るのが楽しい、ケチな新聞部だよ♪」

『そう言うことにしておこうじゃないか。では、君の厚意に甘えることにしよう』

 バレフォルと呼ばれた影が姿を消せば、そこはいつも通り平穏な学園の屋上だった……。


   *   *   *


 三人を振り切ってイザベラは寮の自室へと急ぐ。

 廊下を走るようなはしたない真似をするわけにはいかずとも、早く一人になってしまいたいと気持ちは焦っていた。

(こんな時は……ブチちゃんに会いたいなぁ)

 あくまで野良猫と思わせなくてはならないため、首輪をつけたり家を作るわけにも行かずどこにいるかはよくわかっていない。

 エサをあげる時だけは現金にも、呼びもしないのにすぐそばまで来てくれるのだが、いつでも会えるわけでもなかった。

 沈んだ気持ちも、自分が好きな猫たちが癒してくれるかもしれない。

 そんな小さな希望を胸に抱きながら校舎を歩いていたはずだった……。

「えっ?」

 ふと周りを見てみると、今までいたはずの校舎ではなく、青白い松明が照らす闇夜のような薄寒い回廊に自分はいた。

「な、なんですの一体!?」

 キツネにつままれるとはこう言う状況のことを言うのだろうと、身を以て体感したイザベラの目の前に漆黒の影が佇んでいた。

 ツノの生えた骸骨は被り物だろうか?

 誰かが魔術を使って悪戯をしているにしても、あまりに悪趣味と言わざるを得ないだろう。

『お困りではないかな? イザベラ・フォン・ヘヴェリウス君』

 やけに馴れ馴れしい態度で影は話しかけてくる。

 なんの目的かしれない相手に、イザベラは警戒心を強め、制服のポケットに入っているアルマをいつでも出せるように集中を高めて行く。

『そう身構えないで欲しいなぁ。怖い顔をしていると、彼も振り向いてはくれないよ?』

 あの四人しか知らない秘密を、この影は知っている。

 いや、自分の行動を見られていたからこそなのかもしれないが、学園の人間であることに間違いはないだろう。

 可能な限り、この不審人物の正体を探るべく一挙手一投足を見逃さないよう警戒する。

「女子の秘密を覗き見ようなんて、悪戯にもほどがありましてよ?」

『そう邪険に扱わないでくれたまえ。こちらは君の恋を叶えてあげたいと言うのに』

 影は動じることなく右手に取り出したのは、頼りない光源でもはっきりと分かるほどの禍々しい輝きを放った黒い宝石だった。

『彼の隣にはいつもアウローラさんがいる。今の君では手に入らない輝きをいくつも持ったあの子が』

 イザベラの表情が固まり、初等部からよく知る金髪の委員長が頭をよぎった。

『一番を手に入れるのは実に容易なことさ。彼女を消してしまえばいい。これは君の願いを叶えてくれることだろう』

 にじり寄ってくる影を前に、イザベラは身動き一つ取ることができない。

 そして、その胸へと黒い宝石は元から体の一部であるかのように入り込んでいった。

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