Dragoere −3−

 ディーノとカルロがバレフォルと戦っている、イザベラとフリオが空間に空いた穴を塞ごうと体を張っている。

 一人取り残されたシエルは、自分ができることがわからなくなっていた。

 バレフォルのあの炎を前にして、竜火銃ドレイガの火力などたかが知れている。

 たとえ、”水”のマナが詰まっている手持ちの弾丸を、ありったけ撃ち込んだとしても、先ほどからディーノたちを巻き込んで炸裂さくれつしている火球一つ打ち消すのが関の山だ。

 あの空間の敵に対しても、おそらくは同様だろう。

 魔降術のような天性の資質も、カルロのように肉薄する実力も、アウローラのようにバランス良く立ち回る技術もない。

 自分が真っ先に追いはじめたというのに、肝心な時になって役に立てないことに歯がゆさを感じたとき、旧校舎の方から響く大声が耳に飛び込んできた。

「あれだ!」

 シエルは何かに背中を押されたように、旧校舎と新校舎の間を目指して走り出していた。


 なぜかこの声は、驚くほどよく通る気がした。

 声のした方へ視線を送る。

 旧校舎の二階、七不思議研究会の部室に使っている教室の窓が開けられていた。

「がんばれーーーーーっ!!」

 ソフィアとレオーネが窓から身を乗り出して声援を送っている。

 その事実は、あまりにも現実離げんじつばなれしすぎていて、ディーノには理解できなかった。


『「ライト」「ウォール」「反発リパルション」”煌きの障壁グリッターオブストラクション”』

『「ライト」「治療キュア」”快癒の陽光サンライトヒーリング”』

 その間にも間髪入れずに放たれていた炎の矢が光の壁に阻まれるとともに、自分が負っていた傷がふさがっていく。

「ディーノさん。”戦女神ヴァルキュリア”からのお届けものです」

 アウローラが自分のバスタードソードを抱えてきた。

「運びちんはいるか?」

「あの悪魔を共に倒すという現物払いのみ、受け付けます!」

「はっ、そいつは高くつくな」

 ディーノの隣でアウローラがブリュンヒルデを、そして自分もまたバスタードソードを受け取って構えた。

 慣れた重さと鋼の感触が手に伝わり、これがあるだけでも、体感的には今までとは全く違う。

「二人の世界作るのはいいけど、僕も忘れないで欲しいなぁ♪」

「か、カルロさん!? い、いえこれはですね」

 横から茶化してくるカルロにしどろもどろになるアウローラだったが、敵はこれ以上待ってはくれなかった。


『ヴォオオオオオーーーーーッ!!』

 咆哮ほうこうとともに、バレフォルの体が再び変化していく。

 ビシビシと体がひび割れていき、体の至るところにしょうじた隙間すきまから炎が吹き出していく。

 だらんと手足の力が抜けたように垂れ下がり、炎の根元の部分から灰となって徐々に崩れ落ちていく。

 もはや、体そのものが限界なのかと思った瞬間だった。

(いや、こいつはやばい!!)

 悪寒おかんが走ったその一瞬での行動が全てを分けた。

 ディーノはとっさにアウローラの前に出た瞬間、腹の部分に強烈な衝撃と、しびれるような感覚が全身を駆けめぐる。

 動きがまるで見えなかった。

 これまでとは文字通りけたが違うスピードとパワーでボディブローが放たれていたのだ。


 だが同時にバレフォルの体も、崩壊がさらに進んで、鮮血のように炎が飛び散っている。

 それはまるで、燃え尽きる流れ星が、最後により強く輝くようだった。

 カルロもアウローラも眼中にないのか、単に同じ姿だから狙ってきたのか、だが人間らしい理性などひとかけらも残っていないような状態だ。

 ボディーブローからの追撃が飛んでくるが、ダメージを受けた体は反射的な動作に移れるほど回復していない。

「ディーノさん!!」

『「ライト」「ウォール」「反発リパルション」”煌きの障壁グリッターオブストラクション”』

 ディーノの眼前に、アウローラの光の障壁が張られ、かろうじて攻撃を防がれるが、一瞬で破壊されてしまい、効果はすずめの涙でしかなかった。


 それでも、一撃を振るだけの余裕が生まれ、ディーノは稲妻の一撃をバレフォルに叩き込んだ。

 雷鳴と閃光がほとばしり、バレフォルの体を袈裟斬けさぎりにする。

 普段ならば、これで決まっていたかもしれないが、バレフォルを少しひるませた程度で終わってしまう。

 三人集まってもどうにもならないのかと思わされた瞬間だった。

『みんなー! あたしの声、聞こえてるーっ!?』

 良く知ってはいたが、さらに場違いな声が響いてきた。


 シエルは新校舎で戦いを見ていた生徒と、旧校舎にいるソフィアとレオーネに向けて、短杖のアルマシレーヌと魔術を使って増幅させた声を送り届けていた。

『いきなりのことでみんな驚いてるよね!? だけど、みんなのために戦ってるの! あたしには応援することしかできないから、みんなの力を貸して欲しいの!』

 シエルはアルマに組み込んだ魔術を発動させる。

『「音楽ミュージック」「熱狂エキサイト」”戦いの歌ファイティングソング”』

 歌声に自分のマナを乗せて、仲間たちの力を呼び起こす。

 そして今、アルマへとありったけのマナでその範囲を限界以上に広めていく。

『がんばれーーーーーっ!!』

 シエルに合わせて、真っ先に声をあげたのが旧校舎のソフィアとレオーネだった。

 そして、それを皮切りに、学園の生徒が次々と声をあげていく。


 不思議だった。

 何度も何度も死にかけたと思うほど、限界を感じていたはずなのに、声が聞こえてくるだけで、マナが内側から湧き上がっていくようだった。

「まだ行けるか?」

 自分の隣にいるアウローラとカルロに声をかける。

「もちろん、ディーノさんとなら」

「僕的にはちょっとジェラシーだねぇ♪」

 バレフォルが再び襲いかかってきた。

 見えないほどのスピードについていけるかがわからない。

 一撃を受けようとバスタードソードを構えた瞬間、カルロがその間に割って入り、ショートソードで一撃をかろうじていなす。

 だが、同時に衝撃を受け流し切ることは叶わずに剣が弾き飛ばされ、カルロは丸腰となってしまう。

 その瞬間、カルロはニヤリと笑っていた。

 ポケットに入れっぱなしだった右手をバレフォルへと向け、炸裂音が響いた。

 制服の下から、水のマナが弾丸となって撃ち出され、バレフォルの体が凍結する。

 ポケットが破れ、その中で右手に握られていたのは竜火銃ドレイガだった。

 今まで、ポケットに手を突っ込んだまま左手一本で戦っていたのは、このギリギリの状況まで切り札を隠し持っていたからだ。

 決定打にはなり得なくても、予想外の一撃が千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを作り出す。

『「ウォーター」「凍結フリーズ」「射撃シュート」”氷結の矢アイシクルアーチェリー”』

 アウローラがさらに水のマナでの追い討ちで、凍結していく箇所が広がって行く。

 ディーノは目配せ一つすることなく、稲妻を呼んでいた。

 天を裂くようなまばゆく強大な稲妻が剣に落ちる。

 かつて、テンポリーフォと戦った時と、マクシミリアンを討ち倒した時と全く同じ感覚だ。

 この一撃に全てをかけて、ディーノはバスタードソードを構えて突進する。

 だが、同時にバレフォルの凍結が溶けて、それを迎え撃ちにくる。

 このまま、相討ちか、それともどちらかが先に当たるのか、神のみぞ知る運命の天秤てんびんがゆれる。

 だが、それをかたむかせたのは、ディーノでもバレフォルでもなかった。

『「ウォーター」「落下フォーリング」「圧力プレッシャー」”鎮圧の瀑布サプレッションウォーターフォール”』

 バレフォルへ向かって落ちる瀑布ばくふ、そしてカルロとアウローラからは、はるか上空からアンジェラが水の魔術を使ったのはっきりと見えた。

「先生が黙ってるわけにいかないよね!!」

『行けーーーーーっ!!』

 シエルによって届けられた全校生徒の声に押されるように、ディーノの一撃がバレフォルへと叩き込まれた……。

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