Dragoere −4−

 雷鳴のとどろきと、世界を紫に染める閃光ののちにおとずれたのは、時が凍りついたあのような静寂せいじゃくだった。

 ディーノのバスタードソードは、バレフォルの胸にあった黒い宝石を確かに砕いた手応えがあり、決着がついたことへのこれ以上ない確信があった。

 だが、学園の全てが固唾かたずをのんでいたのも、一瞬にすぎない。

『わあああああーーーーーっ!!』

 沈黙は大歓声とともに終わりを告げる。

 空にあった空間の穴も、気づけばふさがっており、フリオとイザベラが奮闘ふんとうしてくれたおかげだ。


 しかし、勝利の余韻よいんひたるのはまだ早かった。

 先ほどカルロが死にかけたのと、同じてつを踏むわけにはいかない。

 バレフォルの体は大きく弾き飛ばされ、寮に近い林の方へと叩き落とされたのが、へし折られた木々から推察すいさつできた。

 ディーノは歓声に応えることなく、そっちの方へと急いだ。

「待ってください。わたしも行きます」

「先生も一緒に行くよ」

 アウローラがディーノに随伴ずいはんするのに習うように、アンジェラが複雑な表情を浮かべつつも横に並ぶ。

「そんじゃあ、僕はみんなをなだめに行きますか。こいつを返さないといけないしね」

 カルロは竜火銃ドレイガをクルクルと回しながら、シエルのいる方へ降りて行く。


 ディーノたちは林の中へ降り立ち、バレフォルを探す。

「魔降術っていろいろな使い方があるのね。ヴィオレ先生も使えたりするの?」

 アンジェラが疑問をぶつけてくる。

 ヴィオレ自身、学園の教師であった時代は、ほとんどの生徒に魔降術士であること以外なにも明かしていなかったのだろう。

「少なくとも俺は見たことがない。それより今はあの野郎を見つけるのが先だろ先生」

 バスタードソードを下段に構えつつ、周囲を見回しながら歩を進めて行くと、一本の木を背もたれにして座り込む、ユリウスの姿を見つけた。

「やぁ……。敗者と言うのはみじめなものだろう?」

 バレフォルの正体がユリウスであったことを、ディーノはまだ知らなかった。

 少なくとも、イメージがまるで結びつかなかったことは間違いない。

 その体は、ただ戦闘で傷ついたというだけでは説明がつかず、両手両足の先がじわじわと灰になって崩れ落ちて行く。

「……テレーザくんも先にったようだし、僕もそろそろ時間がない」

 ユリウスの様子は演技ではあり得ないと、ディーノは直感した。

 なんらかのさくろうしていたとしても、こんな状態で魔術を使えば、体そのものが崩壊するほど、ユリウスのマナは弱々しく光を失っている。


「ユリウス……最後だと言うのなら聞かせてよ」

 アンジェラは、もともとユリウスとは学生時代から知っている仲でありながら、その闇を知らずにいた。

 だからこそ、今の現実がまだ受け入れきれないでいる。

「どうして、こんな姿になってしまったの?」

「他愛のない話さ……。僕が落ちこぼれだったことは、君も良く知っているだろう? 

 僕も君も、先天的に強いマナが備わっているから入学できた」

「そうね。でも、二年生までずっと魔術は発現しなかった」

 当の本人たちにとっては、嫌な思い出でしかないだろう。

「逃げたかったんだろうねぇ……。僕は学園から離れて当てのない旅に出た。そんなとき迷い込んだのが、バレフォルを封印していた洞窟さ」

 ユリウスいわく、どんな道をたどったかすらも覚えがなく、まるで夢うつつだったと言う。


「そして、僕は僕自身の心と引き換えに、強大な炎の力を手にしたわけさ。持って生まれた身分と魔術の才能で人をこき下ろす連中を黙らせるのは、痛快だったよ」

「いつの時代にも、マクシミリアンの同類がいたんだな」

「今の方が比較的マシだよディーノ君。貴族の九割がそんな連中だったさ、数少ない例外は僕の知る限りはアンジェラぐらいだよ」

 生まれついた身分だけが、自分の存在証明である人間は、なにもマクシミリアンに限った話ではないのだろう。

 肥大ひだいしすぎた自尊心じそんしんが悪い意味で作用すれば、際限なくみにくくなっていく。

「正直、嫉妬しっとしていたんだろうねぇ。僕と違って、アンジェラには本当の才能があった」

 しかし、アンジェラもまた、決して楽な道を歩んでいたわけではない事は、最後の授業で話してくれたことが証明していた。


「なんだいその顔は? 今更同情でもしようと言うのかい?」

 アンジェラの顔を見たユリウスが、今までの人を小馬鹿にしたような表情を一変させる。

「勘違いしないでくれ。僕がこうなったのは、自分を信じきれなかった僕の弱さが原因だ。僕はなるべくして悪魔となっただけだ。七星が二人堕ちたとあれば、ここはもう実験場にならない代わりに、残り四人の七星も動き出す」

 その口ぶりに違和感を覚えた、それでは数が合わない。

「一人足りねぇぞ?」

「最後の一人はまだ空位だ。そしてその一人こそが”ディロワールの王”と言えるねぇ。そしてディーノ君、一つだけ教えよう。七星は一人ガビーノにいる」

 その一言で、ディーノの顔色が変わった。

 つまり、両親のかたきは間接的にディロワールということになる。

「なんで、ベラベラとんなこと話す?」

「さぁね……最後に一つくらい、教師らしいことでもしたくなったの……かなぁ……?」

 それだけを言い残して、ユリウスの体は最後の一片まで灰となり、そのまま風ともに散っていった……。

 イルミナーレ魔術学園を巻き込んだ戦いは終わった。

 しかし、さらなる戦いはこれから始まるのかもしれないことを暗示するかのように、空は薄暗い曇天どんてんだった……。

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