Dragoere −5−

「お疲れ様、シエルちゃん」

 カルロはみんなの声を届けるために、マナを使い果たして座り込んだシエルの元に降り立った。

「そして、はいこれ。これ以上僕が持ってても仕方ないしね」

 カルロは持っていた竜火銃ドレイガをシエルに手渡す。

 長い間、ずっと素知らぬ顔で持っていたが、いつかは返す時が来るのはわかっていた事だ、そして真実を伝えなければならない時が来ることも。

「けど、今ここで話すのは風情もクソもないからね。もう少しだけ待ってくれる?」

「あんたがどこかに行っちゃわなければね」

 シエルはひったくるように竜火銃を受け取った。

「とりあえず、ソフィアちゃんとレオーネ君を僕らのクラスに連れてこうか。その方がアンジェラちゃんも楽だろうからね」


 カルロとシエルがソフィアたちを自分たちのクラスへ連れて来ると、クラスでは異様な雰囲気になっていた。

「あ、カルロ君たちもきた! さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! あの白い戦士は一体何者なのかっ!」

 イザベラと仲のいい女子三人組の一人、ヒルダが教壇で楽しげに語っている。

 そして、同じくファリンが、白いチョークで変貌へんぼうしたディーノを覚え書きで黒板に描いていた。

「なにやってんの?」

 シエルが呆れ半分にヒルダたちに問いかけた。

「いやぁ、あたしらもあの戦いを見てたら、いつの間にか年甲斐としがいもなくはしゃいじゃってさぁ♪」

「テレーザちゃんの系譜けいふがここにいたよ」

 もっとも、彼女がディロワールであったことを知ってしまったら、今のこの楽しげな雰囲気ふんいきさえも、夢うつつのように消えてしまうかもしれない。

(まっ、僕はテレーザちゃん以上にろくな死に方しないんだろうけどね……)

 少なくとも、カルロは知っていながらも加担かたんして、それに目を逸らして今ここにいる。

 ディーノたちの戦いに熱狂しているクラスメイトたちが、カルロの心中を知るはずもなかった。


「ああなったヒルダさんたちは止まりませんわ」

 イザベラとフリオはすでに戻って来ていたらしく、その時はもうこの有様だったらしい。

「とりあえず、バレないようにはしておこうよ」

 フリオは苦笑いしながらも、あれの正体がディーノだということは秘密の方がいいとは思っているようだ。

「ところでお二方、そちらの子たちはどなたかしら?」

 ミネルバは連れてこられたソフィアとレオーネを見て、そう聞いてきた。

「さらわれた初等部の子だよ。ひとまず、ここでアンジェラちゃんを待とうと思ってね」

「それじゃあ、二人分椅子を持ってこないとね」

「あーいいのいいの。バカルロが床に座るから♪」

「えーっ! そりゃないよシエルちゃ~ん」

 いつものやりとりにクラス中が笑いに包まれた。


 しばらくして、ディーノとアウローラもクラスに戻ってきて、カルロたちと同じように、その楽しげな空気に面食らっていた。

 非常事態であったはずなのに、授業を中止してちょっとしたイベントでも開かれていたような緊張感のなさだった。

 なにより、黒板にデカデカと書かれた絵に、ディーノはいい顔をできるはずなどなかった。

「あ、おにーさん!」

 自分の存在に気づくや、ソフィアとレオーネが近寄って来る。

「なにが起きてんだよ?」

「部室に置き去りってわけにもいかないだろ? アンジェラちゃんは?」

「職員室で色々話して来るらしい」

 アンジェラが戻って来るまでは、このおかしな空気に当てられてないといけないようで、ディーノの肩がガクッと下がった。

「ディーノさん。僕たちが来ちゃいけませんでした?」

 レオーネが心配そうな顔で聞いて来る。

 あの時からまともに会話をしておらず、この二人の胸中は知れたものではなかった。


「べつに、お前らが嫌じゃなうぇっ!!」

 カルロがディーノの背後に回り込み、眉間にシワのよったいつもの調子で返そうとした両側の頰と目元と口を左右に引っ張って、変顔を作った。

「ほーら、このお兄ちゃん、ぜんぜん怖くないから♪」

「本気で引っ張るんじゃねぇよ、いてぇだろーがっ!」

 カルロの手を強引に引き剥がして、ディーノは思いっきり怒鳴るが、そこに普段の近寄りがたさはあまり感じられない。

「ねぇ、ソフィアちゃんたちは、あの白い怪物いや、白い戦士を間近で見たんだよね!」

 事情を知らないヒルダが無遠慮ぶえんりょに聞いて来る。

 ディーノは内心止めたかったが、ムキになって否定しても事態が好転すると思えず、そのまま静観しているしかできない。

「最初、怖かったけど……助けてくれました」

 ソフィアのその言葉に、ディーノは耳を疑うことしかできなかった。

 ディロワールとさほど変わらないはずの姿、なにも知らない人間に与えられるのは恐怖しかないはずだと言う認識は今もさほど変わっていない。

「会えたら、ちゃんと謝りたいんです」

「大丈夫ですよレオーネ君、その気持ちはちゃんと伝わっているはずですから」

 アウローラが横にしゃがんで目線を合わせ、レオーネを優しく諭していた。

「ねぇ、名前つけてみない? 白い怪物だの戦士だの、なんか味気ないからさ♪」

 唐突にシエルが切り出ししたのに対して、ディーノは幾ら何でも不自然だろうと言わんばかりの呆れた表情に変わる。

 なのだが、クラスの面々はむしろ乗り気のようだ……。

「あの……”ドラゴエーレ”って言うのどうですか?」

 照れ混じりに、その名前を出したのはソフィアだった」

「なるほど、ドラゴ騎士カヴァリエーレを混ぜたんですね」

 アウローラが意味を要約する。

 確かに、ディーノの中にいる存在を考えればあながち的外れでもない。

「いいじゃん、それ採用! ドラゴエーレ!」

「……紫色の雷と剣を使って戦う、謎の戦士ドラゴエーレ……一体何者なんだ?」

 盛り上がるヒルダと、黒板の絵に名前を書き足すファリン。

 クラスメイトなら、あの戦闘スタイルを見て気づいてしまったのだろう。

 ディーノは半分からかわれているようで、内心複雑だった……。

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