第4章エピローグ:夏が始まる

「みんな、集まってる? 怪我してる人はいない?」

 アンジェラが戻ってくると、クラスは落ち着きを取り戻して、全員が席に座る。

「それじゃあ、これからみんなに大事なことを話すからよく聞いてね」

 今までディーノ達だけが知っていた真実が、アンジェラによって話される。

 異常な事態は二度目だからか、大きなパニックは起こらずに済んだのは、ディーノたちが生徒の目の前で戦ったからだろう。

「学園の方はこれから事後処理に入らないといけないから、みんなは一足先に夏休みに入ることになります」

 直接関係していないクラスメイトの中には、露骨ろこつに喜んでいる者もいた。

「もっとも、単位や出席日数に問題がある子はいないから、九月に入ったら三年生の教室で会いましょうね。そして足りなかった授業の分は宿題に水増しします」

『えぇーっ!!』

「はい、文句言わない! それと、もう一つ話すことがあります。ユリウス先生と、三年生のテレーザさん……」


 しかし、すべての真実を包み隠さずに話す事はできない。

 ディロワールとして暗躍あんやくしていたユリウスとテレーザに関しては、オルキデーア学園長とアンジェラの計らいで、怪物の被害にって命を落としたことにされた。

「テレーザさんもユリウス先生もご親族はもういないから、学園長が葬儀を手配してくれます。参列を希望する人は、あとで職員室にきてちょうだい」

 たとえ実験に利用するために作られた表向きの顔とは言え、ユリウス自身は生徒の評判はよく、テレーザも多少行きすぎた報道に目をつぶれば面倒見のいい人柄ひとがらと認知されており、その死をいたむ生徒もいたからだ。


 例年よりも早い夏休みに入ると言う事で、授業も終わってしまうと、途端とたんにやることが少なくなり、ひまを持て余す。

 習慣になってしまったのか、ディーノは七不思議研究会の部室へと来ていた。

 自宅通いの生徒が保護者とともに家に返され、りょう住まいの生徒も実家からの迎えが来るのを待つことになった。

 もっとも、ディーノは帰る家もなければ、ヴィオレの消息はつかめない。

 シュレントいわく王都から北東に位置するヴィーネジアの街にいると言う事だが、たとえ今から向かったところで、会える保証はないだろう。

 アンジェラに頼んで寮に残る許可をもらうつもりでいた。


「ディーノさんもこちらにいらしたんですね」

 入って来たのはアウローラだった。

「あぁ、このまま寮に戻っても退屈だからな。お前は?」

「わたしもなんです。一度し……家に戻らなくてはならないでしょうけど」

 やはり使用人が迎えにくるのだろうか?

 よくよく考えてみれば、アウローラがこの国の貴族であると言うこと以外、ディーノは何も知らない。

 思いを伝えて久しいものの、今まで戦いばかりに目を向けていたから、頭のすみに追いやっていたのもあるが、イザベラと違って目に見えるような証を感じないのも確かだ。

「……しばらくは会えないってことか」

「そんなことないです! わたしも時間を作って、会いに行くつもりですから!」

 アウローラはやけに食いついてくるが、なんとなく無理に取りつくろっているような感じがした。

「それに、ディーノさんに知ってほしいこともありますから、逆にわたしが招待しようとも思ってるくらいです」

 アウローラの目と顔つきは、むしろ戦場におおむく兵士のような意志と決意すらも伝わって来た。

「お、おう」

 つい、ディーノは戸惑いを隠さない生返事をしてしまうくらいだった。


「おやぁ~、お邪魔でしたかなぁ?」

 次に入って来たのはシエルだった。

 その後にも、フリオ、イザベラ、カルロの順に入ってくる。

 フリオは唯一王都に自宅があるらしいが、まだ親が見えていないらしい。

「なんか、最後に集まったのが遠い昔みたいだね」

「おおー、フリオ君もそう思った? それじゃあ」

『お茶会やろう!』

 シエル以外の全員がシエルのセリフを横取りした。

「人のセリフ取らないでよ! ディーノまでノリ良くなってない?」

「さぁな」

 ディーノは笑いながら目をそらした。

「でも意外ですわね。以前のディーノなら、こーんなムスッとした顔しかしなさそうなのに」

 イザベラが眉間にシワを寄せて真似をする。

「次にディーノさんがこんな風に笑うのは、一年くらい先かもしれませんね」

「言いたい放題だなおい」

「冗談です♪ いい傾向だと思いますよ」

 アウローラは意味深に笑う。

 ディーノには、自分がどんな顔をしていたのかはわからなかったが、少なくともアウローラとイザベラは楽しんでるらしいことだけはわかった。

「はいお茶! そして、食堂で余り物のパンもらって来たよー♪ 夏休みが早まって処分予定だったやつ♪」

 シエルがいつの間にか紅茶と菓子パンが机の上に並ぶ。

「みんな先生に内緒で何やってるのかなー?」

「ゲェーッ! アンジェラ先生なぜここに!?」

 突然の担任教師来訪にシエルがやや大げさな驚きの声をあげる。

「顧問になるって言ったでしょ? そ・れ・に! 学園に残ってる生徒を帰さないといけないんだからね」

「いいじゃない先生ちょっとぐらいー」

 シエルはぶーぶーとアンジェラに文句を言いながら食い下がる。

「それじゃあ、先生もお茶会に混ぜるってことで手を打ちます♪」


「気を取り直して、アンジェラ先生顧問就任記念、第八十二回、学園七不思議研究会のお茶会をはじめまーす♪ かんぱーい♪」

「乾杯はいらないよね?」

「言っても聞きませんわ、アンジェラ先生」

 もはや初見での恒例となったツッコミに、イザベラが遠い目をしていた。

「あれさー、みんなは夏休みってどうするわけ?」

 紅茶を口に運びつつ、カルロが切り出した。

「先生はしばらく学園に残るからね。学園長と一緒にディロワールに関する報告と資料を作らないと」

 教師であるアンジェラは生徒と同じように休む事はできない。

 今年の休みは、例年以上の劇務となるのだろう。


「俺は……折を見てガビーノに行く」

 ディーノの発言に、アウローラとイザベラの表情が固くなった。

「あの、ディーノさん。一体どうして」

「無理をするものではありませんわ」

 二人はディーノの精神世界へ行き、ディーノの過去をのぞき見てしまっている。

 語るのもおぞましい体験を味わわされた故郷へ、わざわざ戻るディーノをそのまま送り出してしまうのは、二人ともが放っておけないと感じたのだろう。

「ユリウスが言ってたろ。七星はガビーノにいるって。なら、ぶっ潰しに行く」

「だったら、わたしは絶対一緒に行きます! 嫌だと言ってもついて行きますからね!」

 アウローラがこうなれば、テコでも動かない。

「わたくしも同意見ですわ。あの街は丸ごと叩き直してやりたいと思ってましたの!」


「まったく、ディーノは幸せ者だねぇ♪ けどさ、その前に僕の家に来ない?」

 カルロの発言に、全員が凍りついた。

「どういう風の吹き回し?」

「僕だって色々考えてるんだよ」

 カルロはいつもの軽い態度からは考えられない、意味深な表情をしていた。

「そう言えば、一つ忘れていたことがあったな」

 ディーノはカルロを席から立たせた瞬間、右拳を大きく振りかぶって顔面を殴り飛ばした。

 カルロの体が大きく飛ばされて床に叩きつけられる。

「ちょっとディーノ君!」

「正直、言いたいことも聞きたいことも山ほどある。今はこの一発で我慢してやる」

 慌てふためくアンジェラだったが、ディーノも譲らないと言わんばかりの態度だった。

「ったく、本気で打って来たなもう。まぁいいよ。みんなも遠慮なくやっちゃって」

 カルロの物言いに一同あっけにとられていたが、アウローラが腹をくくったと言う顔で詰め寄る。

「シエルさんを悲しませた分です!」

 カルロの右頰を平手ではたき、乾いた音が響いた。

「にゃあーっ!」

「え、えいっ!」

 そして、そのまま無言でイザベラが左頬を引っかき、続いてフリオが殴りなれていないのか、コツンと額と軽く叩く。

 そして最後は……。

「ふんっ!!」

 シエルが全力でカルロの股間を蹴り上げた。

「うぐおぉぉぉっ……。こ、これだよ、これ……久しぶりだなぁ」

 カルロは両手で股間を押さえながらのたうちまわっていたが、その顔と声には、モヤモヤが消えたような晴れやかさが混じっていた。

「あー痛いなーもー。とりあえずさ、お願いしていいかな、シエル部長?」

「はぁ、もうわかったから。じゃあ学園七不思議研究会、夏休みの最初の予定はカルロの家にみんなでお邪魔します。部長命令!」

 シエルの一言によって、また新たな物語の一ページが刻まれる。

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魔降剣士の学園生活〜ぶっきらぼう無愛想人間不信の三重苦背負った剣士は初めての魔術学園で振り回される〜 龍ヶ崎太一 @ryugasaki

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