廻り始める七不思議

 マクシミリアンの元へ急ぎたいディーノだったが、行動を起こすためには欠けているピースがある。

『古の教会にて待つ』

 しかし、ディーノはこの学園にそれらしき施設を見た覚えがない。

「お前らは心当たりないか?」

 かと言って外に出ることはできないのならば、内部にあることには違いない。

 来て二ヶ月も経たない自分よりは望みがあるだろうと、カルロとシエルに振ってみる。

「宗教系の学園なら、僕の知る限りずっと北にあるリーントに一つあるけど明らかに違うし、第一そこは男子禁制の女学園だからね。あー、でも愛を知らない女の子たちに愛を説いてあげるってのもごふぇっ!!」

 話が脱線するカルロの後頭部にシエルの肘が落ちた。

 この状況でなおも悪ふざけを入れられるというのだから、ある意味強いと言えるのかも知れない……。

「バカルロは置いといて、教会……」

 シエルは何かひっかかりがあるような表情で、頭をひねり始める。

(そう言えば、あちこち怪談調べてるって言ってたな)

 果たしてそれが吉と出るか、凶と出るか、答えはまだわからないが、程なくしてシエルの表情が変わった。

「部室行こう! 旧校舎の部室!」


   *   *   *


「……ここは?」

 アウローラが目を覚ました場所は、記憶にない場所だった。

 規則正しく並べられた座席のある四角い部屋は、壁に備え付けられた燭台の相続だけが光源となっている。

 周囲を見回すが、窓らしい窓は見当たらない。

 自分が寝かしつけられていたすぐそばには講壇があり、その上には七芒星のシンボルが掲げられている。

 どこかの礼拝堂だろうか?

 しかし、こんな構造の建物など学園には存在しないはずだ。

 自分が視線を動かすたびに、かちゃりかちゃりと金属音がする。

 この見知らぬ場所は、学園の外になるのだろうか? それが当たっていれば自分は誘拐されたということになる。

 学生服ではなく、純白のウエディングドレスに着せ替えられ、手と足を銀色の鎖に縛り付けられていた。

 アルマが制服のポケットに入っていた以上、自力で脱出することは難しい。

 ディーノのように魔降術を使えれば、こんな鎖などいとも簡単に断ち切ってしまえるだろうが、今は現状を再確認すべきだと考え直す。

 ここに来る前に何があったのかを思い返さなくては……。

 そう、授業が終わって午後の実技もなく、図書室に寄って物語を読みふけっていた。

 春に差し掛かって日が伸び始め、あまりに没頭したせいか黄昏が迫っていたのを思い出す。

 急いで寮へ戻ろうとしたその時のことだ……。

「ようやくお目覚めかい?」

 最後に出会った相手の声がした。

 入り口から入ってきた男子生徒は、悠然と歩み寄って来る。

「マクシミリアン! 一体どういうつもりなんですか!?」

 アウローラは怒りを隠さずに声を張り上げた。

「やはり君は怒った顔も美しい……。僕の伴侶となる女性なのだから当然か」

 その芝居がかった口調も相変わらずで、間違いなく本人だと確信する。

「今日は僕と君にとって輝かしい日となる。少し気は早いけど、結婚式を挙げようと思ってね」

 一体何を言っているのか? この男の行動と論理がさっぱりわからない。

 今までは、傲慢で不快なことには違いないものの、ここまで倫理を踏み外した行動を取るほどとは思えなかった。

 だが、今のマクシミリアンは端的に言えば様子がおかしい。

「怖いのは最初だけさ……。そんな顔をしないでよ? ドレスもよく似合っている。あとは、あの下民が指輪を持ってきてくれるのを待つだけなんだ。そしてこの力があれば、もう負けることなどあり得ない!」

 マクシミリアンは上着の胸をはだけて見せびらかすのは、胸に埋め込まれている黒い宝石……。

『七不思議に巻き込まれた人は、黒い宝石を持った《怪人》を見るんだって』

 いつかシエルの話していたことが脳裏をよぎった。

 まさか、ただの怪談が実在していたのか、いやそれよりも……なぜそれが目の前にいるマクシミリアンがそれに合致した状態になっている?

「この魔降術の力があれば、あの下民と条件は同じだ。そして目の前で僕が勝利を収めれば、きっと君もわかってくれるだろう? 指輪を渡す相手に誰が相応しかったのかをね」

 こんな犯罪まがいのことをしてまで、ディーノを葬ったところで心変わりなどするはずもない。

 だが、そんな簡単なことにも、この男は気づけないのだろう。

 それでも憐れみなど感じることはないし、この男が望んでいるような今の状況に対して悲嘆にくれる顔はしてやらない。

 たとえアルマがなくなっても戦う意思が折れてしまっては、ディーくんに合わせる顔がない。

 そして何よりも、そんな姿を見せる戦女神ヴァルキュリアなど、寝物語にはいないのだから。

『心の底から彼を信じてるって顔だね。でも、本当に来るのかな?』

 マクシミリアンとは明らかに違う、初めて聞く声だった。

『彼は、君のことをどう思っているんだろう?』

 アウローラの目線がわずかに泳ぐ。

『本当は煩わしく思われているんじゃないのかな? 指輪を渡されて迷惑に思っているのかも』

「それは……」

 マクシミリアン以外なら誰でも良かったわけじゃない、ディーノ以外に渡すことなど考えられなかった。

 八年前のあの日を後悔したことなど一度もない。

『君がそう思っていても、今の彼は真摯に受け止めてくれているのかな? 彼が現れるまでは、指輪を失くしたことにして、破談の口実にしたかったのに?』

(えっ……?)

 先ほどから、アウローラがずっと胸にしまっていたはずの事を、なぜこうも言い当てられる?

 問いかけられる言葉に心の奥底を覗き込まれるようで、言い知れない悪寒が走る。

『どんなに周りに取り繕っても、自分の都合で振り回す身勝手な貴族に過ぎないと、もう失望しているのかも?』

 心臓を突き刺す矢のような言葉が止むことはない。

 耳を塞ぎたくても、両手を縛る鎖がそれを許すことはなく、雪原に丸裸で放り出されるような恐怖がじわじわと這い寄って来る。

 ディーノはもうディーくんじゃない。

 だから、子供の頃の未練なんかなくて、ただ煩わしいだけの委員長だと思われていてもなんらおかしくはない。

 考えないようにしていた不安が、堰を切ったように溢れ出して来る。

『絶望が待っている恋に焦がれて灰になってしまう。美しい君には似合わないなぁ』

 自分を責め続けた声が、いきなり優しげな調子に切り替わった。

『彼なんかよりも長い間、君を見てくれている相手は目の前にいるじゃないか』

 周りにはともかく、目の前の彼は自分を決して侮蔑しない。

『そう……君と添い遂げる事を一途に願っているからこそ、君のためだからこその行動だとわかって欲しいだけなんだよ』

 何を疑っていたのだろう?

 アウローラの心の片隅に、ふとそんな疑問が浮かび上がった。

 このまま、彼を受け入れれば、彼も自分を受け入れてくれる。

 身を委ねてしまえば、もう苦しみとは無縁の未来が扉を開けて待っているのだと、アウローラには思えた……。



   *   *   *


 教師たちは外側で暴れ回るルーポラーレの対処に、生徒たちを匿っている講堂と寮の見張り、そして自分たちの拠点になる新校舎の防衛に人員をほぼ割かれてしまっている。

 その目を盗んで旧校舎へ入り込むのは思ったよりも簡単だった。

 もっとも、カルロが扱う蜃気楼の魔術があればこその話でもあったのだが。

「で、結局来たのはここか?」

 シエルによって連れてこられたのは、七不思議研究会の部室だった。

「うん、学園の七不思議に《人が消える教室》ってあるんだけど、それってここなの」

 その昔、身分の違いによって交際を認められなかった二人の生徒は、親の目と手の届かないところへと逃げてしまいたかった。

 そんな想いをこの教室で語らっているのが日常だった二人は、ある日突然姿を消してしまったのだと言う。

 最後に姿を消した日、二人は将来を誓い合って遠い遠い教会を目指そうと話していた。

「確かに、似てなくはないね。もっとも、ディーノの方がお相手に似合いそうだけど」

 茶々を入れるカルロはともかくとして、その怪談も手がかりとしては望み薄すぎはしないだろうかとディーノは思う。

 だが、ディーノが持っていた招待状は強く輝きだす。

「こいつは……」

「ご招待ってわけだね」

「ついに七不思議に逢っちゃったよー!」

 眩い光に包まれ、ディーノたち三人の姿は教室から消えていた。

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