悪夢の結婚式 −1−

 ディーノたちが運ばれたのは、薄暗く長い通路の端だった。

 床に彫り込まれた赤い燐光を帯びた円形の陣と、それを囲う六つの柱が、先端に赤く光る珠が備え付けられている

 どことなく、転移の門を彷彿とさせた。

 通路の先は一本道、壁に規則正しく並べられた燭台が行く先をわずかな輝きで指し示していた。

「七不思議の通りなら、この先が教会なのかなぁ?」

「さぁな。少なくとも片道らしい」

 ディーノは陣や柱を鞘に納めたままの剣でこつこつと叩いてみるが、来た時のような反応はない。

 ここが地上か地下かもはっきりせず、そもそも学園の敷地内にあるのかも定かではない。

 それでも帰りの道が塞がれているのなら、行くしかないと言うことだろう。

「お姫様を助けるのは、勇者か英雄だもんね♪」

 シエルが何気なく口にするその台詞は、アウローラからそれなりに事情を聴いている分、カルロと違って忌憚のない率直な印象なのだろう。

「お前もカルロと同じか……」

 しかし、虚構の中にしか存在しないただの幻想、そんなものに例えられたところであまりいい気分はしない。

 ソフィアやレオーネのような、年端もいかない子供が憧れを胸に抱くのはまだわかる。

 しかし、数年後には成人する自分たちがそうなろう、あるいはそうなれると考えるのは非現実的でバカバカしい。

 それに……。

「英雄のような人でも、気に入らないことが一つでもあれば束になって殺しにかかるのが人間ってやつだ。所詮現実はそんなもんなんだよ」

「……それって」

 腹の底から唸るように出されたディーノの返しに、シエルは言葉を失いかけた。

 愛想のない言葉遣いには、すっかり慣れて来たと思ったのだろう。

 しかし、編入して来た時よりも重いその言葉は、決して覗いてはならない深淵へと足を踏み入れてしまったことを、暗に告げていた。

「けど、アウローラちゃんは信じてるんじゃない?」

 沈みかけたシエルを引き上げるように、カルロが口を挟んできた。

 確かにそうかもしれない。

 見る影もないほど変わり果ててしまっていると言うのに、山の中で戦った自分を見ていた時も、マクシミリアンに対して本気で怒った時も、アウローラの中では今の自分がディーくんのままで固定されている。

 それでもディーノはアウローラのことを、アーちゃんとして見ることはもうできない。

 今この場にいるのは、決して彼女の身を案じた一途な想いではないはずだ。

 そう、あくまでもあの悪辣な貴族がのさばっているのが気に入らないだけ、だから二度とこんな狼藉を振る舞えないようにしてやりたいと言うだけだ。

「俺はそんなお人好しじゃねぇよ。お前らはどうなんだ? お嬢様を助け出した褒美の一つや二つ期待してるんじゃないのか?」

 ディーノは皮肉交じりに二人へと返す。

 でなければ、怪談への興味や、面白半分でこんな場所までついて来ることなどあり得ない。

「んー、痛いとこついて来るねぇ……って言いたいとこだけど」

 カルロは笑顔で歩み寄って、ポンと肩を乗せた瞬間のことだった。

 不意を打つかのように、ディーノの横っ面へカルロの拳が綺麗に入り、そのままバランスを崩して壁に叩きつけられた。

「今のは見過ごせないわ。っちゅーか……」

 カルロは一瞬だけシエルに目配せしつつも言葉を続けた。

「ディーノが今までどんな人を見てきたかはともかく、僕らはそこまで安くないよ?」

「どう言う意味だ?」

「もっと素直だって意味さ」

 それだけを言い残して、カルロは先に歩を進めていく。

 また謎かけじみた問答を仕掛けて来るこの男の思考だけは読めない。

「ディーノ、大丈夫?」

「ああ」

 シエルに短く返答して、口の端から垂れていた血を上着の袖で拭き取る。

 その顔からすれば、彼女にしてもカルロがしたことは信じがたい光景に映ったと言うことは見て取れた。

「カルロが殴らなかったら、あたしが同じことしたかも……」

 足を進めながらも、先を歩いていくカルロの後ろ姿が霞むほど距離が離れている中で、シエルはボソッと呟いた。

「アウローラのことは心配だよ。けど、ディーノだって同じ、あんたがあたし達をそう思ってなくても、あたしもカルロももう友達だと思ってる」

 友達……。

 そんな相手が今までの人生で果たしていただろうか?

 ディーノが記憶をたどり探して見ても、その言葉は都合のいいように利用するための文句でしかない。

「友達を助けたいって思うのはそんなにおかしい? あたしはいなくなったのがディーノでもカルロでも、きっと同じことする! 絶対に!!」

 歯の浮くようなセリフを、臆面もなくまっすぐに見据えながら言い切るシエルの目は、今まで見てきた奴らとは違う澄んだ色をしていた。

 そして同じ色をもっと前に、黄昏に染まった森の中で自分は見ていたはずだ。

「……一人で先に行くんじゃねぇよ! カルロ!!」

「ディーノにだけは言われたくないね♪ いっつも一人で先行くくせに♪」

 暗闇の奥に消えかかっていたカルロの背中を追うべく、ディーノは進む足を早めて行くと、いつもの軽口が返ってきた。

「言ってくれるじゃねぇか!!」

「そーだそーだ! バカルロのくせに生意気だぞー♪」

 さらに足を早めたカルロに対して、シエルも走りながらディーノに追従する。

 行けども行けども分かれ道もなく、罠らしい罠もない通路を三人で駆け抜けて行けば思惑がだいたいわかってくる。

 マクシミリアンはおびき出して罠にかけるのではなく、直接手を下さなければ気はすまないようだ。

 長い通路が終わりを迎えると、三人は広い空間へとたどり着いた。

 確かに教会の礼拝堂を思わせるような場所だが、窓がなく壁に並んだ燭台だけが光源となっている。

「ようこそ! 僕とアウローラの結婚式へ!!」

 三人を前にしたマクシミリアンが、勝ち誇ったような声と共に迎え入れ、鎖で縛られたドレス姿のアウローラがそこにいた。

「うっわ何アレ!? 最っ低!!」

 その惨状を見たシエルは、同じ女性だからこその率直な一撃を言葉に込めて言い放つ。

「シエルさん!? それに……」

「妙なおまけがついてきたようだね? まぁいい、観客が増えたのもまた一興……僕の真の力にひれ伏すがいい!!」

 マクシミリアンは自らの胸に埋め込まれた黒い宝石を見せつけ叫んだ。

『あれは!?』

(どうした?)

 ヴォルゴーレの声が突如頭に響く。

『思い出せ! 以前戦っただろう!』

 その意味は目の前のマクシミリアンではなく別のもの、すなわち……。

「ルーポランガの宝石か……」

 ディーノの呟きにマクシミリアン以外の三人が表情を変えた。

 アンジェラに預けたはずの宝石が、なぜマクシミリアンの手に渡り、そして埋め込まれているのか?

 この事態はマクシミリアンの単独犯で引き起こされたものではなく、彼の手引きをした人間が別にいるということになる。

 だが、その原因を考えるのは今やるべき事ではないと、思考の隅へと強引に追いやった。

「指輪は本物を持ってきているだろうね?」

「さぁな……殺して確かめればいいだろう?」

 それが、戦いの合図となった。

 マクシミリアンは、アルマも発声もなしに手を振り上げ、その真上にはたちまち、無数の武器たちが姿を現わす。

 だがそれは、以前のような黄金の武器ではなく、周囲の光を通すほど透き通った氷で作られていた。

 その光景から、魔獣ルーポランガの力を自身の魔術に合成させた結果だと推察する。

 ディーノはいつものように剣を抜いて身構えた。

「お前ら……」

 小声で後ろの二人に呼びかける。

「俺が奴を引きつける……だから」

「アウローラちゃんを頼む! だろ?」

 思惑を先読みしていたかのようにカルロが返した。

「ディーノじゃ、鎖を通ってアウローラちゃんが雷を浴びちゃう。けど、僕なら焼き切れる」

 言いたかった事をほぼ完璧に代弁されて、そこまで自分がわかりやすいのかと複雑な気分になった。

「そっちこそ、あいつをガツーンとやっちゃってよね♪」

「何をごちゃごちゃ言ってる! 喰らえぇっ!!」

 しびれを切らしたマクシミリアンが氷の武器たちに号令を下すと同時に、三人は動いた。

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