悪夢の結婚式 −2−

 マクシミリアンは悠然とした構えをとって宙に浮かび上がり、号令とともに無数に作られた氷の武器が、ディーノへと向かって一直線に殺到する。

 闘技祭を再現するかのような光景だ。

 しかし、未知の要素を孕んでいるにしても、基本の戦法はほぼ変わっていないと推察できる。

 ディーノは意識を集中し、飛び交う氷の剣を撃ち落とす稲妻がバスタードソードに落ちる。

「嘘ぉ!?」

 稲妻は空から落ちる物のはずなのに、シエルの叫びはそう主張していた。

 厳密には違う。

 属性に限らず、魔術は自身のマナだけでなく周囲のマナを共鳴させることで事象の変化を生み出す。

 空が見えていなくとも、その空を雲が覆っていなくとも、ディーノが雷撃を放つことは可能だ。

 そもそも魔降術と言えど、天候自体を操れるとすれば、類稀たる天才が高位の幻獣と契約したうえで、気の遠くなるような修練の末に手にするほどのものだ。

 可能性があるとすれば最低でも校長くらいだろう。

 同じことはマクシミリアンにも言える。

 大量の武器は自身のマナだけでまかない切れるものではなく、どれだけ周囲のマナに干渉できるか。

 あれだけ調子に乗るのなら、威力が上がっていても不自然な話ではない。

 飛び交う剣の群れに向けて、まとわれた稲妻とともにバスタードソードを振り下ろした。

(……やっぱりな)

 手に伝わってくる剣の感触は、あの時よりもはるかに重いがそれだけでは終わらなかった。

 ディーノが撃ち落とした剣が、粉々に砕かれてもなお意志を持った雹のように降り注ぐ。

 一粒一粒が、小さくとも殺意を帯びた群体となってディーノの皮膚を裂き、礼拝堂の天気を鮮血の雨に変えた。

 マクシミリアンの魔術は土のマナによる物質生成、そして水のマナを本来弱めてしまうため相性は良くない。

 それでも、あの黄金の剣以上の威力を保っていた。

 撃ち落とされても攻撃そのものが止まない、敗北を糧にできる頭はあるようだ。

「ハハハハハ! 見たか! そしてひれ伏せ!」

 高笑いを上げるマクシミリアンは、ディーノが攻撃を防げないと見て優越感に浸っている。

「ディーノっ!!」

 シエルが焦りの目を向けるのに対して、ディーノは縛られたアウローラの方へ顔を向けて無言で『行け』と合図を送った。

 意識がディーノだけに向かっているうちにアウローラを助け出せば、カルロとシエルが隙を狙う事ができる。

「この程度か? 契約しても無駄だったなぁ!!」

 服はズタズタで真っ赤に染まって、見た目は派手にやられながらも、ディーノは不敵な笑いとともに、挑発の声を張り上げた。

「減らず口をきくな下民がぁっ!!」

 今度は剣だけでなく、騎兵槍と戦斧を含んで精製される。

 挑発に乗ってきたのか、あるいは闘技祭と同じシチュエーションにこだわっているか、定かではないがディーノがすることは正面から打ち合うことではない。

 いつぞやのテンポリーフォと戦った時を思い返し、飛行魔術を発動させ後ろへと踏み切った。

 自分を取り囲むように飛んできた武器たちが、ディーノのいた場所へ直撃し、氷のつぶてがばら巻かれたが、避けることに重点さえ置けばダメージを軽減できる。

 ディーノは傷を受けながらもがきあがく様を演じ、自分から攻撃を仕掛けずにカルロとシエルから遠ざかるように低空を飛ぶ。

 その様にマクシミリアンの高笑いは一層激しさを増した。

 自分との格の違いに恐れ逃げ回る下民、マクシミリアンが好みそうな展開をあえて演じてやる。

「威勢がいいのは最初だけだったようだね!! でもこんなもんじゃ済まさないんだよ!!」

 ディーノを氷の武器で追い回すマクシミリアン、その意識から完全に外れたカルロとシエルは、立ち並んだ椅子に身を隠しながら壁際を回り込み、アウローラの元へと走っていた。

 無論、カルロが蜃気楼で自分たちの姿を巧妙に隠していることも気づかれないことに一役買っている。

「カルロさん……シエルさん……」

 講壇までたどり着くと、カルロはアルマに意識を込めてマナを凝縮させていく。

「ちょっと暑いけど、我慢してね」

 炎を凝縮させた四本の矢が両手両足を縛る鎖を撃ち抜き、一点だけを貫かれて融解した鎖はいとも簡単に外す事ができた。

「さ、アウローラ。早く逃げよう」

 シエルはアウローラの手を取ろうとした。

 二人で安全な場所へ逃げられれば、あとはディーノとカルロがマクシミリアンを倒して終わる。

 そんな大団円の図式がシエルの中では完成されていたが……。

「そんな必要ないですよ? わたしの心はもう決まっているもの……」

「な、何言ってるの?」

 アウローラの口から出た言葉は、シエルもカルロも想像し得ないものだった。

「ここで結婚式を挙げるの。愛しのマクシミリアン様と」

 屈託もない笑顔で言い放った言葉を二人ともが飲み込めないでいた。

 あれほど嫌っていたはずのマクシミリアンだけでなく、この状況を当然のように受け入れようとしているなど、今までのアウローラならまずあり得ない。

「冗談にしちゃタチが悪すぎない?」

「カルロさんがそれを言います? わたしはやっと正気に戻れたんです」

 アウローラは立ち上がると、ドレスからアルマを発動させる。

 権限した三又の槍も、演劇のような甲冑も、神々しかった白銀ではなかった。

 悪魔のような禍々しささえも感じる漆黒に染まったアウローラの姿は、尋常でない事が起きていると雄弁に語っていた。

「あとは指輪を渡さなくちゃ」

 黒い翼を背中に生やして飛び立つアウローラは一直線にディーノへと突撃する。

 不意を打たれたように見送るしかできなかったカルロは、彼女に何が起きているかを察した。

「ずいぶんと身勝手な魔術を覚えたもんだね? マクシミリアン」

「ふふふ、魔降術とはいいものだよ。習得する魔術をカードに縛られない。僕が望んだ魔術をくれる」

 その返答だけで十分すぎた。

 マクシミリアンがアウローラに施したのは《洗脳》の魔術。

 彼女のことを自分が思う通りに動く操り人形に仕立て上げたい、その歪んだ欲によって手にした力というわけだ。

 ディーノの側に視線を送れば、乱入してきたアウローラに対して、シエルと同様に信じられないと言った表情を浮かべているのがわかった。

「アウローラはもう僕の声しか聞こえない! そして、僕からアウローラを奪った卑劣な悪魔は麗しき戦女神によって裁かれるのさ!!」

「ふっざけんなぁ! あんたこそ最っ低のゲスじゃない!! 許さない! ぜったい許さないんだからぁ!!」

 勝利を手にしたマクシミリアンへ、シエルが全力の怒りを以って食ってかかった。

「許さないからどうだというのだい? それはこっちのセリフなんだよ下民どもが……っ!?」

 マクシミリアンが最後までセリフを言い切る前に、炎の矢が彼の頬をかすめた。

 カルロはクルクルと二本の剣を回して構え直す。

「……ずいぶんご満悦みたいだけど。ここまでくるとねぇ」

 すぐそばでその声を聞いていたシエルは、ぞくりとした悪寒に背筋を凍らせた。

 こんな声を、カルロから聞いた試しがない。

「シエルちゃん……。ディーノのとこ行ったげてよ。君の魔術なら、ディーノの《声》なら、なんとかできるかもしれない」

 その目も、顔つきも、いつものおちゃらけた姿とはかけ離れていた。

「大丈夫、僕が食い止めるから」

 優しく笑うカルロだが、それはシエルに有無を言わせない空気をまとっていた。

 黙ってシエルは頷き、ディーノの元へと走り出した。

「結婚式の演目を一つ増やさせてもらうよ? 仮面舞踏会を始めよう」

 カルロは静かに言い放った。

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