悪夢の結婚式 −3−

「何が舞踏会だ、貧乏貴族が調子にのるなぁ!!」

 カルロの言葉がマクシミリアンの逆鱗に触れたのか、無数の武器を雨あられのごとく放つ。

 十本近い剣が矢のように飛び交い、それに織り交ぜて高速で回転する戦斧がアーチを描きながら迫り来る。

 直線と曲線の二段構えに対して、カルロはゆっくりと前に向かって歩き出す。

 端から見れば正気の沙汰とは思えないだろう。

 しかし、襲来する刃の群れが、カルロの眼前に差し掛かったところで急激に逸れて爆散し、余裕の笑みを浮かべていた。

「短い前奏だねぇ?」

 挑発の言葉をくれてやる。

「まぐれで喜ぶなよ!」

 再び放たれる刃の嵐に対して、カルロは両手のショートソードを構えて走り出す。

 そして、自身の周囲に炎のマナをかき集めて凝縮し、迎撃の矢を準備する。

 それを見たマクシミリアンは、先ほどと同じように攻撃の軌道を逸らして、距離を縮めてくる算段だろうと予想した。

 ならば、時間差でさらに強力な攻撃を送ればいいと、五本の騎兵槍による第二射を作り出す。

 しかし、カルロの本当の狙いは別のところにあった。

 第一射の剣と斧に向けて炎の矢が放たれた瞬間、本命の騎兵槍がカルロの体を一直線に貫き通すのが見えた。

「ふっ……あはははははは! これが格の違いというものさ!」

 凱歌の如き高笑いが礼拝堂の中に響く。

「ははははははは『あーっはははははは♪』ははっ……!?」

 自分のものでない笑い声が耳に入り、マクシミリアンの表情がこわばる。

 次の瞬間、仕留めたはずのカルロの姿が目の前に現れ、高熱を感じた胸から血しぶきが舞い上がる。

 くるりと宙を翻ったカルロは、マクシミリアンの放っていた氷の武器を足場にして再び跳び上がった。

終楽章フィナーレにはまだ早すぎるよ?」

「うるさいハエめっ!!」

 さらに増えた氷の武器が再び飛び交ったその時、カルロは同時に炎の矢を放っていた。

 なぜ、カルロが宙を舞うマクシミリアンに攻撃を加えられたのか、そのカラクリは単純明快なものだ。

 炎の矢では相性の悪い水のマナを用いた武器を撃ち落とすのは難しい、表面をわずかに溶かすのが手一杯だったが、最初に逸らして見せたように動きに干渉することは可能だった。

 ならば、一瞬でも動きを止めて、接近するための足場として利用する。

 言葉にすれば簡単だが、それには常人離れした身のこなしとバランス感覚、高速で飛び交う武器に魔術を命中させる正確さが合わさってこその芸当だった。

 加えて言えば、カルロの魔術は炎を糸や矢の形状に変化させる攻撃補助と温度変化による幻影以外はアルマに覚えさせていない代わりに、残りのキャパシティは、詠唱の破棄と発動までの時間短縮に裂いている。

 ディーノのように圧倒的な力で粉砕する戦法とは対局に位置する技巧の達人、それがディーノが評する本物の所以だ。

 放たれた武器たちはカルロに命中するどころか、宙を歩くための道標にしかならない。

 マクシミリアンが攻撃を解除すれば、その瞬間にカルロは仕留めにかかるだろう。

 カルロはおちょくるようにマクシミリアンの周囲を跳び回り、炎の矢をマクシミリアン自身にも向けて放ってくる。

「まだまだ踊ってもらうよ? 第二楽章と洒落込もうじゃないの♪」

 マクシミリアンは、無駄だとわかっていながらも飛び交う武器をカルロに狙いをつけて飛ばすしかない堂々巡りの完成だった……。

 そして、その後ろでは漆黒の甲冑に身を包んだアウローラが、ディーノに向けて槍を振りかざしていた。

 攻撃そのものは、至極単純にして未熟、捌くことにそこまで苦労はしない。

 しかし、だからと言ってディーノは反撃に転ずることもできず、こちらでも堂々巡りが出来上がっていた……。

「なんで避けるんですか〜?」

 瞳にいつもの澄んだ輝きのないアウローラの声は、甘ったるさを上塗りされたようで、耳に入ってくるだけでもディーノは寒気が走りそうだった。

 強引に貼り付けられたような薄笑いとともに、連続で繰り出される突きに対して、穂先に刃を当ててずらすことでかわす。

「もう指輪はいいんですよ? わたしにはマクシミリアン様がいてくださるのですから」

「できねぇ相談だな……」

 囁きかけるようなアウローラをまっすぐに見据えて返す。

 命乞いをするための人質ではなく、心理的に追い込むための人質に仕立て上げられたアウローラを器用に救い出す方法などディーノは知らない……。

「どうして? わたしの事なんてどうでもいいから、いつも一人でいたのにですか?」

 その言葉を聞いて、ディーノは表情をわずかに曇らせた。

「本当はわたしのこと嫌いなんでしょう? 友達みたいに振る舞わなくていいんですよ?」

「違う!」

「何がですか? わたしなんて自分だけの都合でディーノさんを当てにしているのに、そんなわたしの本性に呆れているんでしょう! でもマクシミリアン様はわたしを見てくれている」

 今までの自分がしてきたことは、アウローラにとってどう見えていたのか、こんな状況になるまでディーノは考えようともしていなかった。

「俺といることで、お前が周りから踏みにじられるのが嫌だった! だから一人でいたんだ!」

 一瞬、アウローラの視線が揺らぎ、攻撃が速度を落とした。

「騙されちゃダメだアウローラ! その下民はまた君を騙して利用する気だ!!」

 カルロとの戦闘で拮抗状態にあるマクシミリアンの声に反応し、アウローラの槍は再び苛烈さを増してディーノに襲いかかる。

 奴がアウローラへ声を発するたびに感じる異様な感覚、奴は声を利用して操っているのか?

 しかし、ここでアウローラを無視してマクシミリアンに向かって行ったとしても、間違いなくアウローラは止めにくる。

 それどころか、マクシミリアンが命に代えても自分を庇えと命令しかねない。

「ははははは! 君に勝ち目なんかないんだよ! アウローラを斬ってでも僕を殺すか、アウローラに殺され、冥府で僕たちを祝福する道しか残ってなどいないのさ!!」

 高笑いするマクシミリアンに対し、ディーノは胸に言い知れぬ何かを感じ始めた。

 心臓よりもさらに奥から、チリチリする熱さが血管を通って全身に巡るような錯覚。

 戦う力を手にしたはずなのに、今目の前にいるアウローラに対して何もできないもどかしさと歯がゆさがグルグルと回る。

「……がはっ!!」

 ほんの一瞬心に生まれた隙間を縫うように、アウローラの槍がディーノの胴を貫き通していた。

 目の覚めるような痛みとともに、青かった制服の上着が鮮血の赤に着色されていく……。

「ディーノぉっ!!」

 シエルの叫びが礼拝堂に響き渡ったその時、霞んで行く視界の中で見えたものがあった。

 アウローラの瞳に丸く光る透明な粒が浮かび上がっている。

(泣いてる……のか?)

 ディーノは力の抜けかかった腕に鞭を打つように、アウローラの槍をつかんで引き抜くと同時に大量の血が床を赤く染める。

「……げほっ! げほぁっ!」

 それだけにとどまらず、咳き込んで吐き出す息にも血が混じり、立っている事すらも億劫になってくる。

「しっかりしてよ!」

 駆け寄ってきたシエルがあげた悲痛な叫びは、嫌になるほどよく耳に通ってきた。

「大げさなんだよ……。こんなもん、かすり傷だ」

 精一杯の虚勢とともにシエルを払いのけて再び立ち上がる。

「生命力だけはゴキブリ並みだねぇ! いっそ、アウローラを斬ってしまえば、僕に勝てるかもしれないよ?」

 マクシミリアンの調子は崩れることはない。

「あんたなんか! アウローラに全っ然釣り合わない!! あんたこそ本当の悪魔だよ!!」

 シエルはワンドを構えて啖呵を切る。

 しかし、彼女が参戦したところで、勝てる確率が劇的に上がるともディーノは思えなかった。

 そんなディーノの心中を察したのか、シエルはニヤッと微笑んで耳打ちする。

「考えがあるの……。バカルロ発案だから、あんま当てになんないけど、ダメ元でやってみようよ?」

 シエルの提案は、あまりにも非現実的で突拍子も無いものだとしか思えなかった。

 だが、こうしていてもジリ貧だという事実も変わらない、どうせ死ぬのならあがいて賭けに乗るのも一興か。

「骨は拾えよ……」

「もう何をやろうと無駄さ! アウローラ、殺して指輪を奪うんだ」

 その言葉を皮切りに、アウローラが向かってくる。

 ディーノはそれに合わせるように、深く息を吸うと、静かな調子で口を開いた。

「ずっと……ずっと抑え込んでいた。俺にはそんな資格はないと言い聞かせてきた」

 アウローラが槍を構えてくるのに対し、ディーノはバスタードソードを構えずにそのままの姿勢で続けた。

「今の俺は、お前が思い描いているようなディーくんじゃないから」

 そう、ずっと自分をそんな風に見続けていた。

「そうやって理由を作って、お前のことを遠ざけていた……」

 アウローラの動きが止まる。

「本当は……嬉しかったんだ。ずっと覚えていてくれていたことが」

 何も取り繕う必要はない。

 ここで何もできないのなら、死んだとしても死にきれない。

「こんな俺を信じてくれていたことがわかって気づいたんだ。自分の気持ちに嘘はつけない……俺はアーちゃんが、いやアウローラが好きだから助けにきたんだ!!」

 言った。

 言ってしまった。

 もう、隠しようもないほどに全てを打ち明けた。

 たとえアウローラがとどめを刺しにきたとしても悔いはなかった。

 どれだけの時が経ったのか、一分なのか十分なのか、それとも十秒も経っていないのか……。

「アウローラ……」

 シエルがつぶやくように声を漏らし、視線を向けてディーノが見たのは……。

 槍を取り落とし、両の瞳から大粒の涙をこぼすアウローラの姿だった。

「……ディーノ、さん……」

 アウローラを包んでいた漆黒の甲冑に、輝く亀裂が入って行く。

 徐々に大きくなって行くそこから、金色に輝く光の粒が漏れ始めた。

「あ……ああああああああああああっ!!」

 それはやがて堰を切った濁流のように流れ出し、黒の部分が音を立てて砕け散って行く。

 アウローラから発せられた光が、礼拝堂を包み込み、その場にいた全員の視界を真っ白に染め上げる。

「何が起きたっていうんだ!」

 その叫びさえも飲み込むほどの光が収まったその時、ディーノたちの目の前にいたのは、白銀に輝く甲冑に身を包んだ戦乙女だった……。

「ディーノさん……わたし、わたし……っ」

 アウローラは涙とともに、ディーノの胸に体を預けた。

 思わずバランスを崩しそうになり、バスタードソードを取り落としてしまう。

「信じ切れなかった……来てくれないかもって……こんなひどい傷を」

 ディーノはアウローラの両肩をつかんで引き離す。

「こんなもん、大したことねぇよ……。橋から落ちたときのほうがよっぽど痛ぇぐらいだ」

 いつものようにぶっきらぼうな態度に戻って、バスタードソードを拾い直す。

「こんなバカなことがあってたまるかァァァっ!! 僕の魔降術は完璧のはずだ! 下民の声ごときで易々と解けていいはずがないんだ!!」

 目の前で起こった出来事を飲み込めずにいたマクシミリアンが吐き出したのは、思い通りにならない現実への否定だった。

「ただ大きい声を出すだけだと思った?」

 シエルがワンドを構えて、これ以上ないほど得意げな笑みをマクシミリアンに向けていた。

「人魚が船を沈めるのは、乗ってる人の心に響くからだよ。これがあたしの魔術人魚の歌声シレーヌカンターテ!!」

 ただディーノが本心をぶつけただけではこの光景は実現しなかった。

 カルロが仮説から見出した目算に、シエルが助けたい一心で賭け、そしてディーノが二人を信じたことで、この奇跡は生まれたのだ。

「さぁ! クライマックスを盛り上げていこうか!!」

 着地したカルロが不敵に笑ってショートソードを構え直す。

 これで枷はなくなり、あとはマクシミリアンを叩き潰すだけだと四人が身構えたそのときだった。

『もう、十分だろう? あとは僕に任せてもらおうか?』

 マクシミリアンのものではない声が、彼の口から吐き出された。

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